第17話 次なる一手



「くくくく、ヒヒャャはははは!!やられたやられた!まさか、あんな隠し球を持ってたとはな!」


 部屋の中に、狂ったように嗤うハーディムの声が響く。それに乗せ、『執行者』〝第四席〟に座する男の暴力的な魔力が波のように放たれる。


「……それで、結果は?」


 その魔力に怯む事もなく、そよ風の様に流した『執行者』〝第一席〟アスハ・アカツキが問う。

 その瞬間、ハーディムが表情を顰める。


「正直、わかりませんねぇ。剣術と体術は防御中心、魔法も第三階梯までしか使わなかったしなぁ」


 ハーディムは、自分の支配する奴隷と視野を共有するスキルを持っている。更に、奴隷の身体能力や魔力を強化するスキルも持ち、其れ等を使って対象であるトウヤ・イチノセの実力を引き出そうとした。


 だが、対象であるトウヤ・イチノセの実力の底を見定める事は出来なかった。


「まぁ、状況判断は大したもんでしたね」

「それでは、魔人かどうか判断出来んではないか」


 エーギルが呟く様に言った。


「だーかーら、そう言ってんだよオッサン。ただ……」

「ただ、何だ?」

「俺の固有スキル『傀儡隷呪印マリオネット・ダムス』を無効化した、あの力が分からねぇ」

「分からない事だらけね」


 明日羽の言葉に対し、露骨に顔を顰めるハーディム。

 だが、自分で名乗り出ておきながら、明らかな失態を晒す結果となった為、反論は出来ない。


「対象となっている、トウヤ・イチノセの治癒の固有スキルは、実際に確認されています。という事は、彼は複数の固有スキル保持者という事になりますね。ハーディムさんの報告が正確なら」


 話を整理したのは、金髪の青年であるウィルスレッドだった。

 言葉の端々には棘があり、任務を失敗したハーディムを責める様な視線を向ける。


「んじゃ、俺の玩具じゃ役にたたねぇなー」


 狂気と苛立ちに染まった笑みを浮かべ、ウィルスレッドを睨み返すハーディム。それを気にする事もなく、ウィルスレッドは話を続ける。


「そういう事になりますね。ですから、次は、『執行者』自ら出撃することを提案致します」

「いーよー」

「隊長、威厳」


 ウィルスレッドの苦言など、明日羽は気にする事もなく微笑みを浮かべる。


「それより、誰が行くの?次は、流石に失敗出来ないよ」


 その後も話は進み、ハーディムからの情報を纏め対策を思案し向かう者を決める。

 順当にいけば、〝第十席〟か〝第九席〟に座する執行者が向かう事となる。


 だが、再びハーディムが名乗りを上げ、周りが流石にマズイと止めに入る、という事が起きた。人格が自他共に認める狂人であっても、その実力は疑いようもない。そして、そのハーディムより強い筈の3人が、揉め事には一歳無関心な所為で会議は荒れる。


 結果的に、代表者は少女の一声で決まった。




□□□□□




「そういえば、自己紹介がまだだったわね」


 早朝から森を歩いていると、後方を歩く魔族の少女が口を開いた。

 俺とメデルは、警戒心をそのままに歩みを止めない。

 この2人が敵であろうとなかろうと、俺は馴れ合うつもりは無い。メデルの場合は、警戒しているだけだろう。


 だが、そんな事御構い無しといった様子でも魔族の少女が自己紹介を始める。


「私は、リツェア・ツェレス・クイーテル。魔族と人間のハーフよ」


 その名を聞いて俺は、足を止めた。


「……ツェレス・クイーテル?」

「ぇ、何?」

「……いや、何でもない」


 運命的な出会い、と呼ばれる物があるとは聞く。

 だが、これ程までに強く『運命』を感じた事は久しぶりだ。


 自分の自己紹介を終えたリツェアは、隣に立つ獣人の男を促す。


「俺は、ヴィルヘルム・アーガスト。見ての通り、白虎の獣人だ。貴殿は、トウヤ・イチノセだな」


 予想通りだが、俺の名前は知られている様だ。


「そうだ。最近この世界に来た異世界人だ」


 2人の視線が俺に集まっている。

 おそらく、俺が何者なのか探ろうとしているのだろう。


 その時、俺の前にメデルが立つ。


「私はトウヤ様のしもべ、メデューサ・デル・カーリス・シールバーと申します。メデルとお呼び下さい」


 綺麗な動作で挨拶をするメデルを、不思議そうにヴィルヘルムが見つめている。


「どうかしましたか?」

「いや、お前から何かを感じるのだが……」


 白虎の獣人は、獣人の中でも珍しい幻獣種と呼ばれる存在だ。幻獣種は、白虎以外にも4種類おり、獣人の上位種に当たる。

 これは嘗て、ある獣王から聞いた話だが、幻獣種は元々神に仕えし獣、聖獣だった。

 だが、ある時数匹の聖獣が神の神命を受け地上で過ごす様になり、それが幻獣種の始まりと呼ばれているらしい。


 随分とアバウトな伝承ではあるが、実際に幻獣種達と戦った事がある俺から言わせて貰えば、その可能性は否定出来ない。何故なら、幻獣種が他の獣人族と比べて強すぎるからだ。事実、人間達の歴史に名を刻む獣王の殆どが、幻獣種だと言われている。

 伝承が正しければ、幻獣種である白虎の獣人が、聖獣であるメデルに対して何かを感じるのも当然と言えば当然なのだろう。


 今だに歩きながらメデルをチラチラ見るヴィルヘルムに、流石のメデルも困ってしまった様だ。


「主、どうしましょう」

「あいつはきっとロリコンだ。だから、ほっとけ」

「「ろりこん?」」

「おい、意味は知らんが、その呪文はやめてくれ」

「主、ろりこんとは?」

「あぁ、ロリータ-コンプレックスと言ってだな、幼女や若い少女が大好きな大人の男の事だ」

「だから止めろ!!」

「何が違う?」

「全てだ!俺を変態の様に言うな!」


 魔物が生息する森の中で、大声で自分がロリコンである事をヴィルヘルムは否定する。


「はぁ、はぁ、はぁ」

「森の中で騒ぐ何て、最悪ね」

「全くです」

「お前等な……」


 後方で、お喋りをする3人。

 どうやら、メデルは2人と馴染みつつある様だ。

 まだ、表情や言葉使いが少し硬いが、社交的でいい事なのだろう。


 俺は、3人と少し距離を開けた場所を歩く。


 時折振り返った後方には、混血のハーフ、獣人、聖獣の3人組が映る。その姿が、嘗て冒険に出た直後の仲間たちに重なって見えた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る