第3章 王国の英雄

第1話 旅人の向かう先







 危険地帯である樹海を抜けると、見渡す限りに草原が広がっていた。風が吹き抜ける度に、草花が左右に揺れ動く。

 俺の魔力感知にも、怪しい反応はない。


「やっと湿度の高い森を抜けたわね!」


 そんな事を言いながら背筋を伸ばすリツェア。本当に機嫌が良いらしく、鼻歌まで歌っている。残念ながら俺の知らない曲なので、音程があっているのかどうかの判定は出来ない。

 その隣を歩くヴィルヘルムは、常に周りを警戒しているのか、丸い耳がピクピクと動いている。


「リツェア、気を抜くな」

「分かってるわよ!」


 相変わらず、化学反応の様に顔を合わせれば騒ぐ連中だ。そして、俺は、その2人の前方を歩いている。

 本当は後ろを歩いて欲しくないが、2人では道が分からないと言うのでしょうがない。


 だが、やはりうるさい。どうにか、黙らせる方法はないか。


「……リツェア、ヴィルヘルム」

「「何 (だ)?」」

「そんな服で騒いで恥ずかしくないのか?」

「トウヤ、貴方そんな目で私を……」


 そう言って、盛大に破けている服を抑えるリツェアとボロボロのズボンと申し訳程度の上着を着たヴィルヘルムは揃って俯く。

 いや、リツェアは顔を赤らめつつ俺を睨み付けていた。

 別に、本人リツェアが期待する様な邪な心はなかったのだが。


 俺は明日羽との戦いで、服が使い物にならなくなっていたので、アイテムボックスに準備していた予備の服に着替えている。


「はぁ……これから、その服で王国に行くつもりか?」


 大切な事を忘れていたのかの様に、2人の歩みがピタリと止まる。


「入国の時に怪しまれても、俺は庇わないからな」

「「…………」」

「それに、入国待ちの列で一体何人にその体を見せびらかすつもりだ?」


 2人を交互に見ながら、現実という名の口撃を2人に畳み掛ける。2人は目配せをするでも無く、同時に頭を下げた。


「嫌よ!こんなロリコンと同じ変態だけは嫌!」

「誰が、ロリコンだ!」

「「頼む(お願い)、服を貸して(くれ)!」」


 2人は、素直に協力を仰いで着た。まさに、阿吽の呼吸である。

 口撃してみたものの、俺も他人事ではない。2人が俺と一緒に来るなら、2人の所為で俺とメデルが悪目立ちしてしまう。


「はぁ、分かったよ」


 俺は、アイテムボックスの中から俺用に準備されていた上着とズボンを取り出して2人に渡すが、サイズが合っていないのが着る前から一目瞭然だ。リツェアには大き過ぎるし、ヴィルヘルムには小さ過ぎる。

 一応怪しまれない様にデザインが違う物を渡したが、サイズの問題が解決した訳ではない。


「尻尾の穴はないから自分で調節しろよ」

「分かった」


 その後、ヴィルヘルムとリツェアに陰で着替えて貰う。


「……どうだ?」


 俺の持っていた服の中でも、一番大きなチュニックを渡したのだが、発達した筋肉が布を押し上げている。まるで、逞しいボディビルダーが通常のシャツを無理矢理着てしまった時の光景に見えなくもない。


「わぁ!」


 俺にとっては、返答に困る姿だったが、メデルにとっては好みの格好だった様だ。

 恥ずかしそうに近付くと、「か、肩に乗せて貰っても良いですか?」とモジモジしながらヴィルヘルムに頼む。それを聞いたヴィルヘルムは、俺でも分かる程に露骨に照れながら肩に乗せていた。その間、尻尾の動きが忙しなくなっている。

