第3話 王国の冒険者ギルド
多種多様な種族の人々とすれ違いながら歩く俺達の足は、古めかしく威圧感のある建物の前で止まった。
この建物の名は、冒険者ギルド。
冒険者ギルドとは、人間領の各国にあり、その国の様々な依頼を一手に引き受けている組織である。
冒険者として登録すれば、それらの依頼を受ける事が可能だ。実力が認められ、信頼できる人物だと判断されれば、試験を受ける事でランクが上がって行く。それに応じて、受けられる依頼のランクも上昇する。
依頼の内容は、簡単な雑事や採取もあるが、用心棒や護衛、賊退治、魔物の討伐といった荒事も多い。
特に、このヴァーデン王国の様な危険地帯に近く、魔物の出現件数の多い地域では、魔物討伐や護衛を行う傭兵といった面が強い、と門兵の人達から教えて貰った。
大通りの比較的王城に近い位置にある冒険者ギルドに、美少女、幼女、獣人、俺が立ち入ると、無数の視線が飛んできた。値踏みする様な視線やあからさまに、馬鹿にしたような視線が向けられる。
視線以外にも、『子供が3人?』『あれは、白虎じゃねえのか?』『可笑しな取り合わせだ』『貴族か?』『いや、他国の王族って可能性も……』『あの服装でか?』など、小声ではあるが、聴覚を強化すれば容易く聴き取る事の出来る声で話をしていた。
だが、その全てを無視して開いている窓口の1つに向かって真っ直ぐ歩く。
「登録をしたいのですが」
冒険者ギルドの場所と登録方法を門兵から聞いていたので 俺は躊躇うことなく口を開いた。
「ヴァーデン冒険者ギルドには、特例で登録には年齢制限がありまして、10歳以上ではないと登録できないのですが……」
受付に座る若い女性がチラリとメデルを見る。
「わ、私は10歳です!門兵の方達にも、正直に話しました!」
明らかにホッとした様子のメデルを見て、遠回しにメデルの登録を防ごうとした受付嬢は面食らった表情になっている。
「あ……そうですか。でも……」
受付嬢からすれば、冒険者ギルドに依頼ではなく登録をしに俺達のような華奢な子供が来た事に驚いているのだろう。
冒険者ギルド内を見回せば、その殆どが筋骨隆々の男達ばかりだ。
おそらく、冒険者登録に来たのがヴィルヘルムだけだったら、ここまで渋られる事は無かったのだろう。
俺は、視線を受付嬢に戻す。
「何か問題でも?」
少しだけ声に魔力をのせると、受付嬢はビクッと体を震わせる。その原因が何かは、本人も気付いていない。
だが、先程まで誰と話すべきか、彷徨わせていた受付嬢の視線が俺に向けられている。
「い、いえ、ありません!」
「それじゃ、登録の手続きをお願いします」
「はい。あぁ、文字の方は?」
受付嬢が4人に向かって問いかける。
「書けるわよ」
「問題ない」
「予習済みです!」
予習してたのか。
「俺も大丈夫です」
4人の言葉を聞いた受付嬢は、俺達の前にペンと用紙を並べる。
□□□□□
受付嬢は、目の前の4人が用紙に必要事項を記入している隙にそれぞれの様子をまじまじと観察する。
サイズが合ってはいない服装の者もいるが、彼等が着ている服には清潔感がある。着古した様には見えない。
おそらく、貧しい農民や移民の可能性は低いだろう、と判断した。
ヴィルヘルムも含めて、全員の顔が整っていることから、貴族とも考えたが、証拠はない。そして、不思議な事に、黒髪の少年以外は誰も武器を装備していないのだ。
仮にも、黒髪の少年が貴族だとして今彼の装備している剣は、貴族があまり好まない何処にでもある、有り触れた無骨な片手剣だ。
(もしかしたら、魔法学園の生徒かしら?)
