第13話 朝と魔物


 





 国から逃亡して、初めての朝。

 緊張していた身体を伸ばし、肺に新鮮な森の空気を行き渡らせる。


 木々の間を通り抜けて来る風が心地良い。


「んー……」


 昨日の夜は、道の脇の木の下で野宿をした。

 幸運にも虫に刺される様な事も無く、無事に一夜を過ごす事が出来た。

 立ち上がり服に付いた埃や葉を叩いて落とす。

 魔法で体温の維持や魔物への対策を行っていたが、出来れば地球にある様なテントや寝袋が欲しかった所だ。


 3年で再び現代社会の楽な生活に浸ってしまった俺の身体に、いきなり野宿は精神的に辛い。


 だが、無いものは無いのだ。今ある物で工夫するしかない。

 俺は現実を受け入れ溜め息を吐く。


 その後、スキルを発動する。

 すると、目の前に光を放つ魔法陣が出現し、幼い少女が現れた。


「おはようございます、主」


 俺に向かって礼をするのは、白髪赤眼の幼女にして白蛇の聖獣であるメデルだ。

 報告に戻った次の日に呼び出すと、何故かこの姿で現れた。事情を聞いてみると、アスレティアから姿を変化させる為のスキルや偽装の為のスキルを幾つか貰ったのだそうだ。


 本来なら、スキルの譲渡はほぼ不可能な筈だが、容易に行うとは、流石は神である。


「おはよう。何度も言うが、そこまで畏る必要はないんだぞ?」


 俺の言葉は、拒絶の微笑みで返された。


 今日のメデルの服装は、小柄な体格に合った軽装。胸当てなどの最低限の装備。その上に、薄緑色のローブを羽織っている。武器は装備していない様だ。

 他者から見れば、質が良い服を来た金銭に余裕のある旅人と言った所だろう。


 俺は今までの服装を思い浮かべ心からホッとした。


「……流石の私でも、旅に私服やメイド服で来る程浅はかではありません」

「そ、そうか……」


 メデルにジト目で見られ、思わず声が吃ってしまった。


「それで、目的地はヴァーデン王国でよろしいのですよね?」

「ああ、ここから10日程かかる魔族領の側にある国だ」


 本来なら馬車で15日はかかるのだが、それは危険地帯と言われている樹海を避けた道のりだ。しかし、危険な樹海を直接抜ければ歩いてでも10日くらいで到着出来ると想定している。

 平然と10日くらい、と言っているが襲い来る魔物を退けたり、〝身体強化〟を使用しての行群となるので、日にちがズレる事は想定内だ。


 元勇者も3年間帰宅部やっていれば、身体も鈍る。それでも、想定外の事が起きなければ大丈夫だと思う。



 因みにこの世界にも四季はある。

 1日は24時間。1ヶ月は30日。1年は12ヶ月だ。これは、過去に召喚された勇者たちの話を参考に決められた、と昔読んだ文献に書いてあった。



「さて、出発するか」

「……その前に、1つだけ教えて頂いてもよろしいですか?」

「何だ?」

「主の目的は一体何ですか?復讐ですか?」


 「復讐」。その言葉が、俺の中で反響する。


 俺を裏切った仲間、人間、国の連中を嘗ては何度も恨んだし、憎んだ。


 『憎しみは何も生まない』そんな言葉は、偽善者や憎悪を知らない屑共の戯言だ。俺の過去を、絶望を知らずに、俺を知った気になるな。虫唾がはしる。


 俺の内側には、確かに復讐という悍ましい黒い炎が燃えているのかもしれない。


 だが、この世界では100年の時間が経過している。


「復讐、か。……確かに俺は、復讐をしたいのかもしれないな。でも、この世界では、既に過去の事だろう」

「100年の時間を生きていられる人間は、極僅かです」


 勿論、『不老』や『長寿』系のスキルを取得していれば生きているかもしれない。


「そうだ。俺の元仲間達は生きているだろうが、あいつらにかけた魔法は生きている事に意味がある。……それに、俺の記憶の事も気になる」


 100年前に、この世界を冒険した記憶の中で、後半、俺の力が全盛期だった頃から魔人として討伐されるまでの記憶が曖昧になっている。所々がまるで、パズルのピースが欠けている様に、空白になっており思い出せないのだ。


