第8話 得る者
目の前で、嗚咽に堪えるイリーナを見て、これで本当に正しかったのかは答えが出ない。
本当は、もっとフォンティーヌ商会に対する情報を集めた後でも良かった、と思わなくもなかった。
すると、イリーナが握り潰した紙が手から溢れ落ちてテーブルに乗る。そして、気まずそうな表情を浮かべながらもリツェアはそれを手に取って開いた。
メデルも何故か、頬をピンク色に染めながら覗いている。
だが、紙に書いた内容は、2人が期待する様な物じゃない。
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・肉大好きエルフ。肉泥棒
・里の異端児。放浪する貧乏エルフ
・初恋はヴァハド。結果失恋。
・勇者とヴァハドが入る男湯を覗く(現行犯で前科7回)
・ヴァハドとトウヤの服を盗む(現行犯で前科2回)
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「「……」」
リツェアとメデルが、何とも言えない表情で、適度に白い肌を露出した色気のあるエルフを見つめる。
イリーナも、手から紙が無くなっている事に気付き、赤くした目で紙を探す。そして、イリーナの視線が、何とも言えない表情の2人と交錯する。
「………見たの?」
「「……(ふりふり)」」
イリーナの問いに、2人は首を横に振る。
だが、握り潰した紙は開かれて、リツェアの手元にあった。言い逃れは無意味だ。
「私の、私の、初恋相手を見たのね!?」
「「そっち!(ですか!?)」」
どうやら、イリーナにとって、男湯を覗いた事と俺達の服を盗んだ事よりも、初恋相手を知られた事の方が一大事らしい。
「当たり前でしょ!大切な人の入浴を覗いたり、服が欲しいのくらい当然よ!」
堂々と宣言するイリーナの言葉と姿に、リツェアとメデルは勢い良く立ち上がる。
「そうなのか?」
「そんな訳あるか」
ヴィルヘルムの『嘘だろ?』と言う様な表情に、呆れた表情で返答する。
「イリーナ、あんた!何で初恋が、よりにもよってあいつなのよ!」
「分かんない!今でも分かんないわ!でも、初恋って、そういう事でしょ?」
「否定はしないけど、ヴァハドはないでしょ……」
「これだから、イケメンの細身好きは……渋い漢の太い筋肉は至高なのよ」
「そんな事より、覗きに、服を盗むなんて……許せません。ハ、ハハ、破廉恥です!」
「ふふふ、私も若かったわ」
「それで、どうでしたか!?いえ、盗んだ服は、どうするつもりだったんですか!?」
「そうよ!7回も覗いたのなら、1回くらい見たんでしょ!」
「……残念だけど。あの頃の私が、敵う相手ではなかったわ。全て未遂」
「「なんてこと…っ!?」」
話が大幅に脱線していたので、ヴィルヘルムがリツェアの頭に手刀を、俺がメデルの後頭部にデコピンをする。
「いったぁ……あんた、加減を覚えなさいよ!」
「いたた……はぁっ!申し訳ありません、主。私に迸る使命感に、理性が抗えませんでした」
「……今後は気を付けてくれ」
今、聴き慣れない言葉を聞いた気がするが、気のせいだと思いたい。
その後、イリーナが落ち着くのを待ち、これまでの事情を説明した。
「……なるほど、事情はある程度分かったわ」
一応、盗聴を防ぐ為に魔力を余分に消費して、〝
「約束通り、マンドラゴラは倍の額で買取せて貰うわ。それに、プレゼントを何にするかも決めた所よ」
「……」
相変わらず、商売を始めた途端に狩人の様な目をする。
「貴方達、フォンティーヌ商会の専属冒険者にならない?」
「何よ、それ?」
リツェアの問いに、イリーナは分かりやすく説明を始める。
専属冒険者とは、その名の通り組織の専属となった冒険者の事だ。大前提として、これは強制ではなく、互いにメリットがあるから成り立つ関係である。
商会のメリットとしては、依頼はギルドを通さずに行う事が出来るので、時間と料金が削減出来る事だ。
だが、一方で、契約した冒険者の生活を保持したり、依頼達成の為のサポートには金がかかる。他にも、契約した冒険者が、商会の依頼を達成出来る人物なのか見極める目を持つ必要があるのだ。
もしも、専属冒険者となった冒険者が依頼を失敗すれば、損をするのは商会である。そして、選ばれる冒険者も今まで以上の責任を背負う事を自覚しなければいけない。
「それに、貴方達みたいな、実力が保証された冒険者を専属に出来るチャンスなんて滅多にないのよ」
冒険者とは、自分たちに合った依頼や拠点を求めて国を変える事は珍しくはない。それに、冒険者たちは自由を好む連中も多いからな。
「それじゃ、こっちの書類にサインして。勿論、全員ね。でも、条件とかには必ず目を通すのよ?」
俺達は、イリーナが目の前で書いた契約書に目を通す。4人それぞれが、疑問点などをイリーナに聞きつつ、専属冒険者になる書類にサインをした。
これに、魔法的拘束力などはないが、ここに記入したという事実が重要になる。
「うん、これで契約成立。さっ、家を探しに行きましょ」
流石の俺達も『宿』ではなく、「家を探す」と言ったイリーナの言葉に首を傾げる。その意味を悟ったのか、イリーナが笑顔で説明をした。
「フォンティーヌ商会の専属冒険者が、安宿で寝泊まり何て商会の恥になるわ。だから、家を買いに行くのよ」
イリーナは勝ち誇ったような笑みを浮かべて、「着替えて来るわ」と言って部屋を出て行く。そして、部屋を出る直前、「さて、商会ギルドに貸しは幾らあったかしら」と呟いていた。
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結論から言おう。
たった4人の冒険者が住む為の家に、金貨や大金貨を何枚支払ったのか、数えるだけでも恐ろしかった。それも、商業ギルドの職員が、顔を真っ青にするくらい値切られていたのにだ。
「という訳で、この家は好きに使って良いわ」
「デカくないか?」
「あぁ、この家は元々貴族の別荘だったみたいだから、設備も整備も行き届いてるわよ。安心して使いなさい!」
家と言うよりは、屋敷や豪邸と呼ぶ様な建物の前で大きな胸を見せ付けてイリーナは宣言した。
「でも、良いんですか?こんな家、というかお屋敷を貸して貰って……」
目の前の屋敷は、慎ましくや侘び寂びといった日本の文化を全否定したような豪邸なのだ。
鍵を開けて中に入る。売りに出されて間もないということもあり、埃も殆ど溜まっていない。
「私が良いって言ってるんだから、有り難く使いなさい!…………その代わり」
「「その代わり?」」
「偶に遊びに来るから」
「まぁ、買ったのはお前だし、俺は構わない」
「俺も構わん」
「掃除頑張ります!」
「最初から狙いはそれね」
なんだかイリーナとリツェアの間で、火花が散っているのが見える。
横に立つヴィルヘルムに視線を向けると、ヴィルヘルムも俺の方を丁度見て来た。
「……見えるか?」
「……ああ」
この何とも言えない空気を破ったのは、全身に掃除道具を装備したメデルだった。
現在、俺たちのいるリビングの大きめの窓を勢い良く開ける。
「さぁ!掃除をしましょう」
いつの間に着替えたのかは分からないが、幼女の体型に合った薄緑色のエプロンと三角巾、両手に雑巾を持つ姿が何とも似合っている。
俺は、自然と口角が緩むのを感じる。
そうして、本日は大して汚れていない家中の掃除をして終わった。
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