事実、冒険者ギルドには、魔法学園の生徒が極稀に登録をしに来る。
だが、それにしては、目の前の4人は歳が離れ過ぎているし、魔法学園の生徒なら必ず制服を着用して登録に来る筈だ。そうする事によって、登録料の免除や個人の実力に合わせた依頼の斡旋、依頼を失敗した際の違約金免除の制度を受ける事が出来る。
これらの制度は、国立魔法学園の生徒達の命を守る為に、学園長と国王の意向で始まった事なので魔法学園の生徒が知らない筈がない。そして、これらの制度の対象となった生徒達は、言わば国と冒険者ギルドの保護下に入っている状態になる。そうする事で、無茶な依頼の抑止や冒険者同士の諍いによる怪我の防止にも繋がっていた。
つまり、制服で来る事で、国の保護下にあることと身分の証明にも繋がり、安全も約束される。
受付嬢が、観察し考えれば考える程に、目の前の4人の正体が分からなくなって行く。
その時、不意に顔を上げた少年と視線がぶつかる。
□□□□□
記入の手が止まる。
3人も同じ所で手が止まっていた。
これは事前に予測出来たことなので、先程から俺達をまじまじと見ている受付嬢に向かって顔を上げる。
「すみません。俺たちは今日この国に来たばかりでして宿も決まっていないし、身分を証明してくれる人もいないんです」
「そうですか。なら、今回は諦めて後日出直してはどうですか?こちらの書類にサインをして貰って頂ければ、大丈夫ですので」
俺達の前に置かれた小さめの紙には、内容を纏めると『この者達の身分を証明する』すると書かれていた。
冒険者ギルドに登録する為には、身分を証明する必要がある。これは、子供なら親の名を、旅人であれば宿泊先の主人や友人、冒険者達から同意を得てサインを貰う事が出来れば認可される欄だ。サインが認可される条件としては、ヴァーデン王国に住んでいる人である事が絶対条件らしい。
不便な条件ではあるが、他人から信頼を得る事の難しさを身を持って知って欲しいのかもしれない。そして、『この程度の信頼すら得られない奴は、ヴァーデン王国の冒険者ギルドには必要ない』と言いたいのだろう。
サインを書かせる方法なら幾らでもある。単純に、頼めば書いてくれる人もいるだろう。お金を払ったり、宿に数日泊まれば、おそらく宿屋の主人は書いてくれる。
だが、この条件の裏には他の狙いもある筈だ。
「サインを書いてくれそうな人なら、直ぐに見つかるかもしれませんね」
考え込んでいた俺に、メデルは話す。
だが、リツェアは「難しいと思うわよ」と冷静に返答した。
「だって、この書類にサインをして、私達が問題を起こしたら誰が責任を取るの?」
「あっ」
「勿論、本人です。サインをして頂いた方に、迷惑がかかる事はありません」
受付嬢の言葉を聞いて、リツェアとメデルが安心している様だ。
「だけど、冒険者ギルドからの信頼は失うだろ?」
俺の言葉に、受付嬢の微笑みが僅かに崩れる。
確かに、受付嬢の言った様にサインした相手が問題を起こそうと責任を追求される事はないのだろう。それに、登録時の書類の内容が公に公開される可能性は低い。
実際は、何の問題もない様に思える。
だが、冒険者ギルドも人間関係の仕事だ。1回や2回ならば良いが、同じ人がサインした冒険者が、何度も問題を起こしていれば信頼は出来なくなる。
特に、人を見る目というのは、商人や冒険者内では重要な能力として評価される筈だ。
自分がギルド側に立って考えただけでも、人を見る目のある冒険者がいるパーティーになら、新人を安心して任せる事が出来る。緊急な依頼の際も、候補として上がる件数も多くなるだろう。昇格を早める事も視野に入れる可能性もある。
だが、サインをした冒険者が問題を起こす件数がそれ程多いとは思えないし、人を見る目だけで、露骨に冒険者ギルド側の評価が変わるかは分からない。
「それに、どんな人からサインが貰えるかの有無は、今後の俺達の評価にも繋がって来ますよね?」
受付嬢は、笑みを深めるばかりだ。
「そうなると、時間をかけて関係を築くしかないわね」
「人を見る目、なるほど」
リツェアの言う通り、直ぐにサインを貰う事は難しいかもしれない。
「もし、どうしてもサインを頂けない場合は、後日ギルドの受付で相談して下さい」
「話は理解した。だが、金や職に困った者や旅人が登録をする時など、今までに問題は起きなかったのか?」
ヴィルヘルムが行った質問は、俺達の誰もが思った疑問だ。
すると、受付嬢は困った様な表情を浮かべる。
「ない訳ではありませんが、登録する際の事情は、相手側の事情であって、
明確な返答だった。
正直、俺としては、好みな答えでもある。それに、ヴァーデン王国の冒険者ギルドが量より質を重視する傾向がある事が予想出来た。
「それに、追い詰められた人は、1人で無茶して、最悪命を落としてしまいます。ですので、ヴァーデン王国の冒険者ギルド側では、この保証人制度を使っているんです」
保証人制度の真の狙いは、新人冒険者に他者との関係作りを促すきっかけを作る事と情報を共有して無謀な冒険をしない様に予防する事だったのか。
その結果として、冒険者の命を守り、質の維持などにも繋がっているのかもしれない。
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