第15話 冒険者と氷閉領域
驚愕する俺の目の前で、茂みから飛び出して来た白虎の男が槍を手に魔物を薙ぎはらう。
突然の出来事に、驚愕したままの俺の元に白虎の男がやって来る。サティアたちの元には、白髪の幼い少女と赤髪の少女が向かっていた。
「あんたは、あの時の……」
「ん?俺と何処かであったか?」
白虎の男の言葉で、初対面の時は人の姿をしていた事を思い出した。
「あ、いや…」
「後で聞かせて貰う」
「わ、分かった」
白虎の男は、槍に魔力を纏わせ、俺の足に絡み付いていた刃物では斬り難い筈の蜘蛛の糸を容易く斬り裂いた。それだけで、魔力操作の苦手な獣人の中でも、この男は別格だということが分かる。
「俺は、ヴィルヘルム。さぁ、お前は下がって傷を癒していろ」
その言葉を残し、ヴィルヘルムは魔物の群れへと槍を構え走り出す。
俺も痛む体に鞭を打ち、サティアやミルたちの元に歩き出す。そこでは、赤髪の少女が迫る魔物を魔法で撃ち倒していた。
低位階梯の魔法で魔物たちを牽制しつつ、第六階梯の魔法で一気に仕留める。単純な戦法ではあるが、魔法の発動速度・威力共に、俺の知る冒険者の中でもトップクラスだ。更に、魔物からの遠距離攻撃も全て撃ち落としている。
一体どれだけの集中力と才能を持てば、あの領域に到達出来るのか、俺みてぇな落ちこぼれには想像も出来ねぇ。
だが、その表情は恐怖に染まっていた。
「蟲、虫、ムシ!来ないで気持ち悪い!」
あんな半狂乱の様な状態で、良くあれほど正確に敵と戦えるもんだ。
その時、俺の足に温かい感覚がして、そちらに視線を向ける。そこには、ギルドで1人だけ俺が弱いと判断した白髪の幼い少女が光魔法を行使していた。
「動かないで下さいね」
「あ、ああ」
「大丈夫ですよ。お仲間さんは2人とも軽傷でしたし、毒も既に解毒しました」
俺を励まそうとしているのか、優しく声をかけて来る少女。
それにしても驚いたな。あの短時間で傷の手当てと解毒を行うとは……。
「お前は、恐くないのか?」
少女の必死な姿を見た俺は、無意識にそんな事を問いかけていた。
だってそうだろう。
ギルドで聞いた話だと、この少女の年齢は僅か10歳だ。
「恐いですよ」
当然の返答だった。
本来なら、家で両親や友人と戯れたり、学校に通い始める年齢だ。恐くない筈がない。
「でも、不安はありません」
「はぁ?」
最初聞いた時、少女の言葉が良く理解出来なかった。
「だって、ヴィルヘルムさんやリツェアさんがいますから。はい、これで応急処置は終わりました」
真っ直ぐな少女の目を見ていると、本当に大丈夫なのだろうと感じた。
「お前は凄いな」
俺なんかよりよっぽど強い……。
俺の言葉を聞いた少女は目をパチクリさせていたが、その意味を理解すると首を横に振りだした。
「そんな、私なんて応急処置くらいしか出来ません。それに、主やヴィルヘルムさんやリツェアさんに比べたら、私はまだまだ未熟です」
白髪の少女は、そこで一旦言葉を切り覚悟を決めたように再度話し出しだ。
「でも、私もいずれ皆さんと並んで戦えるようになってみせますから!」
前向きな戸惑いのない少女の言葉を受け、俺は目を見開いた。
自分が弱い事で、周りの足を引っ張っている事を知っているのに、少女の目は絶望せず光を失ってはいない。寧ろ、宿す光が強く輝いている。
「ちっ!」
此方に、ヴィルヘルムが戻って来た。
「あの蜘蛛共、糸だけでなく、体にも斬撃耐性を持っているな」
「リツェアさんの相手の魔物の中にも、魔法耐性を持つ個体がいるようです」
「ちっ……面倒ね」
そんな会話をしているが、先程から敵との数の差をたった2人で圧倒しているのだが……。
夢なのではないかと思う光景は、自分の子供に語る英雄譚の一部始終の様だった。
「2人に喧嘩を売らなくて正解だったな……」
俺の声が聞こえたのか、2人は敵と戦いながら話しかけて来る。
「懸命だったわね」
「俺達では、加減が出来ないからな」
「ヴィルヘルムさん、リツェアさん敵の増援です!」
白髪の少女の指差す方に視線を向ければ、多数の蜘蛛が糸や木々の上に群がっていた。
「「「「ひぃ!」」」」
ミル、サティア、白髪の少女、赤髪の少女、4人の少女の悲鳴が重なる。
だが、リツェアとヴィルヘルムの2人は構えを解いていた。
「何やってんだ!」
「もう俺たちが戦う必要はない」
「はぁ……蟲とは当分戦いたくないわね」
2人の言葉の意味が理解出来ない俺は、両手剣を構え走り出そうとした所で、ズボンの裾を白髪の少女に掴まれている事に気付いた。
「動いたら危ないですよ。後は、主に任せて下さい」
「あ、主?……!」
そういえば、こいつらのパーティにいたあの黒髪の小僧は何処だ?