 その事をメデルに伝える。


 メデルは聖蛇の中で最も若いらしいが、俺が知らない知識を持っていたり、聖獣特有の感知能力を持っていたりする。


「……記憶が欠けている、ですか?送還魔法のショックの所為でしょうか?」

「さぁな。でも、この記憶が凄く重要な気がするんだ」


 思いださければいけない。不思議とそう感じている。


「でも、今は落ち着いて思い出せる程身の安全が確保出来ていない。せめて、本気の魔王から逃げ切れるくらいには、力を取り戻さなければいけないな」


 この世界は弱肉強食だ。

 力を持った強者が、弱者から奪う。それが当然の権利であり、世界の常識である様に嘗ての俺は感じた。


 だが、不思議とそれが俺にはしっくり来た。

 人間、魔族、獣人、エルフなど数々の種族が混在し、争う世界。価値観も心情も違う中で、最もシンプルで万人に理解され、必要とされるのは力だ。だから、この世界で生きる上で最も必要な事は、他者を倒し身を護る事の出来る力だと思っている。


「ふふふ、勝つんじゃなくて、逃げるんですか?」

「俺はもう勇者じゃないんだ。倒す必要なんてないだろ?」

「そうですね。では、微力ながら私もお手伝いさせて頂きます」


 眩しい程に輝いて見える純粋なメデルの微笑みに俺は自然に目を細める。

 今の俺には眩しすぎる。


「兎に角、今はヴァーデン王国に向かうぞ」

「はい」


 俺とメデルは、危険地帯である森を進んで行く。




 ◆



「………あの、一体何をしてらっしゃるのですか?」

「マンドレイクの採取だ。売れば金貨10枚にはなる高級品だ」


 メデルの視線は頭の葉を俺の左手に握られた根が、はにわや土偶に似た植物型の魔物であるマンドレイクに向けられていた。

 マンドレイクは、地面から抜かれた瞬間「ウギぎゃぁぁァアァア!!」と騒いでいる。


 マンドレイクを無理に地面から抜くと奇妙な奇声を上げる習性がある。

 戦闘能力は、人間の冒険者が魔物の強さによって分けるランクの中でも最低のGだ。


 だが、マンドレイクは厄介な種族固有スキルを持っている。その為、一度依頼に出されれば周辺の地形や環境にもよるが、C+〜B+の危険度に設定される事もある。因みに、冒険者はCランクの魔物を倒して一人前だと言われている。


 全て聖王国で得た情報からの知識だ。


「いや、そうではなく…確かマンドレイクの固有スキルは魔物を集める物だったはずですが……」

「メデルは博識だな」


 マンドレイクの固有スキル『魔草の呪声』の効果は、マンドレイクの奇声を聞いた魔物を引き寄せ、自らに害を与える者を襲わせるという物だ。この固有スキルには、魔物の敵意と狩猟本能を急激に高める効果がある。

 つまり、マンドレイクを抜いた俺に対するヘイトを異常な程に高める随分と他力本願なスキルなのだ。


 これが、マンドレイクの採取難易度がC+〜B+に位置付けられる理由だ。


「そんなことより早く倒して下さい!」


 その時、森から次々と怒りに身を染めた魔物が現れる。


 この森は、人間領の危険地帯。

 つまり、この場に集まっている魔物は人間の冒険者からすれば厄介な魔物ばかりなのだ。とは言っても、今回はそこまで強敵と感じる相手はいない。1番強くても、B-程度の魔物だろう。


 俺はマンドレイクに向かって魔力を流し込む。


 マンドレイクは弱い魔物だ。それこそ、人間の魔力を流し込まれただけで死ぬ程に。


 だが、死んでも30秒くらいは固有スキルを発動し続ける為、結局は厄介な魔物である事に変わりは無い。


 俺は死んだマンドレイクをアイテムボックスに放り込み、剣を取り出す。

 特に特別な魔法が込められている訳でもない、聖王都の武器屋で買った普通の片手剣だ。


「主、まさか戦う為にわざと魔物を集めたのですか?」

「そうだ。今の俺がどの程度の力があるのか知りたいんだ」


 敵を目の前にした俺は、嗤っていた。


 可笑しいな。


 俺は、こんな時に嗤う程に戦いが好きだったのか?


 今はそんな事どうでも良い。

 今はただ、目の前の敵を倒すだけだ。

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