第20話 もう1人の勇者



「聖剣だと!?つまり奴は、勇者なのか!」

「……そうだ。暁明日羽は、異世界から召喚された勇者だ」


 目を見開き驚愕するヴィルヘルムを無視して、明日羽の聖剣【精痕者】を観察する。

 明日羽の手に顕現した緻密な装飾のされた聖剣の刀身には、透明な宝石が埋め込まれ、鍔は赤・青・緑・茶の4色の宝石で飾られている。

 何も知らない者が見れば、飾剣にも見えるがあの聖剣の能力は強力だ。


「……」


 間違いない。あれは、明日羽の聖剣【精痕者】だ。

 どんなに姿や声を真似る事が出来ても、聖剣は勇者個人の唯一無二の武器だ。それはつまり、奴は本物の暁明日羽だという事になる。


 だが、明日羽は、100年前に死んだ筈だ。


「明日羽、その聖剣を使えるのか?」

「あはははは!勿論だよ」

「……そうか」


 お前は、もう俺の知っている暁明日羽じゃないんだな。


 俺は、一度内側に湧いた感情を押し殺す。


「どういう事だ?」

精痕者フェアルは強力な聖剣だが、能力の使用には大量の魔力が必要だ。だが、召喚された時の明日羽の魔力量は、決して多くはなかった」


 魔力測定では、ギリギリ赤色だった。


「その程度の魔力量で、あの聖剣の能力が使えたのか?」

「4回能力を発動させて、立っていられれば良い方だった」


 俺の言葉にヴィルヘルムの目が細まる。

 今の説明を聞いて、明日羽の聖剣を顕現する際の魔力を思い出したのだろう。


「だが、今の明日羽の魔力なら、存分にあの聖剣を使える」

「そーいう事」


 明日羽は、不気味な笑みで応える。


 魔力量は確かに戦いを重ねる中で高まるが、元々持って生まれた魔力量が赤色の者が、黒色の魔力量になる事なんて有り得ない。

 それこそ、奇跡でも起きない限りは。


 だが、現実に明日羽の魔力量は、黒色、つまり英雄級の領域にまで到達している。


 明日羽の手の【精痕者】が、水を纏う。


「〝水蛇の顎〟」


 切っ先から蛇の形をした水が放たれる。

 その瞬間ヴィルヘルムが俺の前に立ち、足を水蛇に向かって振り抜く。


「〝雷脚〟」


 〝雷脚〟を受けた水蛇は、四散する。

 だが、明日羽が【精痕者】をタクトの様に振るうと四散した水が一箇所に集まり再度大蛇の形を形成する。

 その常識離れした光景に、ヴィルヘルムの目が見開かれる。


「……何だ、あれは?」

「あれが、明日羽の聖剣の能力。古代精霊魔法だ」

「古代精霊魔法、何だそれは?」


 古代精霊魔法とは、エルフ族が精霊と契約する事で使用出来る精霊魔法とは異なり、大精霊と呼ばれる精霊王クラスの精霊のみが使える魔法の事だ。

 それをヴィルヘルムに説明するが、意味が分かっても理解までは出来ていないだろう。


「つまり、とんでもなく厄介な魔法だと思ってくれれば良い」

「……一応、分かった。だが、あれはどうする?」


 空中で俺たちを狙っている水蛇を見上げながらヴィルヘルムが言う。

 確かに、四散させても明日羽の魔力を糧に再生してしまうからヴィルヘルムにとっては相性が悪い。


「俺がやる」


 ここで俺は〝魔力偽装〟を解除する。


「!」

「やっと本気になってくれたね」


 俺は右手を空中に伸ばし、聖剣を顕現させる。


「底無き欲望宿りし聖剣よ 我が手に顕現せよ!