 ヴィルヘルムの格好は、白いチュニックに、茶色のズボン。ズボンには尻尾を通す穴を自分で開けた様だ。



「……ちょっと、私がいない間に何が起きたのよ」


 ヴィルヘルムより遅れて戻って来たリツェアは、黒くシンプルな男用のシャツとズボンを着ている。全体的に男用の服なので大きめだが、慎ましい女性的な体の膨らみがあり、案外違和感はない。

 本人は、胸の辺りを触って、残念そうにしている為、その部位の話はしない方が懸命だろう。


「ふむ。リツェアは、サイズが合っている様で羨ましいな」

「ヴィルヘルムさんっ!」

「それに、動きやすそうだ」

「……」


 俺とメデルの表情が引き攣る。

 恥ずかしそうだったリツェアの表情が今では、感情の抜け落ちた人形の様になっていた。慌てるメデルを見上げていて、ヴィルヘルムはリツェアの変化に気付く様子がない。


「…………さない」


 何かを呟いたリツェアの声に、漸くヴィルヘルムが事の重大さに気付く。

 だが、時は既に遅い。


「ど、どうした!?」


 ヴィルヘルムが身構える寄り早く、〝身体強化〟をかけた体で駆け出したリツェアの速度が、驚く程に速い。そして、躊躇なく、地面を踏み切った事で、小柄なリツェアの体は宙を舞った。それにより、一切殺される事のなかった前方への移動速度は、そのまま前方へ向けた破壊力へと昇華される。


「ま、待てっ!?」

「こんのクソ虎野郎!!」


 まるで、黒い弾丸となったリツェアの跳び蹴りは、見事にヴィルヘルムの顔面に決まった。


「ぐほぉぉおおおっっ!!!?」


 リツェアの跳び蹴りが決まる瞬間に、ヴィルヘルムの肩から脱出していたメデルを受け止める。


「大丈夫か?」

「ぁ、私は大丈夫ですけど……」

「あいつの事は気にするな」


 地面に仰向けで倒れ伏すヴィルヘルムは、自業自得だ。


 嘗ての旅の途中で、似た様な事を言った酔った男が、仲間の女性陣に馬乗りで袋叩きにされていた光景に比べれば余程健全に見える。




 旅を再開し、ヴィルヘルムの頬が徐々に腫れて来ている。それによる痛みの為か、敵を見る様な目でリツェアに睨まれている為か、困った様な視線を俺へと向けていた。


「ヴィルヘルムさんは、女心が分かっていません」


 10歳であるメデルに諭される頃には、ヴィルヘルムも「すまなかった」と謝る様になっていた。それに対するリツェアの返答は、「次言ったら、ハゲるまで毛を毟ってやるから」だった。

 一応、執行猶予付きで許されたのだろう。



「あれが、ヴァーデン王国」


 ヴァーデン王国は、約100年ほど前に建国された小国だ。小国と呼ばれるのは、魔族領や俺達が抜けて来た樹海など危険地帯に囲まれている為、国土が広げられないのが理由となっているのだろう。


 だが、魔物から取れる素材や豊穣な土壌のおかげで豊かな国である。そして、ヴァーデン王国の最も注目すべき点は、嘗て俺が掲げていた《他種族との共存》を実現させた国でもある事だ。


 その事を門に向かいながら3人に説明する。

 やはりと言うべきか、3人はそれぞれヴァーデン王国の事に付いて知っていた様だ。


「まぁ、ヴァーデン王国は人間領ダントツで危険な国だからね」

「ヴァーデン王国は、良い意味でも悪い意味でも有名だ」

「そうなのか?」

「ヴァーデン王国は、《他種族との共存》を掲げていますが、平等という訳ではない、とお母様から聞きました」

「なるほど」


 聖王国の資料には、其処まで詳しく記してなかったな。

 危険地帯に近い国なら、仕事に困る事はないと思ったが、面倒な事に巻き込まれる可能性もあるのか。


「ふぅー」


 俺の勘がそう訴えるが、今更別の国に行く訳にも行かず門に向かって歩く速度を速めた。



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