「「「!!?」」」
その時、今まで感じた事のない凍て付くような重い魔力を感じた。
魔力が空間を覆い、周囲の温度が急激に下がって行くのを肌で感じる。そして、異変に気付いた魔物たちも動きを止める。
何だ、寒い……!?
これは、魔法なのか!?
静寂が支配しつつある空間に、若い少年の声が響き、魔法が放たれた。
「第七階梯魔法 〝
英雄級の領域である筈の詠唱を合図に、俺達以外の魔物全てが凍てついた。地面だけでなく、空中に張り巡らされていた糸や周辺の木々まで凍っている。
吐き出す息は白く染まり、立ち込める冷気に、この魔法を放った者への畏怖の感情からか無意識に体が震えた。
ーーーーパキィ。
凍った地面を踏み締め、先日ギルドで俺を剣で負かした黒髪の少年が現れた。
□□□□□
流石に魔法耐性を持つ魔物でも、冷気に対する耐性は持っていなかったようだ。更に俺は、凍った魔物全てに風魔法を放つ。魔物達は、パキィンという音を上げ砕け散る。
まるで、氷の花弁が散る様な光景だ。
「もう何処に行ってたのよ!」
「一網打尽とは、驚いたな」
「主〜」
俺が姿を表すと、3人が駆け寄って来る。
「敵の背後に回っていて遅くなった」
「挟み討ちですね!流石は主です」
「お、おい……」
何処かで聞いた事のあるような声に、視線を向けると、顔に傷のある鬼族が話しかけて来た。
この魔力は確か……。
「お前、冒険者ギルドで会ったか?」
「あぁ、覚えていたのか……。その助けてくれてありがとな」
頭を下げられ、適当に頷いておく。
「確か、名前は……」
「カシム・グランブールだ」
「えっ!あの時のおじさん!?」
驚く3人を無視して、鬼族の後ろに座っているエルフ2人に視線を向ける。
2人とも大した怪我ではなさそうだな。
「それよりさっさと森を抜けるぞ」
離れた位置で此方を見ていたエルフ2人も、俺の声に立ち上がり後に付いて来る。
森を抜ける間、ヴィルヘルムとリツェアから敵と戦った意見を聞いた。
「なるほど、斬撃耐性に魔法耐性か」
「雪の方はどうだったの?」
「後方に遠距離攻撃が得意なショット・スパイダーと前衛には硬い体毛を持つブロック・スパイダーがいたな」
「まるで、冒険者のパーティ構成のようだな」
「魔物も学習しているんでしょうか」
蟲の魔物に、其処までの知恵があるとは思えないが、そうだとしたら面倒だ、
一応、後ろのカシムたちにも聞いておく。
「そうだな、まるで狩られてる気分だった」
「あんな魔物と今まで戦った事ないですぅ」
随分とのんびりした喋り方をするのは、ウェーブのかかった金髪の少女だ。
「あ、私は、サティア・チューリックですぅ。先ほどは、助けて頂いてありがとうございましたぁ」
「私は、ミル・マクベル。エルフ族。よろしく」
次に自己紹介をしてきたのは、短い金髪に眠そうな反目の少女だった。
その後の情報収集はメデル達に任せ、俺は周辺の警戒を行いながら進む。
漸く第七階梯の魔法まで使えるようになったが、威力はギリギリ及第点といった所だ。
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