第3章 - 3  説得(3)

 3  説得(3)




「もう、大丈夫です。あ、もう、鼻血も止まりましたから……」

 そんな達哉の声に、本間千尋と名乗った女性が動きを止めて、ゆっくり達哉の顔を覗き込んだ。

「でもまだ、真っ赤になってますけど……」

 そう言って、彼女は紙切れを親指と人差し指で丸めながら、疑うような目を見せる。

「あ、はい。でも、このままにしてれば、もう大丈夫だと思いますから」

「ふ〜ん、そうですか……」

 どうでもいいって感じでそう答え、彼女はやっと雑誌を手放した。

 大声と共に開け放たれたドアが顔を直撃。あまりの痛みにうずくまり、唸っているうちに鼻から一気に血が吹き出した。

 それが結構な血の量で、ほんの数秒で二階の床が血まみれになる。

 そうなった途端に、本間千尋の態度がいきなり変わった。意味不明の言葉を声にして、慌てて達哉を部屋のなかへと引っ張り込んだ。

 両方の鼻から血が吹き出していたから、鼻につっこめ! ということなのだ。差し出されたまま突っ込んで、右が二回と左は三回、血だらけになって取り替えた。

 その度に、本間千尋は雑誌のページを指で千切って、クルクルしながら達哉の方へ差し出してくる。

 ――え? どうしてティッシュじゃないんだよ!?

 そう思ったって言葉できず、ただただ差し出される固い塊を鼻に詰めた。

 幸い骨は折れていなかったようで、痛みはそう長くは続かない。鼻血もなんとか収まって、ふと気が付けば本間千尋がジッとこちらを睨んでいるのだ。

「あ、すみませんでした……ご迷惑を、お掛けして……」

「とりあえず、鼻血はわたしのせいだから、まあ、あれだけど……」

 そう言った後、彼女はいきなり窓の方まで歩いて行って、

「おたくって、この間バーにいた人だよね? それで、ここまでついてきて、そこに立ってた人でしょ! 」

 開け放たれた窓から表を指差し、怒った顔して声にした。

 それから達哉は、しばらくの間〝しどろもどろ〟だ。

 どうして後を付けたのか?

 今日はどうしてやってきたのか?

 そんなことを一気に聞かれて、達哉は思わず、包み隠さず話してしまおうかと一瞬だけ思った。

 ――気が付いたら、天野翔太になっていた。

 ――それからたった数年で、彼は癌になって死んでしまうんだ。

 なんて告げられて、「はいそうですか」って納得してくれる筈ないぞ……と、これまで何度も思ったことが頭を過り、彼はここで一気に姿勢を正して、立ち上がったままの千尋をまっすぐ見上げた。

 それから予定していた言葉をいきなり告げて、後は〝野となれ山となれ〟だ。

「あの、本間さんって、天野涼太さんの血液型、ご存知ですか?」

 すると千尋は、

 ――それがなんなのよ! 

 まさしくそんな表情になり、それでも首を左右に小さく振った。

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