第11話 過去から現実に




 俺はその後、他の極限エクストリームスキルや固有スキルの詳細に追加がないか確認したが、特に何もなかった。


「う、お尻が……」

「ぁ、ぁ、だめ、あ」


 

 まだ馬車に乗って2時間も経っていない。それなのに、リツェアとメデルの体は既に限界のようだ。

 特に、メデル、お前は顔色が悪い。


 流石にこの空間の中で、後数時間の苦痛には耐えられる気がしなかったので、ヴィルヘルムに休憩を挟むように提案した。

 元々休憩をしようと考えていたヴィルヘルムは、ちょうど良い木陰がある道脇に馬車を停める。

 そこに、産まれたての子羊のような足取りで、少女2人が馬車から降りて来る。


「馬を休ませたら出発するぞ」

「…………はい」

「雪、回復魔法……」

「水魔法で何とかしろ」


 回復魔法は光属性の専売特許だが、水魔法でも効果は弱いが回復魔法が存在している。


「ぅ、気持ち悪い」

「お、おい、大丈夫か!」


 メデルが吐きそうにしているとヴィルヘルムが、優しく背中をさすっている。それを見たリツェアが、感情の籠った眼差しを向けて来るが、黙殺し馬車へと向かう。


 俺は、馬車に触れ魔法を発動させる。


「借り物だが、壊さなければ問題ないだろう」


 掌に魔力を集め、完成のイメージ創り上げる。


「錬金魔法…」



□□□□□



 見た目は特に変わらない馬車に、憂鬱な表情を隠せずに乗り込んだ女子2人。

 だが、その憂鬱な表情も馬車が動き出すと同時に困惑に変わった。


「あれ?揺れが殆どない?」

「それに衝撃も楽になってる?」


 困惑しているのは、メデルやリツェアだけではなかった。


「雪、先程馬車の側で何かしていなかったか?」

「新しく手に入れた魔法を試していただけだ」

「うーん、それって物体に魔法を付与できるんですか?」


 俺は、3人に簡単にだが、錬金魔法について説明した。


 錬金魔法の1つ付与の効果は、物体に魔力を代償に魔法的効果を付与する事だ。本来物体に効果を付与するには、製作中に行うのが常識だが、錬金魔法は完成品にも効果を付与できる。

 だが、付与できる効果は物体に使用されている素材や耐久値に左右され、生物に効果を付与することもできない。


 今回付与した効果は、“防音” “衝撃の緩和” “軽量化” の3つだけだ。


「凄い魔法ですね」

「そうか?応用は効くが、戦闘では扱い難い」

「貴殿ならどうにでもできるだろう」

「そうよね」


 過大評価だと思ったが、反論するのも面倒だったので口には出さなかった。


 その後も、何度か休憩を挟みつつ快適な馬車の旅を続け忌蟲の森の近くまで到着する。


「甘い匂いがするな」


 森から漂って来る、特有の匂いに獣人族のヴィルヘルムが逸早く反応した。


「本当だ。蟲が好きそうな匂いですね」

「そうね」


 ヴィルヘルムとメデルとリツェアが楽しそうに会話をする中、俺は周辺の魔力と気配を探ってみたが特に可笑しな点はなかった。それに、隠れているつもりなのだろうが、森の中にも魔物の魔力を複数感知している。


