第9話 王のスキル
数時間かけて掃除してみて、改めてこの屋敷の広さを体感した。それに、屋敷の所々に細かい装飾がされており、貴族の別荘というのも頷ける。
掃除自体は、埃や汚れは殆どなく、魔法があるので多少は楽に出来た。それでも、広い屋敷の掃除をするのは精神的にきつかった。
「やっと、終わったわね」
「ふー、疲れました」
今は掃除が終わり、リビングに全員が集まり休憩している。既に外は闇に包まれ、近隣の家の灯が辺りを照らしていた。
ここは貴族たちが住む貴族街と言う場所よりも離れている為、灯りはそれほど多くはないが、人の通りはそれなりにあるようだ。
「これくらいで疲れるなんて、だらしないわね」
「イリーナは、途中で何度か休憩していただろう」
ヴィルヘルムの突っ込みに、何故か勝ち誇った笑みを浮かべるイリーナ。
「ふふふ、お金持ちの特権よ」
何故か勝ち誇ったような笑い声を上げる。
「流石は、最弱だな」
俺の「最弱」という単語に反応し、一度視線は俺に集まり、その流れのままイリーナに移った。
イリーナは、特に気にした様子もなく、目の前に注いである紅茶を一口飲み、俺を睨む。
「悪かったわね、最弱で!」
「本当のことだろ?」
「はぁー、全く貴方は相変わらずね。……それより、お仲間に私の説明でもしたら?」
「仲間、か。……まぁ、説明はする」
俺の反応に、誰もショックを受けている様子はない。
「イリーナの説明をする前に、メデルとヴィルヘルムは大罪スキルに付いて知ってるか?」
「祖父から聞いたことがある。大罪の王達のスキルだろ?」
祖父、か。
白虎の獣人で、雷の魔装。まさかと思っていたが、ヴィルヘルムの祖父はあいつかもしれない。
「そうだ。イリーナは、大罪スキルを持つ大罪の王の1人だ」
「スキル1つで王様なんて、凄いですね」
「それだけ、強力なスキルだからな。だが、大罪スキル自体を得る方法は難しくない」
「そうなんですか?」
「心の底から大罪を望むことだ」
「大罪を望む?」
そこで、飲んでいた紅茶のカップを置いたイリーナが口を開く。
「私は全てを欲したわ。自由も、権利も、命も、食料も、幸せも、お金も、知恵も、力も、人も、それこそ目に付く物全てを欲したわ。それで、気づいた時には、〈強欲〉の大罪スキルを得ていたのよ」
「大罪スキルは強力だが、代償も存在する」
俺は、思わず自分の握っている拳に力が入る。
4人は言葉を発する事はなく、俺の言葉を待っていた。
「精神と魂への侵食だ」
俺の言葉に2人は何も言わない。
いや、言えないのだろう。
何故なら、普通に生活していて、自分のスキルや魔法が制御出来ず怪我をする事はあっても、精神や魂に影響する事なんて無いからだ。
「大罪スキルを制御する器がなければ、力のままに破壊を続ける化け物になる」
「……化け物」
「お前の持つ聖剣も……そうなのか?」
「そうだ。俺の聖剣には〈暴食〉の大罪が宿っている」
4人の瞳の奥に何らかの感情が浮かび上がったのを感じたが、俺にはそれを理解することはできなかった。
「ただ、俺の〈暴食〉は押し付けられた力だ。それに、大罪スキル自体は聖剣に宿っているしな」
「それって、どういうこと?」
リツェアの問いに、俺は表情を変えないことを意識しつつ応える。
「……お前達に話せる事じゃない」
「そう、まぁ、言い難いこともあるわよね」
場が気まずくなる前に、話題を元に戻す。
「……話を戻すぞ。大罪スキルは、同じ〈大罪〉でも保持者によって能力の強弱が現れる」
「強い人と弱い人がいるんですか?」
「そうだ。例を上げれば、記録に残っている〈強欲〉の大罪スキル保有者の中には、相手のスキルを奪ったり、触れずに相手の臓器を身体から抜き取れる奴もいたらしい」
流石にその話を聞いたイリーナ以外の3人は、大罪スキルの強力で凶悪な能力に驚いている。
「だが、例外もいる」
俺はイリーナに視線を送る。
「やってくれるわね……。私の〈強欲〉の力は、相手の魔力、身体能力を一時的に奪い自分の物にすることよ」
「え?凄くないですか?」
「奪った力を自分の意思で制御できたらな」
「私は、生まれつき《霊魂の反発者》という称号を持っているの。効果は、自分の物とは違う魔力を反発すること」
「厳密に言えば、外から内側に入って来る魔力、だったか?」
イリーナは頷く。
「そうよ。だから、私は奪った魔力を体内に長時間維持できないの」
「つまり、相性最悪の大罪スキルを取得した故の最弱だ」
俺たちの話が終わる頃には、全員の前のティーカップの中身は空になっており、それに気付いたメデルがお代わりを皆に注ごうと立ち上がった。
その時、屋敷のドアが叩かれた音がした。
「どうやら、時間みたいね」
ソファーから立ち上がったイリーナを見送ろうとメデルが歩き出す。それをイリーナが止める。
「見送りの必要はないわ。それじゃ、また明日」
そう言うなり、イリーナは部屋から出て行った。
「さて、俺は風呂に入って寝るぞ」
「あれ?主、いつの間にお風呂の準備を……」
「まぁ、ちょっとな」
掃除の時に風呂を見つけて、掃除のついでに準備をしておいた。
俺も早速立ち上がり風呂場に向かう。
□□□□□
トウヤが部屋から出たのを見送った瞬間、メデルなティーカップを流しに運び、テーブルを拭く。
その動きがどうも何かを急いでいるようだった。
「メデル、何を急いでいる?」
俺の問いに、大きめのテーブルを小さな体を大きく使い拭きながら、メデルが応える。
「はい、これから
業務と言うには、どうも待ち遠しいと言った様子だ。
「……何をするつもりだ?」
「主のお背中をお流しします!」
メデルの言葉に、隣に座っていたリツェアがガタッという音を立て立ち上がる。
「め、メデル、それは、わ、私が参加しても?」
「当然です。寧ろ、今までは、主の魔法に阻まれていたので、戦力が必要だと思っていたのです!」
戦力って、言葉の選択が可笑しいと感じるのは俺だけだろうか。
「そ、そう……なら、やるわよ」
「はい、やりましょう!」
俺が口を挟む前に、2人は部屋を走って出て行った。それを見送るしか出来なかった俺は、トウヤの武運を祈り、心の中で合掌しておく。
「……はは、遂に俺も、人間の為に祈るようになったか」
嘗て俺は、人間を憎み、復讐する為に技を磨いた。
しかし、今はあいつらと一緒にいる時間を楽しいと感じている自分がいることに、最近気付く様になった。
それも、あの少年のおかげだ。
「爺さん、あんたがあの男に拘っていた理由、今の俺にも分かる気がするよ」
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