第16話 予感




 馬車まで戻ると、空は既に茜色に染まっており今日中に国に戻る事は出来そうもない。

 だが、今回の調査で分かった事を纏める時間が出来たと考えれば、悪くないだろう。


「本当に、良いんですかぁ?」

「良いんですよ。ご飯は、皆で食べた方が美味しいですからね」


 俺が料理を作っている間、メデルたち6人がワイワイと仲良く話をしている。

 メデルは、話をしながら俺の料理の手伝いをしてくれていた。


「……出来たぞ」


 今日のメニューは材料も少なかったので、シチューと街で買ったパンだけだ。

 だが、アイテムボックスは本当に便利だな。こうやって旅先に品質を保ったまま乳製品を持ち込めるのは助かる。


「わぁ、美味しい」

「料理、凄」

「すげーな、適当な店のより美味いぞ!」

「お代わり」

「ヴィルヘルムさんは、相変わらず早いですね」

「猫の癖に」

「虎だ」


 俺以外は、楽しく会話をしている。樹海の時も、何度もこういう場面があった。


 嘗ての俺なら、共に笑い合うくらいはしたかもしれないが、今はただその様子を見守るだけだ。

 特に寂しいなどの感情はない。


「それにしても、あんな魔法初めて見ましたぁ。一体何階梯の魔法なんですかぁ?」


 いきなり話を振られた。


「ああ、俺もてっきりお前は剣士だと思ってたぞ」

「まぁ、それなりの事は出来る」

「噂だと、高速の剣術を使う期待の新星剣士。でも、本職は凄腕魔導師。……カシム、剣で瞬殺された」

「瞬殺で悪かったな」


 再度笑い声が場を包む。


 その後も和やかな雰囲気で夕食を終え、後片付けが終わると見張りの組と順番を決め眠りに着いた。


 俺も警戒の為に、周辺に魔法を仕掛け眠りに着いた。




□□□□□




 眠りについた筈なのに、俺の意識は未だにはっきりとしている。暗闇の中で、深い獣の呼吸音が聞こえる。それと同時に、世界中の何者よりも強い生命力と他を圧倒する威圧感を感じ、再び呼ばれた事を悟った。


