第16話 余所者
正直、賭けだった。
メデルは一度も奴等と戦っていない。手の内が分からない相手と戦う時は、どうしても後手に回る事が多い。だから、そこを突いた。
反省するべき点はあったが、成功した。
肩で息をする俺を背中から降りたメデルが、心配そうに見上げている。
「……心配ない」
今回の作戦は単純だ。
俺の
だが、もしハーディムのスキルが純粋な支配スキルだったら意味がなかった。それに、メデルの目眩しが、上手く決まらなければあんなに上手くスキルを発動する事が出来なかっただろう。
『
固有スキル以上は、使えば使うほどゲームでいう熟練度の様な物が上がる。
すると、能力の威力、発動速度、説明欄に書かれる内容が増える事があるのだ。
「……」
俺も、相手から警戒や油断を誘う為に、敢えて無防備で接近した。そして、〝闇〟で〝大閃光〟の目眩しがかかり易い状況に環境を作った。
つまり、俺1人で勝てなかった。
強く拳を握り締める。
「主……」
俺はメデルを見下ろす。
光を宿した純粋で真っ直ぐな瞳だ。
「はぁ……、今回ばかりは、その、メデルがいてくれて助かった」
ぎこちない笑みを浮かべ俺が感謝を伝える。
すると、瞬間、メデルの顔が赤くなる。
「主が、笑って、私に…あ、あるじぃぃいいい!」
急にメデルが俺から離れ、顔を隠して座り込んでしまった。
「何なんだ……」
突然の出来事に呆然とメデルを見つめていた。
数分程でメ、通常のメデルが戻って来た。
「失礼しました、主」
いつも通りの冷静従者タイプのメデルだ。
「その、そんなに俺の笑みが恐かったか?」
「っ!ち、違います!寧ろちょーステキっ…と言いますか……凄く、可愛いらしかったです」
最後の方は何と言っているかイマイチ分からなかったが、恐かった訳ではない様だ。
正直、本気で笑顔の練習を考えた。
これから街などで住むにしろ、働くにしろ、笑顔は大切だ。何といっても、笑顔で相手と接した方が、印象が良くなる。その印象1つで、面倒ごとを未然に避けられる可能性もあるだろう。
これは、嘗ての冒険の時に学んだ事だ。
この世界では、自分の身元を保証する事はとても難しい。インターネットなんていう便利な代物が、都合良くある訳がない。それ故に、今、目の前にいる相手に自分の身分を100パーセント証明する方法は限られている。
国や大貴族が後ろ盾になってくれたとしても、辺境の村や他種族の国では、役には経たない事だってあるのだ。
勇者で有れば尚更、色々な噂が1人歩きしている。だからこそ、第一印象が重要な事が身に染みて知っているつもりだ。
そうこうしている内に、敵の2人が目を覚ました様だ。
『
既に、ハーディムの魔力は感じないが、戦うつもりなら、今度こそ容赦なく殺す。
2人は最初心ここにあらずの様な状態だったが、俺とメデルを見て自分の身体が自由になっている事に驚いている様だ。そして、魔族の少女が俺を睨んで来る。
「私は、助けて何て頼んでない」
「無礼な!」
「俺も聞いていないな」
「あ、主!?」
少女が顔を顰め、唇を噛み締める。
「……私は、自由なんて望んでいなかった。こんな私に、どうやって生きろってのよ!」
少女の目から涙が流れる。
俺は一度あからさまに溜め息を吐き、少女を見下ろす。
「何か勘違いしている様だが、俺はお前等を助けるつもり何てなかった。呪いを解く方が、殺すより手間がかからないと思っただけだ」
あぁ、嘗ての俺ならこんな言葉は出て来なかっただろうが、これが今の俺だ。
少女を見ても、ちっとも心が動かされない。
この2人を解呪した理由は、殺した場合と解呪を行った場合の事を天秤にかけて決めた。
おそらく、2人を殺せば、更に強いハーディムの手駒が送られてくる可能性がある。
だが、謎のスキルによる解呪なら、対応に時間がかかると予測した。だから、2人を『救おう』なんて、考えてすらいない。
少女が俺を睨むのを止め、地面の土を握り締めて泣き始めた。
俺はそんな少女に背を向け歩き出そうとした時、獣人の男が口を開いた。
「お前の様な他所者には、分からないだろうな」
「……余所者?」
足が止まる。
「何が違う?お前の様な異世界人には、ルーファスで生きる俺たちの誇りなど理解出来ないだろ」
そうだ、俺は余所者だ。
この世界で産まれ育った訳じゃない。
「……そうだな。俺は、
地面に座る、獣人の男に向かって振り返る。
だが、今の言葉は、俺の懸命に戦い抜いた
もう既に、割り切っていた筈なのに、俺自身が否定している筈なのに、俺の中で何かが熱く燃える。怒りにも似た感情に、自分自身が驚く。
気付いた時には、自然と口が動いて言葉を発していた。
「だから、お前達の下らない誇りなんて、知りたくもない」
「貴様っ」
獣人の男が、俺に掴みかかって来た。
まるで、虎が獲物を噛み殺す時の様な迫力があったが、全身を支配していた怒りに恐怖すら感じない。
寧ろ、相手の男の瞳を睨み返す。
「自分の創り上げた安っぽい誇りを掲げて、それが折れたら自分には生きる意味がない?……ふざせるなっ!」
「「「!?」」」
こんな時に、
「俺が知ってる