万物を喰らい尽くせ【聖剣・暴食王ベルゼネス!!】」


「それが凍夜の聖剣!面白いよ、行け!」


 水の大蛇が俺に向かって、大きな顎を開いたまま向かって来る。


「魔力を喰らえ」


 俺の声に反応した【暴食王ベルゼネス】が、魔力を喰らう。

 水蛇に一閃。それだけで、水蛇は四散し地面を水を濡らす。


「何、今の?」


 目の前で起こった光景に、流石の明日羽も警戒心を露わにする。

 俺がもし、今の明日羽に勝機があるとしたら明日羽の知らない力。【暴食王】だけだ。


「魔力を食べたの?」


 そういうなり、空中に風の鳥が現れる。


「〝隼の乱風〟」


 風で生み出された隼が、俺達を襲う。

 ヴィルヘルムが素早い攻撃で隼を打ち落とし、俺は聖剣で斬る。


 【暴食王】は、触れた物を喰らう。更に、喰らう対象も限定する事が出来る。

 深海達と戦った時の様に、肉体は傷付けず、魔力だけを喰う事で無力化する事も可能だ。


 だが、明日羽を無力化する余裕はなさそうだ。


 殺気を感じ、反射的に明日羽の聖剣を防ぐ。


「想像以上だね」


 押される。

 明日羽の一撃は、少女とは思えない程に重い。


「何が、だ!」


 聖剣を弾き、明日羽と距離を取る。


「第三階梯魔法〝風矢ウィンド・アロー〟」


 無数に生み出した風矢が明日羽を襲うが、その全てを【精痕者】で生み出した風で防がれる。


「想像以上に……弱い。その聖剣には驚いたけど、それだけ。嘗ての凍夜とは比べるまでも無いくらいに弱い」


明日羽の瞳から先程まであった熱が消えて行く。


「お前こそ、死んだ人間がどうして生きている!」

「それこそ、これから死ぬ凍夜には関係ない事だよ」


 明日羽がゆっくりと俺との距離を詰め始める。そこから放たれるのは、嘗て何度も感じた絶対強者特有の覇気だ。


「!?」


 明日羽は、ヴィルヘルムの死角からの攻撃を視線を向けずに躱す。


「〝火蜘蛛の太刀〟」


 明日羽の詠唱に反応し、【精痕者】の刀身と透明な宝玉が赤く染まる。そして、追撃を行おうとしたヴィルヘルムの右手を無情にも焼き斬った。


「くぅっ」


 更に、流れる様な動きで腹部に聖剣を突き刺す。


「焼け、聖剣よ」


 刀身の赤みが増す。


「ぐぅぁぁあああ!!」


 明日羽が、剣を突き刺した状態で横に腹を斬り裂く。

 ヴィルヘルムは、地面へと崩れ落ちる。更に、其処へ追撃とばかりに残された左手、左足、右足の順で聖剣を何度も突き刺して行く。その度にヴィルヘルムが、苦痛の叫びを噛み殺す。


 俺は衝撃を受けた。

 ヴィルヘルムに聖剣を突き刺す明日羽の表情に、不気味な笑みが張り付いている。


 嘗て、あんなにも優しかった明日羽の面影は、何処にもない。


「ねぇ、凍夜。私ずっと貴方が憎かった。力がある癖に戦いに怯える貴方が、力があって誰にでも優しい貴方が、力があるから誰でも救おうとする貴方が、何よりも力を渇望する私よりも強い貴方が憎かった!!」


 最後に一度、深くヴィルヘルムの背中を突き刺した聖剣を抜き、俺を見据える。その目には、狂気の光が宿っていた。


「……」


 俺に剣を向ける、明日羽の笑みが消える。そして、冷たい冷気の様な殺気を放ち出す。


「でも、そんな凍夜も嫌いじゃなかった。良く言うでしょ?愚か者ほど可愛いって」

「相変わらず、口だけは達者だな」

「ははは、それはお互い様だよ」


 明日羽は、【精痕者】を天に向けて掲げた。その瞬間、今まで以上の魔力が聖剣に集る。そして、魔力が暴風となり、徐々に渦を巻いて行く。


「〝天剣の暴風〟」


 聖剣を振り下ろすと同時に、全てを切り刻む暴風が俺を襲う。


 【暴食王】で、迎え撃つ。

 最初は耐える事が出来ていたが、刃の様な風が徐々に俺の体を斬りつけて行く。そして、遂に体が浮き上がる。

 俺の体を風の刃が何度も斬り刻み、必死に周りの魔力を喰わせるが間に合わない。


 その瞬間、【暴食王】が生物の様に脈打つ。


「〝暴食解放グラトニー〟」


 漆黒の聖剣から闇が溢れ出し、〝天剣の暴風〟全てを食い尽くす。それでも、満足しない【暴食王】の力が溢れ出して行く。


「その【聖剣】……まさか、『暴食』なの?」

「……お前に止められるか?」

「くっ」

 

 明日羽に【暴食王】を振り下ろす。


 【暴食王】の力を故意に暴走させる事で力を開放する〝暴食解放グラトニー〟は、見境なく触れたモノを喰らい尽くす。そして、俺すらも例外ではない。


 【暴食王】の力が、俺の精神を喰らい尽くそうと、手を伝って俺を侵食してくる。肉体の内側に染み込んで来る様な不快感は、やがて痛みに変わり、身体に激痛が走り抜けた。


「その力、凍夜もただじゃすまないよ?」

「知ってるさ!」


 2本の聖剣が激しくぶつかる。

 

「近づいただけで私から魔力を……っ」

「俺が喰われる前に、お前を倒す!」


 明日羽は、俺が振り抜いた剣を受け流し、力の方向を支配しようと動く。そして、僅かな隙ですら致命傷となりかねない動きで、聖剣が赤く輝く。


「〝火蜘蛛の太刀〟」

「〝土窪アース・デント〟」


 聖剣の軌道を足場を崩す事で狂わし、致命傷を避ける。

 筋肉を焼き斬られた激痛が走り、【暴食王】の侵食で薄れていた意識がはっきりとした。

 

 想定していた以上に、〝暴食解放グラトニー〟の力は強力だ。明日羽の力を確実に削ってはいるが、俺の限界も近い。それに、魔法を使おうとすると、俺の魔法の魔力すら暴走した【暴食王】が食い尽くしてしまう。

 魔法を使うなら、【暴食王】が喰らい尽くす隙のない程に、構築時間が最短の魔法を選ぶ必要がある。その為、主な戦闘は聖剣による斬り合いと明日羽の放った魔法を俺が防ぐ形だ。


「〝隼の乱風〟」

「無駄だっ!」


 攻撃を受ける事を覚悟で、明日羽との距離を詰める。

 剣術だけで明日羽に勝つ事は難しいが、離れていても勝てるとは限らない。だからこそ、攻め続けるしかない。


ーーガキィンッ!!


