第12話 適応の推理





 夜も明け、辺りを気持ちの良い陽射しが照らし出しており、天候が崩れそうな気配はない。


「今日はどうします?」

「もう一度周辺を調査して、その後は森に入ろう」


 俺の言葉に、3人の視線はリツェアに集まった。


「大丈夫よ、耐えるから!」

「無理はするな。前衛は俺1人でも大丈夫だ」

「いざとなれば、主もいますしね」


 何故かメデルが、自信満々に宣言する。


「うん、ありがとう」


 リツェアが俺たちに微笑む。それを見たメデルが首を傾げる。


「あれ?リツェアさん、何か良いことでもありました?」

「ちょっとね」

「えー、教えて下さいよ」


 そのまま移動中も女子トークが続き、昨日のこともあり、敵の殆どを俺とヴィルヘルムで倒すことになった。


「……出没する魔物の数は、昨日と大体おなじだな」


 一応、魔物の出現数や場所、種類を紙にメモする。


「ああ」

「種類も昨日倒した蟲系魔物ばかりです」


 昨日と同じ魔物ばかり、か。

 メデルの言葉に少し引っかかりを感じたが、情報が少ない現在では答えを出すことはできなかった。


 周辺の調査は昼前に切り上げ、短い休憩を取る。そして、遂に忌蟲の森へと足を踏み入れた。

 森の中は、外よりも強い甘い匂いが漂い、湿度も高い。適度に木々の合間から陽射しが差し込んでいるので、そこまでの不気味さは感じなかった。


「……雪、蟲は?」


 リツェアが、俺の服の袖に縋りながら聞いて来る。


「残念だが、いるぞ」


 まだこちらに気付いてはなさそうだ。

 俺は、一度3人を振り向く。


「森の中では、無理に戦闘をする必要はない」

「わ、分かったわ」

「はい」

「了解した」


 3人は俺の言葉に頷き、先を進む。

 足場は、長い時間をかけて積み重なった落ち葉などの所為で歩き難い。それでも、俺の魔力感知とヴィルヘルムの五感で戦闘を避けつつ調査を続けた。

 魔物の危険度は、森の奥に行くほどに高まり、数や種類も増えて来る。


「なるほどな」

「……何が、なるほど何ですか?」

「ああ。おそらく、森の外にいた魔物はここでの生存競争に敗れた奴らだ」


 3人は目の前の光景から、視線を外さずに頷いた。

 俺も視線をそちらに戻す。

 ビキバキといった咀嚼音が、少し離れた位置にいる俺たちの方にまで聞こえて来る。その光景を見ているリツェアとメデルは、顔色が悪い。


「こ、これは、共喰い?」


 メデルの言葉通り、俺たちの視線の先には蟲系の魔物同士が食い合っていた。

 片方は大きなクワガタのような魔物。もう一方は、大きめの蟻のような魔物だ。2匹の戦いは、最初は拮抗していたが、数で押す蟻の魔物が次から次へと噛み付き相手の魔物をバラバラにしていった。


「……弱肉強食だな」


 ヴィルヘルムの言う通りだ。

 この森の中で、共喰いが日常茶飯事で起こっている。しかも、定期的に冒険者が魔物を討伐しに来ているとしたら……。


「……」

「主、どういたしました?」


 メデルの言葉が、深い思考に沈んでいた俺を引き戻す。


「何か分かったのなら、話してくれないか?思い付きでも構わない」

「……分かった。だが、まずは場所を変えよう」


 俺たちはできるだけ、魔物の気配から遠ざかった位置で休憩を取ることにした。そして、太い木の根に腰を下ろしたヴィルヘルムが早速口を開いた。


「それで、何が分かったんだ」

「分かったんじゃなくて、ただの推測だ」

「どのような推測ですか?」


 隣に座るメデルは、興味深々な様子だ。

 この小さな体の何処から、その元気が湧き出して来るのか疑問だ。


「俺の推測を話す前に、メデルは蟲系の魔物の1番厄介な武器は何だと思う?」

「武器……んー、繁殖力でしょうか」


 メデルの応えを聞いた俺は、ヴィルヘルムとリツェアにも視線を向ける。その意味を察した2人は、自分の意見を話し出した。


「種の多様さか?」


 ヴィルヘルムとメデルは結構良い線いってるな。


「体から出る液体。てか、存在が嫌い」


 それただ嫌いなだけだろう。


「まぁ 3人とも間違ってはいないと思うが、俺は適応力だと思っている」

「適応力、ですか?」

「そうだ。強い繁殖力も種が多様なことも魔物むしの適応力の結果にすぎない」

「「「?」」」


 蟲は、周辺の環境に適応する為に、体格・色彩・食料などを次々と変化することで適応していく。その過程で行うのが繁殖で、それによって多種多様な種が生まれる。これを、人は『進化』とも呼んだ筈だ。

 更に、この忌蟲の森では、魔物同士が共喰いをすることで、戦闘を行う事に適応した姿に進化しつつあるのではないか、と俺は推測した。

 このことを3人に分かりやすく説明した。


「なるほど」

「流石主ですね!」

「しかし、それが起こっているのなら厄介だな」

「いや、魔物同士の戦闘に適応しているのなら、まだ付け入る隙はある」


 俺の言葉を聞いて、ヴィルヘルムとリツェアの2人は目を見開き思考に集中し始める。

 2人は適応力を武器とする蟲系魔物の領域に、環境と共喰い以外に魔物を変化させる因子が介入していることに気付いたようだ。


「冒険者……」


 風が吹けば聞こえなかったかもしれない程のヴィルヘルムの呟きは、余計な音が殆どしない森の中では自然と良く通って聞こえた。そして、そこでメデルも薄々気付き始めたようだ。


「もしも、定期的に行われている冒険者との戦闘で生き残った魔物が、それに適応して変化していたら?」

「待って下さい。冒険者と言っても、あんなに大勢いるんですよ」

「メデル。いくら冒険者が多くても、魔物との戦闘パターンの基本は大体同じなのよ」


 リツェアの言う通り、魔物との戦闘の基本は前衛と後衛に分かれて戦闘を行うのが基本だ。

 前衛が斬撃や殴打などによる攻撃、後衛が魔法や弓矢による攻撃。しかも、相手が蟲系の魔物になれば、効果的な戦闘手段も自然と狭まる。

 他に、魔法道具を使った攻撃などもあるが、これは少数だ。


「そ、それじゃ……」

「ああ、可能性はあるな」

「この森の何処かに、冒険者を狩ることに適応した魔物がいても不思議じゃない」


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