本当に、あの時の俺は馬鹿だ。
「だが、奴は止まらなかった。地面に叩きつけられて血反吐を吐いても、泥を啜ってでも、足掻いて、生きて、夢に手を伸ばして進み続けた」
「……」
「そうして進み続けた道が、何れ揺るがない誇りになるんじゃないのか!」
「…ぁ」
獣人の男は目を見開き俺を見つめ、少女も俺を見つめている。
「お前たちがどんな絶望を味わったか何て、俺にはどうでも良い」
俺は視線を白虎の獣人に向ける。そして、「だが」と言葉を続けた。
「俺の知る
その結果が、裏切りだ。
「……」
俺は、獣人の男の手を払って、再度歩き出す。
後ろをメデルが付いて来る。そして、小声で聞いて来る。
「よろしかったのですか?」
「……決めるのは、俺じゃ無い」
「そうですね」
視界の端でメデルが微笑んでいる様に見えたが、見なかった事にした。
俺は、俺を裏切った連中が憎いのだろう。
だが、どうして憎いのか、考えた事がなかった。
俺は、仲間や信じていた連中に裏切られた事が、悔しかったんだ。
憎悪しかないと思っていた感情に、別な感情があった。そんな当たり前の事から目を背けていた事に、今更気付く事が出来た。そして、驚く程に、その感情を受け入れる事も出来ていた。
□□□□□
日が沈み、辺りは闇に閉ざされた夜に包まれる。
俺達は焚き火を囲む様に腰を下ろしていた。
『執行者』からの追ってが来るかもしれないので、急いではいるが、夜の森の移動は危険が多すぎる。それに、休める時に休む事は、旅をする上で重要な事だ。
だが、何故こうなった。
俺は火にかけた鍋の蓋を開け、塩と胡椒で味付けした野菜と大きめの魔物肉のスープの味を確認する。
日本で食べていた料理と比べると劣ってしまうがなかなか美味い。シンプルだが、野菜の甘みと魔物肉の癖のある旨味がスープの味にコクを与えている。そして、聖王都で買っていた硬いパンを切り分ければ、夕食は完成だ。
「……」
「……」
俺は、呆れた表情を隣に座るメデルに向ける。メデルは、困った様な表情で俺を見上げていた。
その原因は、焚き火の反対側で頭を下げる2人だ。
□□□□□
焚き火でスープを作っている所に、急に獣人の男と魔族の少女が現れた。魔力感知によって、接近に気付いていた為、側に置いていた剣を手に取る。
だが、2人から戦意や殺気の様な感情は感じない事から僅かに緊張を緩める。
すると、獣人の男が勢い良く頭を下げた。
「恩人に対して、先程の無礼をどうか許して欲しい!」
「本当にごめんなさい。そして、私たちも貴方の旅に同行させて下さい」
次に、少女が頭を下げる。
「断る。帰れ」
「即断しちゃうんですね」
メデルのツッコミを流しつつ、調理を続け現在に至る。
「貴殿の言葉は最もだが、どうかこの通りだ」
遂に、獣人の男が土下座をした。
確か、土下座は獣人族の伝統でそんな軽い物ではなかった筈だが。
「えっと、それは土下座ですよね?獣人族にとって土下座は、命を相手に捧げているのと同義、だと聞いた事があります」
メデルは10歳とは思えない程に博識だ。
ただ、知識の内容は偏っている様に感じる。
それは置いておいて、獣人族が土下座するという事は相手にその場で命を取られても文句は言えないという事だ。つまり、命を賭けた謝罪だ。
とんでもなく大袈裟に、土下座の意味と文化を伝えたのは、おそらく過去の異世界人だろう。可能なら、其奴にこの場で弁明をさせた後に、土下座させてやりたい。
「許すも何も、俺はお前たちと旅をする気は毛頭ない」
「分かった。それじゃ、もう許可はいらない。私たちが勝手に付いて行くから」
これは予想外の返答だった。
「敵かもしれない連中が、近くにいて平気な筈がないだろう」
「ならば、ここで殺せば良い」
獣人の男と視線が交錯する。
覚悟の決まった目をしている。
俺は、溜め息は吐く。
「怪しい行動をすれば、殺すからな」
俺の言葉に、2人は頷く。
俺はメデルから皿を受け取りスープを入れ、パンと一緒に渡した。
俺も目の前の2人に警戒しながら、夕食を食べ始める。
その途中で、グ〜〜と音が2つ聞こえた。
最初は無視していたが、音はなり続ける。
『『グッ、グ〜〜……』』
これで腹が鳴るのは、5度目だ。
チラリと視線を向ければ、地面に座っている2人が鍋の中のスープを凝視していた。
「主。あの……」
メデルの言いたい事は分かる。それに、良い加減耳障りだった為、アイテムボックスから追加の器を取り出す。
「……食えよ」
2人の前に、スープを注いで置く。
「ありがとう」
「すまない」
俯きつつ、2人はスープを手に取った。そして、熱々のスープを程よく冷まし、喉に流し込む。
「「美味い!!」」
「煩い、黙って食え」
「これ、本当に作ったの?」
「目の前で作ったろ」
「貴殿に、感謝を」
「だから、黙って食え!」
こうして、無理矢理この2人が俺の旅に同行する事になったのだった。
「……本当に、すまん……お代わり…を頂きたい……」
「…………器を、寄越せ」
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