 その場から動かず、暫く立ち尽くしていると周りが月の光に照らされるように明るくなる。


「何の用だ?」


 俺の視線の先には、天からの月明かりを浴び銀色に煌めく体毛を持つ巨大な狼であるリンがいた。


 その銀色の体毛に覆われた四肢や胴体を鎖で繋がれているにも関わらず、気にする様子もなく俺を見下ろす。


「……弱い小蝿程煩い物だな」

「悪かったな」


 相変わらず、威圧感が濃縮された様な視線を向けてくる。


「それで、何か用があるんだろ?」

「ああ。貧弱な貴様に、再び神器を貸してやろうと思ってな」


 不機嫌そうな表情から発せられる強暴性が宿ったこの声だけで、心の弱い者は意識を手放してしまうだろう。


「神器は、俺の中にあるのか?」

「然り」

「……随分タイミングが良いな」


 するとリンは、鋭い牙の生え揃った口を開く。


「嫌な気配がしたからな」

「嫌な気配?」

「私が最も嫌いな、おんなの気配だ」

「誰の事だ?」

「前にも似た様な事を言った筈だ。」


 リンの顔に皺がより、威嚇する様な唸り声を上げた。


「羽虫が幾ら足掻こうと、嵐を越える事は出来ぬ」

「つまり、何をしても無駄って事か?」

「然り」


 リンは、断言した。


「だが、その時になれば分かる筈だ。契約者トウヤ、貴様自身が捨てた牙が何なのか」

「何を……」


 口を開こうとした瞬間に、リンの力で弾き飛ばされる。そして、意識が覚醒した。




□□□□□




 翌日、カシムのパーティと一緒にヴァーデン王国へと戻る道中は、魔物に何度か襲われたが、殆ど足止めにもならず順調に進んだ。

 ヴァーデン王国に到着した俺達は、直ぐに冒険者ギルドへ行き報告を行う。


 受付嬢が、何故か俺の提出した報告書を食い入る様に眺めていたが、無事依頼達成の報酬を得る事が出来た。

 ヴィルヘルム達には、内容を確認して貰ったので大きな間違いは無い筈だが。


 カシム達との別れ際、凄く感謝され、お礼がしたいと言われたが、適当に断っておいた。

 他人と深く関わり過ぎれば、自然と面倒に巻き込まれやすくなると思ったからだ。そして、カシム達には、あえて俺が第七階梯の魔法が使える事の口止めはしなかった。

 今後の事を考えれば必要以上に隠す事ではないし、それにカシム達が悪戯に言いふらせば、連中はその程度の奴等だったという事になる。



 2日ぶりに、屋敷に帰って来た。

 買って貰って間も無い事から、懐かしさのような感情は特に感じない。

 だが、家の戸締りは確実にした筈だったが鍵が開いており見覚えのある魔力を感じる。


「あら、早かったじゃない」


 リビングのソファーには、何故か我が物顔でフォンティーヌ商会の長であるイリーナが寛いでいた。


「何してんだよ」

「合鍵で家に入って寛いでいただけよ」

「不法侵入だろ」

「あら?この家を買ったのは私だし、遊びに来て良いって言ったじゃない」


 確かに、言ったような気がする。それに、フォンティーヌ商会のような大商会の長が、盗むような物はこの家に置いていない。


「それにしても、良く俺たちが戻って来ている事が分かったな」

「商会ってのは、少なからず情報網があるのよ。大きな商会になれば、情報網も比例して広くなる」


 俺の説明をヴィルヘルムとメデルは、真剣に聞いていた。最近は見慣れたが、メデルに至ってはメモまでとっている。


「なるほど」

「勉強になります!」

「そんなの常識でしょ。それとも常識を知らない程の田舎者なのかしら」

「「ぅっ…」」


 2人撃沈。


「それで、調査の方はどうだったのかしら?」


 落ち込む2人を華麗に黙殺し、話を切り出したイリーナに、今回の調査で分かった事を伝える。話を聞き終えたイリーナの表情は曇っていた。


「なるほど。良い儲け話が聞けたわ」


 いや、悪い笑みを浮かべていた。そういえばイリーナのフォンティーヌ商会は、ポーションや薬草を中心に売っていた筈だ。


 冒険者や国の危機は、ポーションを主力商品として売るイリーナの商会にとっては稼ぎ時という事か。

 なんとも複雑な商売だ。


「それじゃ、これもお願いね」


 そう言うなり、イリーナはテーブルの上に数枚の依頼書を置いた。

 俺達は、依頼書を手に取りそれぞれ目を通して行く。依頼者は、全てフォンティーヌ商会であり、内容も当然ポーションの材料の採取だった。そして、冒険者ギルドも既に正式な依頼として受理している。


 だが、量が1日や2日で採取できる量ではない。


「……多すぎないか?」

「しょうがないじゃない!最近魔物が増えて、薬草が手に入り辛くなっているんだから!それとも、出来ないのかしら?」

「やれるが、時間はかかるぞ」


 俺が依頼を承諾すると、イリーナは当然とばかりに頷いた。


「他の依頼を受けても構わないけど、暫くは商会の依頼を優先してくれるかしら」

「勿論だ」

「なら良いわ。それじゃ、これ」


 イリーナは、空間収納の魔法道具ふくろから金貨の入った皮袋を取り出しテーブルに置いた。


「報酬は先に払っておくわ。あと、頼んでおいた素材は?」

「商会に、馬車と一緒に置いてきたよ」

「なら、後で報酬を取りに来てね」


 「これから忙しくなるわね」と言ったイリーナの顔には、商人の笑みが浮かんでいた。


「それじゃ、私は失礼するわ」


 それから独り言をぶつぶつ言いながら、家を出て行った。


「嵐のような方ですね」


 メデルの呟きに、ヴィルヘルムとリツェアが同意する。


 3人は気付いていないようだが、あれはイリーナなりに俺達へ敬意を払っているのだろう。

 何故なら、いくら専属冒険者とはいえ、ヴァーデン王国で1位2位を争う大商会の会長が、これだけの為に来る筈がない。

 帰って来た事を知っていたなら、使いの者を行かせればそれで良かった筈だ。


「これは、2組に分かれた方が効率的ではないか?」


 ヴィルヘルムが依頼書を数枚眺めながら、俺に聞いて来る。思考を戻した俺は、採取する薬草の種類と量を思い出す。

 確かに量が多い分、何箇所かに分かれて採取した方が効率的だ。


「「賛成 (です)!」」


 リツェアとメデルが同意の声を上げる。


「お、おう」


 ヴィルヘルムも2人の勢いに、若干押されている。そして、誰が誰と組むか話し合ったのだが、一向に決まらなかったのでクジ引きをする事にした。


 結果は、メデルと組む事になった。


「主!明日は、よろしくお願い致します」


 俺に向かって、礼儀正しく礼をするメデル。


「……はぁ」

「俺で悪かったな」

「……はぁ」

「せめて何か言え」

「煩い、ロリコン」

「ああ?」


 何故か睨み合い、火花を散らす2人の事は放って置きメデルに声をかける。


「少し出かけて来る」

「私もお供致します」

「いや、メデルは一旦天界に帰って家族に顔を見せて来い」


 メデルは少し残念そうにしていたが、了承の礼を取ると光に包まれて消えた。


 その後、犬猿の様に睨み合う2人を当然のように黙殺し家を出た。

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