ある少女へ エピローグ (連載5)

狩野晃翔《かのうこうしょう》

第5話

          


 今日は娘の祥月命日で墓参りに来たんだけど、天気もいいから昔話でもしようかね。



               ■


 昭和の頃、わたしと主人は大田区の萩中でお花屋さんをやってたのね。

 その頃一人娘がいたんだけど、その娘は心臓の致死性不整脈で17歳で亡くなったの。

 そりゃあ手塩にかけた愛娘まなむすめだもの、亡くなったあとはわたしたち夫婦、毎日泣いて暮らしたわ。

 でもね、四十九日が終わってしばらくしていたら、そう、五月くらいかな、娘の学校の先生と仲良しのお友だち二人が家に来てね、

「お線香を上げさせてください」って言うの。

 それはそれで大歓迎だったんだけど、そのときの先生とお友だちが言うにはね、学校にタエコが来ていたって話すの。

 そりゃあ、わたしも主人もビックリしますわね。

 娘はフォークが好きだったから、亡くなったあとも先生のピアノでフォークを歌ったり、お友だちと一緒にコーラスしたって、その先生とお友だちは言うのよね。

 わたしたち夫婦はもう、ビックリしちゃってね。

 ああ、娘はまだ、自分が死んじゃったってことが分からなくて、学校に行ってたりしてるんだなって、思ったの。



               ■


 それでお寺さんに連絡して、追善供養してもらったんだけど、それが収まったと思いきや、あれは七月だったかしらね。家に高校生の男の子がやって来て、

「タエコさん、いますか」って言うの。

 理由わけを訊いたら、なんとその男の子、五月くらいに多摩川の土手でタエコと会って、一緒にフォークを歌ったり、おしゃべりしてたって、言うじゃないの。

 でもタエコは二月に亡くなりましたって説明しても、その男の子にはなかなか分かってもらえなくてね。

 仏壇の前に案内して写真と位牌を見せたら、やっと納得してくれたみたいなの。

 それからその男の子、高校生だっていうのに、仏壇の前で大きな声で泣いてしまってね。わたちもつい、もらい泣きしてしまいましたよ。ああ、この男の子はほんとうに、うちの娘のことが好きだったんだなって、思ってね。



                ■


 その男の子が帰ったあと、娘のことでわたしは主人と相談したの。

 タエコはこの世に未練があって、いろんな人の前に現れているみたいだし、そもそも自分が死んだってこと、分かってないんじゃないかって。

 その夜、わたしと主人はタエコの仏壇の前で、長いお経をあげて、線香もあげて、強く言ってやりましたよ。

 タエコ。おまえはもうこの世の人間じゃないんだよ。死んじゃったんだよ。お彼岸でここに来るのは嬉しいの。でもここ以外の、いろんな場所に行ったり、いろんな人と会うのはダメ。

 だから、サ・ヨ・ウ・ナ・ラ。

 絶対、サ・ヨ・ウ・ナ・ラ。


 

                ■


 そうしてわたし、おりんを鳴らしたのね。

 すると、どうなったと思いますか。

 なんとそのとき、仏壇の横に飾っておいた形見の音叉が 小さく鳴ったのよ。

 それはそれは、もの哀しい音で、ちいいいんって静かに鳴ったのよ。

 音叉の音ってのはね、ドレミファソラシドの音階でいえば、「ラ」の音なのね。

 その「ラ」の音がわたしたち夫婦には、サヨウナラの「ラ」に聴こえたの。

 そう。そのときの音叉の音は間違いなく、タエコがわたしたちに囁いた、サヨウナラの「ラ」だったの。

 わたしたち夫婦は思ったわよ。

 ああ、これでタエコはほんとうに、お空に帰って行ったんだって。

 それからほんとうにタエコは、誰の前にも現れることはなかったわ。



               ■


 もうすぐ五月がやってくるわね。

 わたしも久しぶりに、多摩川の土手を歩いてみようかしら。

 ほら、そうするとあのときの、高校生の男の子に会えるかもしれないじゃない。

 びっくりするだろうな。でも喜ぶだろうな。

 でもまさかこんなお婆ちゃんが、タエコだとは思わないでしょうけどね。

 ふふふ・・・

 でもあのときのタエコが、また現れたりしても、面白いわね。



               ■


 そうそう。それからね。タエコの高校時代のお友だち、アミコちゃんとマスミちゃんね。今でもフォークデュオをやっていて、ときどきいろんな所で歌ってるらしいの。その歌、聴きに行きたいな。

 やっぱりビックリするだろうな。でも大喜びするだろうな。

 もうフォークは下火になってしまったけれど、フォークはそういう形で生きているのよ。思い出なんかじゃなく、今、現在もこうしてね。

 あのときの高校生の男の子、音楽の先生、二人の同級生。そしてわたしの胸に。




                                   《了》







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ある少女へ エピローグ (連載5) 狩野晃翔《かのうこうしょう》 @akeey7

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