第1章  -   3 天野翔太(2)

 3 天野翔太(2)


 それは昭和四十五年、暑い夏の日のことだった。

「彼は天野翔太くん、中学の一年生だ。みんな、仲良くしてやってくれよ!」

 職員の声に、小さな子供たちが一斉に拍手で答える。

 ちょっと見る限り、高校生くらいって思える男女も何人かいるようだった。

 しかし翔太が気になったのは、同じくらいの年齢に思える三人組のこと。食堂の一番後ろに陣取って、三人ともが腕組みしながら翔太に向けて鋭い視線を送っている。

 理由ははっきりわからない。その頃すでに一メートル七十センチ近かったから、単にそんな姿が気に障ったか……?

 それから入所している一人一人が席を立ち、順番に自分の姓名や年齢などを翔太に教えてくれるのだ。例の輩は荒井良裕、金子浩志、福田一浩という三人組で、やはり同じ学校に通うことになる中学二年と三年生。

 そしてそんな三人は初日から、翔太にとってどうにも厄介な存在となった。

 その日、初めてとなる夕食の時だ。三人組の一人、福田一浩がいきなり難癖を付けてきた。夕食を手にして席に着こうとした時だった

「ドン!」といきなり、翔太の背中に衝撃があった。持っていたトレーが大きく揺れて、夕食の食器が四方八方へ飛び散った。なんとも騒々しい音が響き渡って、当然すぐに施設の職員がやってくる。

 それからすぐに「どうしたんだ?」と聞かれて、彼は静かに告げたのだった。

「すみません。なんでもないです……ちょっと足がふらついて」

 そう言いながら、散らばったものを両手でトレーに戻し始める。

 衝撃があってすぐ、翔太の耳には届いていたのだ。

「見下ろしてんじゃねえよ。ノッポやろうが……」

 それですぐにピンときた。

 三人の中で一番背の低い――きっと一メートル五十センチもないだろう――やつがすぐそばにきて、ボソッと何かを言ってきたから、なんだと思って目を向けた。

「挨拶がねえぞ……」

 きっとその前は、翔太を〝ノッポ〟と呼んだのだ。

 それでも彼は笑顔を見せて、顎をちょこっと引いてみせた。

 たったそれだけのことだった。

 それでも確かに、見下ろしたってことにはなるだろう。

 すでに三人は席に着いて、妙に神妙な顔付きでいる。食事もまったく手付かずで、見ようによっては、「いつでも来い!」って感じに見えなくもない。

 だから慌てて視線を逸らし、職員と一緒に後片付けに集中する。それから新しい食事を取りにいき、彼が再び席に着こうとした時だった。

「さっきは悪かったな。黙ってた礼に、これ、やるからよ……」

 背後から腕が伸びてきて、その手のひらには小さなプリンが乗っていた。

 振り返ってみれば福田ではなくて、ガタイの大きい金子浩志がニヤついた顔して立っている。それから彼のトレーにプリンを置いて、さっさと仲間のところに帰っていった。

 結果、翔太のトレーにはプリンが二つ。

 ――あいつが、自分の分をくれたのか? 

 そう思いながら周りを眺めて、すぐに違うってことに気が付いた。

 食堂の空気が微妙におかしい。厨房へ行っている間に何かが起きて、さっきまでのざわついた感じが消え失せた……とすれば、その何かとは……?

 翔太はその場で立ち上がり、三人組の方へ視線を向ける。

 やはり金子のトレーにはプリンはあって、もちろん他の二人も同様だ。

 ところが金子のすぐ後ろ、背を向け合っている子供の様子に気が付いた。

 小学校の低学年くらいだろう。そんな小さな男の子が両手を膝の上に置き、食事にも手を付けずにジッと下を向いている。

 ――泣いてる、のか?

 そう思った途端、彼はトレーにあるプリンを手に取った。そのまま男の子の席まで持っていき、彼のトレーにストンとプリンを置いたのだ。

 その途端、男の子が翔太を見上げる。

 ――なんで?

 まさに困惑する顔がそこにあり、そんな気持ちは充分過ぎるほど理解できた。

 だから翔太は大きな声で、あえて言葉にしようと思うのだった。

「俺さ、プリン嫌いなんだよ。もしなんならさ、もう一個あるけど、そっちも食べる?」

 そう声にした途端、男の子は大慌てで首を左右に何度も振った。それから目だけを動かして、金子の様子を窺うような仕草を見せる。

 こんな反応を見る限り、この施設でのあの三人組はそれなりの力があるのだろう。となればこんな行為の先にはきっと、翔太にとって良くない何かが待ち受けている。

 そんな予想が当たったことを、彼はその数時間後に知ることになった。

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