「……雪」

「何だ?」

「すまないが、俺の鼻は役に立ちそうにない」


 俺は、ヴィルヘルムを見ずに言葉を紡ぐ。


「……そうか」

「勿論、できる限りの事はする」

「……なら、さっさと倒すぞ」


 俺は空中に、〝風矢〟を創り出し森へと放つ。

 〝風矢〟は真っ直ぐに空を切り、俺の狙っていた場所に吸い込まれた。

 その瞬間、森から蟲の鳴き声が響き、バッタやムカデのような蟲型の魔物が現れた。

 確か、あの魔物の名前はワイルドホッパーとムルカデだ。


「きもい、蟲キモい!」

「あんな蟲系の魔物初めて見ました!」


 リツェアの悲鳴とメデルの歓声が交差する。


 その間に、ヴィルヘルムは馬車を止めて、手に槍を構え魔物に向かって走る。身体強化とスキルを発動し、瞬時にワイルドホッパーを両断した。


「第五階梯魔法 〝土柱アース・ピラー〟」


 地面から突き出た先の尖った〝土柱〟が、ムルカデを貫いた。

 だが、流石の生命力で必死に抜け出そうと足掻くムルカデの姿を見たリツェアが、悲鳴と共に魔法を連続で撃ち込んだ。

 そのおかげで、おかげで短時間で魔物2匹を倒す事ができた。


「まだ心の準備が出来てないのに、最悪……」


 その割には、的確に魔法を放っていたように見えたが……。


「リツェア、蟲が苦手なんだな」


 辺りを警戒しながらこちらに戻って来るなり、ヴィルヘルムはリツェアに声をかけた。


「苦手で悪かったわね」

「まぁ、しょうがないですよね。私も少し気持ち悪いですし」


 メデルの場合は、好奇心が気持ち悪さを軽く凌駕しているようだ。


「苦手なのは別に良いが、あんなグチャグチャにされたらどうやって解体するんだ?」


 俺の視線の先には、リツェアの闇と水魔法によって無残に切り刻まれ、無事に回収できそうな部位が殆ど残っていないムルカデが横たわっていた。


 「お前が解体するのか?」とリツェアに聞いてみる。

 すると、涙目になりながら足にしがみ付いて来た。


「ごめんなさい!それだけは、それだけはイヤ!」

「リツェアも雪には頭が上がらないな!」

「主も揶揄い過ぎですよ」

「……半分は本気だ」


 それを聞いたリツェアの顔は青ざめ、靴まで舐めようとしたので流石に本気で止めた。




 戦闘後は、回収できる部位のみを解体し、森には入らず辺りの調査を行った。


 討伐ならいきなり森に入っても良かったが、今回の依頼は調査なので、周辺の環境や魔物の出没率なども調べた方が良いと判断した。

 何故なら、この依頼には明確な裁定基準がない。つまり、調査内容が有用かどうかを決めるのは、ギルドなのだ。となると、もし大規模な討伐が行われる時や近くを商人が通る場合に、役立つような情報の方がギルド側が好むと考えた。


 周辺を調査していると、森に入らなくても15匹ほどの蟲系魔物と戦闘を行った。

 俺達からすれば、大した事のない魔物ばかりだったが、蟲系魔物特有の高い生命力とトリッキーな動きが他の冒険者には厄介だろう。

 だが、こんな頻繁に森の中に生息する魔物が出没するのが、異常なのかどうかは良く分からない。


「普段の状況をもっと把握しておくべきだったな」


 俺の呟きが聞こえたヴィルヘルム達は、こちらに視線を向け口を開いた。


「そうだな。せめて、ギルドで情報を収集しておくべきだったな」

「うーん、近くに他の冒険者さんがいればいれば良いんですけど……」


 その後も、3人で相談していると覚束ない足取りで歩いて来るリツェアに視線を向け、そして固まった。


「フフフ、ふフ、ムシ、蟲がいっぱい。……私もこんなに穢されて、あは?」

「「「…………」」」


 リツェアが壊れた。

 目の焦点が合っておらず、顔には何故か気味の悪い笑みが張り付いている。そして、自分で自分の体を抱きしめていた。


「……さっき倒した魔物の体液を浴びてからこんな感じです」


「いや、寧ろ悪化してます」とメデルが話す。

 さっきの魔物?ああ、イモムシみたいな魔物だった筈だ。死ぬ寸前に、自爆して悪臭と少しの粘着性がある液体をばら撒く魔物だ。


「水魔法で洗いながしただろ?」


 これでもかと、頭から水を自分にぶっかけているリツェアの姿を先程見た。風邪をひかれては困るので、服は流石に俺が乾かしてやった。


「多分、精神的なダメージの方かと」

「確かに、まだ少し蟲の臭いがするな」


 グサッ!と音が聞こえたような気がしたのと同時に、ビクッとリツェアが震えその場で四つん這いになった。


「ヴィルヘルムさん、何してるんですか!」

「い、いや、つい……また、余計な事を言ってしまったか……」

「つい、じゃありませんよ!」


 余計なことを言ったヴィルヘルムは、リツェアに謝りメデルも必死に励ましている。


「はぁー」


 これじゃ、調査にならないな。


「一旦戻るぞ」


 空を見れば日が傾き始めていた。少し早いが、夜営の準備をするか。

 来た道を引き返す俺を、リツェアを担いだヴィルヘルムと小走りでメデルが追って来る。



□□□□□



 森から少し離れた位置に、夜営の準備を終えた俺たちは、市場で買って来た食料を食べ、その日の情報を纏めて眠りに付いた。


 勿論、見張りは2人1組だ。


「……今日はごめんなさい」


 隣に座るリツェアが、寝ているメデルとヴィルヘルムに配慮した小声で声をかけて来た。

 服は、予備の物に着替えている。


「別に、苦手な物の1つや2つ誰にでもあるだろ」


 そう声をかけたが、リツェアの表情は晴れない。


「……ごめんなさい」

「だから、今日の事は誰も気にしてない」

「違うの。今日のじゃなくて、100年前の……姉さんのこと」


 その瞬間、俺の中で何かが湧き上がったのを感じた。


「……」

「姉さんを殺した貴方に、酷い言葉をぶつけた。そして、私は、無理矢理その十字架を貴方に押し付けた。本当は、私にそんな資格なんてないのに……本当に、ごめんなさい」


 リツェアは涙を流しながら言葉を綴る。

 まるで、100年の間自分の中に閉じ込めていた色々な感情を1つ1つ吐き出すように。


「こんな言葉で許されるなんて思ってないけど、それでも……ずっと謝りたかった」

「……あの時の俺は、ヴィレアさんを救えなかった自分が許せなかった。だから、妹のお前が、俺に怒りや憎しみをぶつけて来るのは当然の権利だと思っていた」

「……」

「……今も、そう思っている」

「え?」

「俺は救えなかった。それは事実だ。だから、あんまり自分を責めるな。……それに、あの妹思いのヴィレアさんは、リツェアのそんな顔は見たくないんじゃないか?」

「!」


 その時、俺は100年前、勇者だった頃と同じような表情をしていた気がした。


「……私、もっと強くなる。トウヤと釣り合うくらい強く!」

「強くなるのは自由だが、涙くらい拭け」


 何故か涙を流しながら決意を告げられた俺は、兎に角、涙を拭いて貰う為にアイテムボックスから取り出した白いハンカチを渡した。それを受け取ったリツェアの顔には、出会ってから初めて見るような笑顔が浮かんでいた。


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