第18話 過去から迫る影
目の前の光景に、不快げに目を細める。
目の前を歩いていた、嘗ての仲間達が振り向く。皆、笑って俺が来るのを待っている。
あぁ、これは悪い夢だ。
何故分かるかって?
3人は俺を裏切り、1人は俺の目の前で魔王に胸を貫かれ死んだ。
死んだ仲間は、一緒に地球から召喚された少女だった。
戦う事に怯えていた俺とは異なり、彼女は召喚された直後から世界の為、人の為に戦う事を望んだ。そして、実際に戦闘ではいつも前線に立ち、敵に向かう姿を俺は今でも覚えている。何より、少女は、俺は尊敬する程に心が強い少女だった。
強敵に立ち向かう勇気。どんなに絶望的な状況でも、他人を励まし、笑って前向きに仲間たちを引っ張って行く姿に俺は憧れた。
だが、少女は死んだ。
俺の目の前で、戦う覚悟のない俺を護って。
胸を貫かれ、
俺は、彼女がいたから勇者になれた。
まだ、嘗ての仲間たちが俺を待っている。
だが、俺は動かない。
そうしていると、ゆっくりと目の前が霞み始めた。
目覚めが近いのだろう。
◆
目を開けると、暗い森と燃える炎が視界に入った。
炎の中で、木が爆ぜるパチッという音。
其処で俺は、見張りの交代の時間を思い出す。
体を起こせば、焚き火の反対側にヴィルヘルムが火に薪をくべていた。
どうやら、寝過ごしてしまった様だ。
「……悪い」
元々、ヴィルヘルムとリツェアが、見張りをする時は、俺かメデルが一緒に組む様に提案したのは俺だった。
その理由は、当然俺が2人を信用していないからだ。メデルは俺と契約した聖獣だ。危害を加えられる可能性は低い。
「気にしなくて良い。寧ろ、貴殿はまだ子供なんだ。寝ていても良いんだぞ?」
「子供扱いするな」
俺は、こう見えても精神年齢23歳だ。
「このロリコン虎男」
「だから、その呪文は止めろ」
リツェアとヴィルヘルムと出会ってから、7日が経過した。樹海に入ってからは、11日が経過している。
予定ではそろそろ樹海を抜けても良いはずだ。
途中寄り道をし過ぎた所為で、予定より遅れてしまっているが、別に急いでいる訳では無いので焦る必要はないだろう。
俺がそんな事を考えていると、ヴィルヘルムが言葉を呟く。
「随分と警戒されているな」
確かに、メデルはこの2人とも最近打ち解けているが、俺は今もヴィルヘルムの事を警戒している。
「俺に対して、敵意を隠している奴を警戒するのは当然だろ?」
「!」
ヴィルヘルムは目を見開き明らかに動揺している。
隠しているつもりなのだろうが、5年間戦い続けた俺はそういった感情に敏感だ。
いや、俺だけじゃなくあの100年前の混沌とした戦争を戦い抜いた連中は、皆そういった命に関わる感情には敏感になっている。
「……貴殿には隠せないな。俺は人間が憎い。勿論、人間全てが俺の憎む様な連中ではない事は知っている。たが、許すには失った物が大き過ぎる!」
バキッという音を上げ、ヴィルヘルムの握っていた枝が砕ける。
「お前の憎しみを否定する資格は、俺にはない。……だが、憎しみには呑まれるなよ」
「っ」
「憎しみに呑まれれば、其奴はもう人じゃない。ただ、哀れで醜い、憎悪に操られる人形だ」
俺は何度もそういう連中を見て来た。
家族、恋人、親友、知人、国を奪われ、怒りや憎しみに呑まれて狂った哀れな人だった者達。
きっと、そういう連中を見てるから俺は復讐に染まりきれていないのだろう。
「……」
それからヴィルヘルムは口を開かず、何かを考えている様子だった。
時々、俺をチラチラ見て来るのは何故だろうか。
こうして夜が明ける。
「あれ、2人とも何かありました?」
朝起きて来たメデルが、俺とヴィルヘルムの微妙な空気に気が付いた様だ。
「何でもない」
「あぁ」
「なら、さっさと出発するわよ」
リツェアの言葉で、全員が立ち上がり移動を開始する。
出て来る魔物は、ヴィルヘルムとリツェアと俺が順調に対処して行く。
メデルは主に回復や支援を行っている。
最近は出て来る魔物の数が減って来ているので、もうそろそろ樹海を抜けられるだろう。
俺がそう考えていると、目の前に白い鎧を纏った騎士3人が立ち塞がった。その肩には、聖王国の紋章が刻まれている。
遅かれ早かれ来るとは思っていたが、どうやら魔力の質からして『執行者』ではない様だ。
「敵、だな」
「そのようだな」
ヴィルヘルムが獣の顔を強張らせ、リツェアの瞳が鋭さを増す。
俺も無言で剣を抜き、〝身体強化〟を施す。
騎士は、剣を構え向かって来る。
まず動いたのは、ヴィルヘルムだ。両手を合掌の様に打ち合わせ、魔力が膨れ上がると同時に雷を纏う。
「魔装〝迅雷〟」
魔装は、獣人族固有の戦闘術で魔法を纏って戦う事ができる。身体強化も同時に行う事が出来るので、元々身体能力が高い獣人族には鬼に金棒のスキルだ。
言葉にするのは簡単だが、敵に回すと厄介極まりない。
魔装の発動と同時に、ヴィルヘルムの体を雷が纏い消える。そう錯覚する程の高速移動で騎士に向けて駆けて行く。そして、騎士を右手に構えた槍で胸を貫く。
「がふっ」
次は、リツェアが魔法を詠唱する。
「第六階梯魔法〝
闇槍が騎士に向かい放たれ盾ごと騎士を貫いた。
仲間がやられたにも関わらず、動揺する事なく俺に接近して来た騎士は剣を振り抜く。
右に最低限の動きで躱す。
「第二階梯魔法〝
〝
「ぐ…ふぅ」
地面に倒れ血を流す騎士に、躊躇無く剣を振り下ろす。
3人の騎士を倒し、周りに他の魔力がないか確認するが特に感じられない事に緊張を僅かに緩める。
敵の数が少ない事や何故先回りされたか、など疑問点は多かった筈なのに、僅かに警戒を緩めてしまったのだ。
敵を倒した事と樹海の出口が近いなどといった事が重なり、生まれた決定的な隙。
「主!!」
「後ろだ!!」
「っ!?」
気付いた時には遅かった。
俺の背後に立つ黒ローブが剣を構えて、俺に狙いを定めていた。そして、耳に届く懐かしい声が、更に俺の反応を鈍らせる。
「久しぶり凍夜。早速だけど、死んでくれる?」
俺が魔法を放つよりも剣を構えるよりも早く、敵の剣が動く。
「!!」
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