第1章  -    3 天野翔太(3)

  3 天野翔太(3)

 


 その夜、施設初日だったせいかとにかく眠くて仕方がない。だから就寝時刻には少しあったが、翔太はさっさと二段ベッドに潜り込んだ。

 一つ年下の少年が同室で、食堂でテレビでも観てるのか? 風呂から上がった時には部屋にいない。だからいずれ、戻った物音で起こされるに違いなかった。

 基本寝付きは良くないし、ちょっとした物音で目が覚めて、そうなったらなかなか寝付けない。

 ところがこの日はそうじゃなかった。

 初めてベッドで寝るってのに、この日に限ってあっという間に眠りに落ちた。

 そうしてどのくらいが経ったのか? ふと……目が覚めて、部屋の明かりが消えているのを知る。同室の少年が戻ったのだろうと、翔太は再び目を閉じたのだ。

 その時一気に気が付いた。

 ――何かいる!!

 身体のあちこちに違和感を感じて、彼はベッドから慌てて飛び降りる。

 それからタオルケットを跳ね除けて、違和感の正体を目にした途端全身に痒みが襲いかかった。

 ベッドにたくさんの虫がいた。バッタやコオロギなんかはすぐわかったが、他にも知らない虫がウジャウジャといる。たくさんの蟻が身体中にへばり付き、彼はそれらを取るのに再び風呂に入ることになったのだ。

 それからも、三人組の行為は続いた。

 夕食時に、いつもならいる筈の職員がいない。

 見れば荒井良裕の姿もなくて、その代わりに翔太のトレーの上には生ゴミだ。それは昼食時に出た残飯で、なんとも言えない異臭を放っているものだった。

 荒井が職員に声を掛け、どこかへ連れ出している間に残りの二人がやったのだ。

 普段から、手を出すのは荒井以外の二人ばかりで、荒井本人はその場にいないことも多かった。

 中学三年生で成績は優秀。施設の職員にも優等生だと思われているが、頭が切れる分悪質で、三人の中では圧倒的にリーダー的な存在だった。

 とにかく何かといえば腹ばかり殴られ、足を引っ掛けられて転んでも、翔太はただただ黙って耐えた。歯向かったところで逆効果だろうし、大騒ぎになるより耐える方が彼にとっては楽だったのだ。

 ところが三人の標的が他の子供に向けられたりすると、翔太の態度は一気に変わる。

 三人組の行為を止めに入り、それで自分が殴られようとも諦めようとはしなかった。

 日に日に彼の人望は高まって、そんなのも三人組には面白い筈がない。

 そして翔太が施設に移って、三ヶ月くらいが経った頃だ。

 三人組から学校の屋上に呼び出される。二人がかりで羽交い締めにされて、荒井が翔太の腹を何度も何度も殴るのだ。

「死ねよ! 死んじまえよ!」

 そんな言葉がその都度漏れて、あっという間に翔太の意識も途切れかかった。

 脚がガクンと折れ曲がり、そこでやっと満足したのか、荒井が金子と福田に告げるのだった。

「これくらいにしといてやるか、なあ」

 そんな声に二人は頷き、涼太から腕を離してサッと離れる。途端に翔太は膝を突き、そのままバタンと倒れ込んでしまった。 

「勘弁してやるよ!」

 さらに荒井がそう言いながら、翔太の横っ腹めがけて足を思いっきり蹴り込んだ。

 呻き声が漏れて、翔太の口から赤黒い唾液がほとばしる。

 顔に苦悶の表情が張り付いたのを確認し、やっと荒井は翔太から視線を外した。そのまま悠然と歩き出し、その後ろを金子と福田も続くのだ。

 そうして三人が階段踊り場に降り立った時、最後にいた福田がチラッと後ろを向いて翔太の様子を覗き見る。屋上の扉を閉める序でに、ほんの軽い気持ち見ただけだった。

 ところがそこに翔太はいない。

 あれ?――と思ってその周りを見回してすぐ、福田の視線はあるところで固まった。

「おい!」

 翔太に向けての言葉だったか? 荒井と金子へのものだったのか?

 とにかく福田の発したその声に、二人もすぐに彼が驚いた理由を知った。

 翔太がフェンスの上にいたのだ。今にも落ちてしまいそうにフラフラで、フェンスの一番上っ側を両手で必死に掴んでいる。

 校舎は鉄筋コンクリートの三階建てだ。その屋上のフェンスを越えれば地上に向かって真っ逆さまで、普通なら助かることはまずないだろう。

「何やってるんだ? あいつ」

「自殺でもしようってか?」

 福田の不審げな問い掛けに、金子が満面の笑みで面白そうに声にした。

 しかし荒井は真剣な顔を崩さずに、翔太の登ったフェンスの方へ歩き出す。そうして翔太のすぐそばに来て、妙に落ち着き払って告げるのだった。

「自殺でも、する気なのか?」

 すると翔太は笑顔になって、

「ああ、そのつもりだ……心配か?」

 そう言いながら、荒井の後ろにいる金子と福田をジッと見つめる。

「ふん、そんな度胸もないくせに……」

「そうだよ、やれるもんならやってみろって!」

「そうだ! やれやれ!」

 荒井の嘲るような物言いに、そんな二人の声が続いた。

 すると再び荒井の声が響き渡って、

「ちょっと黙ってろ!!」

 ドスの効いたその声色に、二人は揃って下を向いた。

「まあ、そうだろうな……これで俺が死んだりしたら、お宅ら三人だってただじゃすまない。俺がアンタらに呼び出されたのはさ、そこらじゅうの奴らが知っている。まあ、ご丁寧に、一年の教室まで来て頂いたんだからな。だから授業が始まる頃には、きっと先生にだって、伝わっているだろうよ……」

 死因が地面への激突だとしても、その前にやられた傷はしっかり判別できるだろう。となれば誰が見たって自殺に至る原因とは……。

「アンタら、三人だわな……」

 そう言って、翔太はニヤッと笑ってみせた。

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