「ぐ、ぅ、」

「ふふふ、苦しそうだね?」

「心配するな。お前を倒すまでなら、楽勝で持つ……」


 意識を塗り潰される様な感覚に耐えて、懸命に笑みを浮かべる。


「……………私は、負けない」


 突然、明日羽の力が跳ね上がった。

 聖剣ごと弾き飛ばされ、地面に手を付いて体勢を立て直す。そして、視線を直ぐに明日羽に向ける。


「〝ーーーーの業火〟」

 

 天地すら灰燼と化す様な業火が、【精痕者】から放たれる。

 回避が不可能な事を瞬時に悟った。

 俺は、【暴食王】を業火に向けて構えて、精神が食い尽くされる事を覚悟して能力の全てを解放する。


 だが、業火の勢いは衰える事はない。

 まるで、大罪に染まった聖剣を焼き尽くすかの様に燃え上がり続ける。





 

「主っ!!!」


 巨大な業火に押し潰され、大爆発が起こる。火柱が天を焼き、周辺には爆発した余波によるクレーターが生まれていた。


 離れている筈の私の所にまで、爆風と熱波が襲う。

 私は、必死にリツェアさんとヴィルヘルムさんを守る為に光属性の防御魔法を展開した。そして、爆風と熱波が止む、私はある事に気付く。


「主の魔力が…」

「消えたね」


 咄嗟に振り向くと、其処には『執行者』〝第一席〟アスハ・アカツキが立っていた。

 先程の攻撃の所為か、息が上がり、疲労している様にも見える。


 だが、そんな事は関係ない。


「よくも、よくも!!」


 私が一歩を踏み出すよりも早く、聖剣が喉に突きつけられる。


「!」

「うるさい。貴方も死にたいの?」


 そう聞いてきたアスハの目を見れば、何故か其処には先程までの憎悪や鬱憤などは消え、悲しみや寂しさに似た弱い光が宿っていた。

 どうして、自分が殺しておいて、そんな目が出来るのか、私には分からない。


「や、めろ」

「メデルには、手を出さないで!」

「2人とも動かないで下さい!」


 リツェアさんは、応急処置がやっと済んだ程度だ。動ける状態じゃないし、傷も完全に治った訳ではない。

 ヴィルヘルムさんに至っては、私の回復魔法で治せる様な傷じゃない。体の臓器や筋肉が、内側から焼かれてしまっている。これを治すには、再生と回復を同時に行う必要があるが、魔法で治せる怪我の範疇にない事が嫌でも頭が理解していた。


 それでも、私は、せめて2人の壁になる様にアスハの前に立つ。今の私に出来る事は、目の前の敵の恐怖に屈せず、睨み付ける事だけだった。


「…………帰る」

「え?」

「だから、疲れたから帰るって言ったの」


 アスハは私から剣を引いた。その瞬間、私の足から力が抜けその場に座り込む。


「〝精霊廻廊〟」


 アスハの前に光の渦が出現した。


「……精霊…廻…廊」


 それは確か、精霊だけが通る事が出来る世界の裏の道。彼女の聖剣が本当に、大精霊の力を宿している事を私は改めて理解させられた。


「じゃあね。私だけの勇者」


 その言葉を残しアスハは光の渦に消え、光の渦も途端に消える。

 戦いの余波で変わってしまったこの場を静寂が包み込む。


 私は、震える体で急いでヴィルヘルムさんに駆け寄り回復魔法を発動させる。

 レベル5の光魔法で使える回復魔法では、焼き斬られた傷1つを塞ぐのにも時間がかかり過ぎる。


 だが、傷を幾ら塞いでも中の傷を元通りにする事は出来ない。

 実際に回復魔法を使ってみて、私はヴィルヘルムさんの様体が予想より遥かに悪い事を悟る。

 応急処置の終えたリツェアさんも水属性の回復魔法を使用して手伝ってくれるが、私と結果は大して変わらない。


 その間も涙が止まらない。


 私は、何も出来なかった。弱い自分が、これほど憎いと思った事はこれが初めてだ。


 魔力の消費量が多い回復魔法に、魔力を込め過ぎた所為か軽い魔力枯渇の症状が現れた。ふらつく私を誰かが支える。


 あれ、誰だろう……。

 ヴィルヘルムさんは目の前に倒れてるし、リツェアさんも必死に焼き斬られた傷を塞ごうとしている。


「……主?」


 私を支えていたのは、全身傷だらけの私の主ーートウヤ・イチノセだった。


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