第19話 現る妖聖




 鋭く研ぎ澄まされた一閃が俺へと迫る。剣に纏わせている魔力が、後をひく様に残像を生み出す。

 俺は、いくら身体強化を施していても回避が困難な事を瞬時に理解する。


 何が元勇者だ。 

 こんな初歩的な罠に引っ掛かるなんて情けない。


 回避は困難。魔法も詠唱から発動までが遅過ぎる。剣での防御は……いや、確実に虚を突かれている。間に合いそうにない。


 そんな瞬時の思考の間にも剣が俺に迫る。


「!」


 その時、俺の体を横から押す衝撃を感じた。


 それほど強い衝撃ではなかったが、敵の剣にばかり意識を向けていた俺の体は、いとも簡単に大勢を崩し地面に転がる。


「ぐっ」


 俺の体の上から感じる重みと温もりに、咄嗟に閉じていた目を開ける。

 まず、目に飛び込んで来たのは安物のドレスを来た少女であるリツェアだった。

 その後、俺の手に付く赤い血で全てを理解した。


 側にいたリツェアが、俺の事を庇ったのだ。


「……どうしてだ?」

「……良かった。貴方を護れた」


 リツェアの表情は、痛みを堪えながらも微笑みを浮かべていた。


「……何を言っている?」


 何で、そんな顔をしているのかが分からない。


「私…貴方に貰ってばかりだから、せめてこれくらいはしても良いでしょ?」

「俺は…」

「リツェアさん!」


 メデルが此方に走って来る。そして、リツェアの傷口に向けて、光属性の回復魔法を発動した。

 俺はメデルにリツェアを任せ敵に向け歩き出す。


 その途中、実力偽装を解除する。


 今はヴィルヘルムが応戦しているが、完全に手を抜かれている。敵はヴィルヘルムの攻撃を防ぐだけで反撃はせず、まるで俺が来るのを待っている様にすら見えた。


「準備は出来た?」


 また、あいつの声だ。

 ここで、敵が反撃に転じる。


 ヴィルヘルムの槍の刺突を去なし、滑り込む様な動きで敵が間合いを詰める。そこから、無駄の無い最小限の動作で剣を振るった。


 また、目に焼き付いた様な動きだ。


 ヴィルヘルムは、紙一重で剣撃を躱し、俺の隣まで後退する。そして、敵を睨みつけながら、獣の様な唸り声を上げていた。

 これは、獣人族特有の警戒心の現れだ。


「久しぶり凍夜」

「……」


 この声、あの動き、そして奴から放たれる魔力、まさか本当にお前なのか。


「無視って酷いなー。それとも、私の声も忘れちゃった?悲しいなー」


 悲しみの篭っていない声を出しながら、敵が被っていたフードを脱ぐ。


 フードの中から現れたのは、セミロングの黒髪に二重でパッチリとした黒目の麗しい少女。軽装とローブで体格は良く分からないが、隙間から見える健康的で白い肌。

 全体的に明るい雰囲気を纏い、クラスに入れば良いムードメーカーになりそうな少女。


 何度も否定したが、間違いない。あいつは、俺の嘗ての仲間だった筈の少女ーー暁明日羽だ。


「嬉しいなー、またこうやって凍夜に会えて!」

「……」

「黙ってても分かるよ。私達は3年も共に旅をする中で、お互いの癖や戦術を理解している。だから、今の凍夜が、私の知る勇者だって事くらい直ぐに分かった」


 その通りだ。

 事実、俺も明日羽の動きと剣術を数回見ただけで本人だと感じていた。

 黙り込む俺の反応をどう捉えたのか、明日羽は僅かに微笑みを浮かべる。


「さて、再会を喜ぶのはここまでにしようか」


 その瞬間、明日羽の明るい雰囲気が消え刃の様な殺気を放ち始める。


「改めて、自己紹介をするね。私は、『執行者』〝第一席〟《妖聖》のアスハ・アカツキ。出来れば、覚えて欲しいな。凍夜が聞く、最後の名前になると思うから」


 そんな事を満面の笑顔で言う明日羽。


 明日羽が『執行者』の1人である事に、動揺する時間すら与えられず、明日羽は動き出す。そして、明日羽の剣戟をヴィルヘルムが向かい打つ。

 槍と剣がぶつかり合い空気を振動させる。


「邪魔しないで」

「断る!」

「第四階梯魔法〝土柱アース・ピラー〟」


 一瞬動きの止まった明日羽を狙った土柱だったが、軽く躱されてしまう。

 だが、今の魔法が明日羽に当たると思うほど、俺は自惚れていない。


「爆裂魔法〝爆裂球エクスプロード・ボール〟」


 明日羽が回避するだろうと予想した場所に、〝爆裂球〟を10個生み出す。魔力を余分に込めて創った爆裂球が、紅く瞬く。


「パチンッ!」


 爆ぜる。

 爆風が樹海の木々をへし折る。


「何て威力の魔法だ!」


 声を上げ驚くヴィルヘルムに、俺が叫ぶ。


「早く魔装を発動しろ!」

「分かっている!魔装〝迅雷〟」


 ヴィルヘルムは魔装を発動させ、俺も〝身体強化〟を発動する。


 砂煙が、森を吹き抜ける風に散らされる。そして、着ていたローブはボロボロになっていたが、明日羽本人は無傷の状態で姿を現す。


「今の爆発で無傷だと!?」

「おそらくあのローブの能力だろうな」


 俺の言葉に、自分の手の内を見破られた筈の明日羽が嬉しそうに手を叩く。まるで、教師が問題を解いた生徒を褒めている様だ。


「流石だね。このローブには〝要塞化〟のスキルが付与されていたんだよ」

「確か、ダメージを自分の身に着けるアイテムに移し替えるスキルだった筈だ」


 ヴィルヘルムの言葉に俺も頷く。


 〝要塞化〟のスキルは、ダメージを移し替える為、本来は耐久力のある鎧や盾に付与するスキルだ。

 だが、1度の攻撃なら耐久力を超えていても完全に防ぐ事が出来る。


 俺が明日羽から視線を逸らさずに思考していると、明日羽が剣を鞘に収める。そして、明日羽を中心に渦巻く様に放たれる大量の魔力。


「妖艶に舞いし精霊よ その魂を我が剣と成せ

敵を薙ぎ払え【聖剣・精痕者フェアル!!】」


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