第7話 商会の長


 俺達は、少女に付いて商会の長い廊下を歩く。そして、1番奥の無駄に大きく、重厚感のある扉の前まで案内された。扉の表面の装飾を見る限り、かなりお金をかけているだろう。


 まず、案内してくれた少女が扉をノックし入室の許可を得る。


「どうぞ」


 部屋の中から聞こえたのは、綺麗な女性の声だった。


 俺は少女から頷かれ、扉を開ける。

 部屋の正面の奥には大きな仕事机があり綺麗に整頓された書類が積まれている。そして、その先に座るのは、金髪翠眼のエルフの少女が堂々と座っていた。

 窓から差し込む光を浴び、キラキラと光る金髪と異性を誘惑するように整った顔には、他人を見下す笑みを浮かべている。そして、座っていても分かる女性特有の胸の膨らみが、服を押し上げ自己主張をしていた。


「失礼します」


 俺に続いて、3人も部屋に入室する。そして、向かい合うように、高そうなテーブルを挟んでソファーに座った。テーブルの上には、俺が持って来たマンドラゴラが置かれている。

 俺達に、受付の少女はお茶と菓子を準備し部屋を出て行った。


「……」


 リツェアが、先程から落ち着く様子がない。

 

「貴方が、マンドラゴラを持って来た冒険者?」

「はい。雪と言います」

「そう、優秀なのね」


 一つ一つの言動が、計算されているかの様に絵になっている。


「私は、イリーナ・フォンティーヌ。ここフォンティーヌ商会の長をしているわ。腐れ縁の1人を除いて、初めましてになるかしら」


 隣で、リツェアがビクッと震えた。そして、俺もイリーナ・フォンティーヌの名を聞いて、嘗ての旅で、一時的にパーティーに加入していた少女の事を思い出す。


「ぇ、えっと……。久しぶりね、イリーナ……」

「ええ、久しぶり。それより、私の勧誘を断って、大陸各地を放浪した結果が貧乏人なの?」


 貧乏人と言ったのは、着用している、サイズの合わない男物の服を見て判断したのだろう。


「私にも色々あったの!」

「……まぁ、良いわ。思い出で懐は膨れないし」

「相変わらずの守銭奴ね!」

「光栄ね。それに、貧乏人よりマシよ」


 紅茶を飲みながら、余裕の笑みをイリーナは浮かべて見せる。

 100年前と姿は変わってしまったが、面影が至る所に見つける事が出来た。


 だが、嘗ての知人とは言え、正体を明かして良いのか。

 おそらく、俺の裏切りや送還魔法などには関わっていないだろうが、信頼出来る人物かは分からない。


「というか、どんな心境の変化なの?貴方が、トウヤ以外の人に懐くなんて珍しいじゃない」


 俺、ヴィルヘルム、メデルの視線がリツェアに向く。


「や、駄目っ!イリーナ、それ以上言わないで!」

「私を黙らせたいなら、私の弱みの一つでも言ってみなさい。そうしたら、このマンドラゴラを倍額で買い取ってあげるわよ。それに、特別なプレゼントも用意しようかしらぁ」


 魅力的な提案だ。

 だが、正体を明かすリスクを背負うには、メリットが吊り合わない。


「まぁ、私の弱みを掴んでるとは思えないけど」

「本当に変わってないわね。私わね、あんたのその笑った顔が昔から嫌いだったのよ!」

「商人にとって、笑顔でいる事は重要な事よ」


 イリーナにとって、感情をぶつけて来るタイプの相手との会話にも慣れているのか、余裕の表情が崩れない。

 だが、次のリツェアが放った言葉を聞いた途端にイリーナの表情が崩れた。


「そうね。貴方は、トウヤを裏切った奴等にも笑顔だったもんね」

「……何が言いたいの?」


 先程まで、余裕の表情を崩さなかったイリーナから余裕の笑みが消えている。


「あんたにとって、トウヤはその程度の人だったんでしょ?お金さえ稼げれば、誰にだって笑顔と媚びを振り撒いてさ」

「……私にとって、彼等は何者にも代えられない恩人なのよ」

「だから…」

「でも、トウヤの事を軽んじた事は一度もない。それに、彼を貶めた人を許すつもりもない」


 言葉の圧だけで、リツェアは口籠った。


「彼は、私に黄金にも代えられない財産をくれたわ。だから、私はこの国にいるの」

「どういう事?」


 リツェアは、意味が分からない、と言いたげな視線を目の前のイリーナに向ける。


「この国は、彼が望んだ夢に最も近い国。私は、彼の様に人を救う事は出来ないけど、私なりのやり方でトウヤを肯定しているのよ」

「何でそんな遠回しな事をしてるのよ?」

「お金の力には、限界があるからよ」


 その時にだけ、イリーナは遠い視線を向けた。そして、俺たちにしてみれば短い間であったが、イリーナは目を瞑って息を吐く。


「お金が有れば、殆どの物が手に入る。国を陰から支える事も不可能じゃない。でも、失ってしまった物を取り戻す事は出来ない」

「……」


 俺達は、『何を失った?』とは言えなかった。

 

 暫しの沈黙の後、イリーナの表情は元に戻る。


「さて、マンドラゴラの交渉に戻りましょう。金貨6枚で如何かしら?」


 いきなり提示された高額買取の値段に、メデルが「ひゃ」と言う様な悲鳴を上げる。


「……」


 値段を聞く限りでは高額だが、マンドラゴラの市場価格を調べて来るのを忘れていたので厳密な所はわからない。


「言っておくけど、金貨6枚は適正な価格よ。他の店に確認して貰っても構わないわ。それとも、さっきの条件が達成出来る?」


 挑発的な笑みをリツェアだけに、イリーナは向ける。リツェアも負けじと睨み返す。


 その間、魔力感知で分かる範囲で部屋を囲んでいる人数を確認した。

 おそらく、数は6人。気配を消すのが上手いし、襲って来る様子が無い事から護衛の可能性が高い。


 すると、イリーナには聞こえない程の小声でヴィルヘルムが話しかけて来た。そして、メデルも混ざる。


「どうする?」


 ヴィルヘルムは、言外に『正体を明かして、協力を仰ぐか?』と聞いているのだろう。


「悪い感じはないです」


 メデルは、聖蛇としての感覚で、自分に向けられる悪意には不快感を感じる様だ。

 他にも、聖王国は人間至上主義の国な為、エルフ族のイリーナが、協力者である可能性は無くはないが低い。


 俺はポケットを探る芝居をしながら、アイテムボックスからペンと紙を取り出す。そして、箇条書きにて文字を書いてイリーナの置いた。

 何をしたのか理解出来なかったイリーナは、掌におさまる程度の紙に書かれた文字を見て赤面する。


「な、何で、これを知ってるのはあの2人だけ……嘘、嘘でしょ。もしかして、でも、あの人が話す事はありえない……」


 口元を押さえて、イリーナは早口で言葉を呟く。


「貴方は、誰なの?!」


 イリーナは紙を握り潰して、ソファーから立ち上がり、俺を睨む。

 怒りと困惑が混ざった言葉を向けられた俺は、一言で返答する。


「商会の名前、気に入ってくれたのか?」

「そんな……本当に貴方なの?」


 その問いに、俺は答えない。

 イリーナは、力が抜けた様にソファーに座った。


「そうね……答えなくて良いわ。だって、貴方が私の前にいるんだもの……」


 すると、イリーナは再び顔を両手で多い隠す。そして、嗚咽を堪えていた。



 

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