第4話 無謀なる者



「でしたら、仮冒険者登録制度を受ける事は出来ますか?」


 俺の言葉に受付嬢の目が見開き、こちらの会話を聞いていた冒険者達の雰囲気も変わる。


 正直、こんな反応されるとは予想外だった。


 冒険者の仮登録制度とは、約100年前に戦争で家や家族を失った者達が働けるようにと冒険者ギルドが出した救済策である。

 内容は、一時的な身分の証明と仕事の斡旋を冒険者ギルドが行うという者だった。


 100年前に作られた制度だが、制度自体は現存している事を聖王国にいた時に確認出来た。そして、ヴァーデン王国では、現在も使われている可能性は高いと考えている。

 何故なら、ヴァーデン王国は、他種族が混ざって暮らしている他種族国家。全員が全員、身分を証明する為のサインを貰えるとは限らない。

 もし、サインが貰えなければ冒険者にはなれずに路頭に迷う事になる。

 先程の話の通りなら、冒険者ギルドも人々を路頭に迷わせたい訳ではない。だから、サインが貰えなかった人の為に冒険者ギルドが保証人となる仮登録制度が残っているのではないか、と考えたのだが。


「少々お待ちください」


 そう言って、受付嬢は足早に後ろにある扉から奥に引っ込んでしまった。

 受付嬢が戻ってくる間、暇なので窓口の近くにあった冊子を手に取り読んでいく。メデルはそんな俺を眺め、リツェアは読んでいる冊子を覗き込んでいる。

 2人にくっつかれ冊子が読み難い。

 ヴィルヘルムは窓口の椅子に座ったまま、目を瞑っている。


 その時、冊子の中に書かれていた冒険者登録についてのページに書かれている内容が目が止まった。


 ん?これって……まぁ、しょうがないか。


 このまま時間だけが過ぎると思っていたが、近くから太い男の声が聞こえた。


「おいおいてめぇら」

「?」


 冊子から顔を上げると、筋骨隆々の体格と顔に傷のあるいかにもといった様子の人間の大男が立っていた。

 何かの魔法道具で、姿を変えている事に魔力感知の違和感で気付く。


「てめぇらみてーな弱そうな女子供が、冒険者になんか慣れると本気で思ってんのか?ガキみてぇな夢を持ってんなら、とっくに覚める時間だぜ?現実を見ろよ、現実を」


 周りの連中もそれにつられて笑い出す。

 

「それに小僧。そんな剣1本で戦えんのか?傷のない綺麗な顔してるみてぇだが、さぞや温室で快適に生きて来たんだろうな。怪我してからママに泣き付いてもおせぇんだぞ?」


 また低レベルな挑発だな。


 リツェア何て、既に虫以下に向けるような冷たい目をしている。ヴィルヘルムは、何だか面倒くさそうだ。


 ……メデル、何でお前は嬉しそうなの?


「すごい、これが冒険者!」


 いや、違うと思うぞ……。


 何故か興奮するメデルをリツェアが大人しくさせている間に、俺は目の前の大男と向かい合う。


「確かに、俺は弱そうに見えるだろうし、貴方からすれば小僧と呼ばれてもしょうがない。だけど、貴方が言う夢を抱く程の子供ではない」

「っ……人が親切にしてれば、付け上がりやがって!戦いも知らねぇ温室育ちのガキが、調子に乗るなよ!」

「底が知れるな」

「何っ!?」

「目に見えている物ばかり見て、それ以外は全く見ようとしない。同情するよ。昔の俺と同じだ」


 まずいな。後ろの2人の方が、我慢の限界が近そうだ。

 俺は視線を後ろの2人に向ける。

 それを見て意味を察した2人は、途端に笑顔になり、「やっちまえ!!」と目で訴えてきた。


 俺は、再度目の前の男に視線を向ける。

 先程からの俺の態度が気に食わなかったのか、男の額に青筋が浮いている。


「てめぇ、俺を舐めるのもいい加減にしろよ!!」

「そっちこそ。冒険者にとって実力を示すのは、言葉ではなく、結果じゃないのか?」


 男は顔を赤くし拳を振り上げた。


「っ!?」


 男の硬く握られた拳は、空中で止まったまま動かない。


「なっ……」


 俺の視線と交錯する男の喉元には、抜刀された剣の切っ先が突き付けられていた。

 僅かでも手元が狂っていれば、喉を斬り裂いていても可笑しくない場所である事だと理解している男は、荒い呼吸のままピクリとも動かない。


 誰もの予想の斜めを行く光景を前に、ギルド内が静寂に包まれる。

 殺気を目の前の男だけに向け放ちながら、俺はゆっくりと剣を引き鞘に戻す。それと同時に目の前の男が腰を抜かし、俺を見上げている。


「あんた、偽装してるが魔族だろ?」

「っ!……何で、分かった?」

「そんなことより、魔族の癖に魔力操作が雑過ぎだ。それで良く威張っていられたな」


 俺が戦った魔族とのギャップに、思わず本人を前にして肩を竦める。それに、怒るでもなく男は床に座ったまま何かを考え始めた。


 俺は、そんな男を無視してこちらを見物する受付嬢に声をかけた。


「いつまで見物しているつもりですか?」

「い、いつから?」

「貴方が扉に駆け込んで直ぐです」


 俺の言葉を聞いた受付嬢は、降参とばかりに大人しく最初の座っていた椅子に座る。


「すいません」


 俺は受付に座った女性に頭を下げる。それには、さすがの3人も驚愕し俺を見つめる。


「はぁ?え?何で?」


 受付嬢も困惑する。


「どうやら、俺が仮冒険者登録制度について勘違いしていたようです」

「勘違い、ですか?」


 俺は、冊子に記載されていた仮登録制度と自分が知る仮登録制度が違っていたことを受付嬢に話した。

 話を聞いた受け受付嬢は、納得したように頷く。


「なるほど。おそらく雪さんの知っている仮登録制度は、30年程前までの物ですね」


「極稀に、勘違いされている方もいます」と話し、受付嬢が微笑む。


「一応説明いたしますね。現在の仮登録制度は、身分の証明を冒険者ギルドが行うのは変わりませんが、条件が追加されています」

「条件、ですか?」


 メデルが愛らしい仕草で首を傾げた。

 思わず受付嬢の表情から笑顔が溢れる。


「実力です。最低でも、白金プラチナ級冒険者並みの実力が必要です」

白金プラチナ級?」


 メデルが、再び質問をすると俺達の前に紙が置かれた。


「こちらの紙に纏めた物をご覧下さい」


 見せられた紙には、冒険者のランクと大凡の基準と思われる説明が書かれていた。


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