第2話 関門現る




 門の前で入国の列に並んでいると、3人は周りからの視線が気になってしまう様だが、俺は特に気にならなかった。

 嘗ての俺は、何処に行っても色々な視線で見られていた。好意的な物、好奇を込めた物、敵対的な物、値踏みする物、軽蔑する物、本当に色々な視線に晒されて来た。だから、この程度の視線は気にもならない。

 寧ろ、一々反応していると余計に視線を集める原因にもなる。それに、視線の多くは、美少女のリツェアと愛らしいメデル、幻獣種であるヴィルヘルムに向けられている。

 有り難い事に、視線の中心に俺はいない。


「あ、主……。皆に見られてます」

「気にするな。どうせ何もして来ない」

「う〜、分かりました……」

「それと、この国で俺は『雪』と名乗る」


 俺は、3人にだけ聞こえる声で話した。

 偽名が雪とは、あまりにも安直な気もするが……偽名だから深く考えない様にする。


「雪様ですね。畏まりました」

「心配し過ぎ、とも言えないわね」

「そうだな。警戒して損はないだろう」


 勇者トウヤ・イチノセ。この名は、この世界で元々そこまで有名ではない。

 勇者として活動する上で、有名になり過ぎるのは寧ろ邪魔だと考えて、俺を召喚した国に情報操作を頼んでいたのだ。だから、トウヤ・イチノセの名前よりも『神導の勇者』や現在では『魔人』などの方が有名な呼び名となっている。そして、この100年の間に、エスティファム聖王国が様々な情報操作を行っているだろう。

 

 最も注意する点においては、俺の存在が『執行者』に知られている事だ。

 今の所は、死んだと思われている可能性が高いが油断は出来ない。




 

 入国した後の事を4人で話していると、俺達の順番になった。


 だが、身分証がない俺達の入国には、入国審査の様な事を行う為、時間がかかるらしい。

 入国審査と言っても、いくつか質問に答えたり、持ち物を確認されるだけだ。そして、最後に魔力の登録を行った。

 魔力の登録は、聖王国に召喚された際に行った魔力測定と同じ様に水晶玉に魔力を注ぐだけで終了した。

 これで、もしも俺達が国内で問題を起こせば直ぐに特定出来てしまう。そして、最後に入国料を払う様に言われて、俺以外の3人の表情が固まった。


「ち、ちなみにおいくらだせばいいのかしらぁ?」


 リツェアの言葉が可笑しい。


「ひ、1人、銀貨1枚です」

「ほう……」


 ヴィルヘルム。相手は仕事なのだから、牙を剥き出しにして門兵を睨むのは止めろ。お前にとって睨んでいるつもりはなくても、門兵の男性の顔色が悪くなっている。


「あの、私、お金がなくて……どうにかなりませんか?」

「ああ、ごめんな、嬢ちゃん。おじさんにも家族が、娘いるんだよ……っ」


 メデルは、無自覚にも門兵の良心のHPをガリガリと削っていた。門兵、いや、仕事中のお父さんのHPは、既にレッドゾーンに突入している様だ。

 今や、顔に手を当てて「くぅ」と何かに耐える様な唸り声をあげている。


 4人は、それぞれ離れて入国審査を受けていたのだが、俺の位置からは4人の言動が丸見えとなっている。そして、視線を前に戻せば、困った表情の門兵の男性と目が合ってしまう。


「なんか、すみません……」


 俺は、静かに懐を探る振りをして、アイテムボックスから4人分の入国料である銀貨4枚をテーブルに置く。

 因みに、この世界の通貨は種族通して同じで銅貨、銀貨、金貨が使用されている。それぞれ100枚で1つ上の貨幣と同価値になる。他にも、大銅貨、大銀貨、大金貨、白金貨なども存在している。



=========


銅貨= 10円

大銅貨= 100円

銀貨= 1000円

大銀貨=10000円(1万円)

金貨=100000円(10万円)

大金貨=1000000円(100万円)

白金貨=10000000円(1000万円)


※貨幣の価値は、一種の例えである。


=========



 平民たちは金貨以上の通貨を使う機会なんて滅多にない。使うのは、王族、貴族、商人たちくらいだ。


「確かに確認したよ」


 視線で、「君も大変だね」と語りかけられている気分だ。


「あ、あるじぃ!」

「雪、ありがとう」

「すまない」


 俺は溜め息を吐く。


「これは貸しだからな」


 俺の言葉に3人は頷く。

 こちらを見ていた兵士が口を開いた。


「では、ようこそヴァーデン王国へ!」



□□□□□



 ヴァーデン王国の道の傍らには露店が並び、それを買い求めようと多種多様な種族が闊歩し、活気と笑顔で溢れている。人間、獣人、エルフ、ドワーフ、魔族。100年前では考えられなかった光景だ。


 他種族との共存と言うのは、口で言うほど簡単なものではない。文化、思想、宗教、偏見など多くの問題があった筈だ。そして、今も、様々な問題を抱えているだろう。それでも、ここに生きる人々は成し遂げた。

 それもたった100年で……。


 街の光景を暫く眺めていると、近くから声をかけられた。


「どうしたの?」


 隣を見ると、3人が俺の事を心配そうに見つめていた。


「……何でもない」


 そう、何でもないんだ。もう俺には関係ない。


 俺は無言で人混みに向かって歩き出した。その後を3人がお互いに顔を見合わせてから追って来る。





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