第12話 執行者
聖王国領のとある土地。
そこに建てられた神殿の中には、大きめの円卓と囲む様に椅子10脚の椅子が置かれていた。
円卓を囲む様な椅子には、既に、8人が装飾のされた椅子に腰を下ろしている。
席に座っている者達の纏っている装備は、統一感は殆どないが、唯一全員の装備に同じ聖王国の紋章が刻まれている。
彼等をある者は騎士団と呼び、またある者は狂信者の暗殺集団とも呼んでいる。
しかし、本人たちから言わせればどの呼び方も的を射ているとは言えない。
彼等は『執行者』。
神の名の下に剣を振るい、穢れた畜生に天罰を下す人間最強の戦闘部隊である。
静まり帰っていた一室に、下品な嗤い声が響く。
「ぎゃははは!神託があったってのはマジかぁ?」
彼の名は、ハーディム・クラプトラ。手入れのされていない緑色の髪の奥の黒目が、不気味な光を宿し、見る者を萎縮させる様な雰囲気を纏っている。
「……ハーディム、弁えろ」
ハーディムに非難の目を向けるのは、僅かに黒みがかった青髪の壮年の男性。整えられた髭や貫禄が、彼の生真面目さを象徴している様にも見える。彼の名は、エーギル・ギルバーン。
「はあ?何が??」
エーギルの言葉が気に入らなかったハーディムは、不気味な笑みを絶やす事のない表情でエーギルに視線を向けた。
「貴様も神に仕える〝執行者〟なら、それに相応しい言動を取れ」
エーギルも迷う事なく睨み返す。
「俺は狂信者じゃねぇよ」
ハーディムは、呆れた様な表情から、再度周りの人間に不快感を与える様な残虐な笑みを浮かべる。更に、両手で『やれやれ』という感情を表現する様な動作が人の神経を逆撫でするのだ。
まるで、人の感情を手玉に取る道化師の様に次々と表情や言動を変える。
「まぁ、あんな家畜どもを好き勝手に甚振れるんだ。忠誠くらいは誓ってるさ。ひひ、これが聞ければ満足かよ?」
聞くものが聞けば不快でしかないハーディムの言葉だが、この場にいる全員が知っている事なのでエーギル以外は反応すらしない。
「あぁあー、早く新しい玩具が欲しいなぁ!」
ハーディムは、子供の様な言動を取る。
だが、その表情は、見た者が青褪める様な狂気の笑みを浮かべていた。
「まずは、回復の魔法をかけながら全身にナイフを突き立て、いや、操って同族を殺してその血を啜らせるのも面白かったよな。それとも、ククク……たまんねぇな、ぎゃぁははは!」
(相変わらず訳の分からない奴だ。しかし、こいつの強さは疑いようがない)
エイギルは、最近彼が連れて来た玩具の事を思い出す。
「………貴方の意思なんてどうでも良い」
そう言ったのは、目に光を宿さないブロンド色の髪の少女だった。
嗤っていたハーディムも、自分より上位者の言葉を受け嗤うのを止める。
『執行者』には、それぞれに席次と称号が与えられる。そして、少女こそ、この場にいる〝執行者〟最高位に座する存在。
『執行者』〝第三席〟にして、《聖槍》の称号を与えられし者である、ジャンヌ・フィトロ・ダルクニス。
「必要なのは結果。神の名の下に敵を倒す。私達はその為の道具。……私の言いたい事、分かる?」
表情が一切浮かばない顔で見つめられたハーディムは、相変わらずの笑みで返す。
「勿論だ」
その言葉を聞いたジャンヌは、最早ハーディムから興味を失ったかの様に目を瞑った。そして、この場が再び静寂に包まれる。
その時、一室の両扉が勢いよく開かれた。
全員の瞳が開かれた扉の奥に立っている2人の男女に向けられる。常人なら戸惑ってしまう部屋の空気を気にもせず、2人は悠然と歩みだし空いていた席に座る。そして、肌がピリピリするような静寂をものともせず、黒髪の少女が口を開く。
「それじゃ、会議を始めようか!ウィルスレッド、説明よろしく!」
「隊長……威厳」
綺麗な金髪の美青年であるウィルスレッドは、隊長と呼んだ黒髪の少女にジト目を送る。
だが、当の本人は「あはははは」と笑って誤魔化している。
いや、誤魔化すつもりがあるのかすら疑問だ。
「ほら、私の事より説明して!」
「……分かりました。今回の僕達『執行者』に下された任務は、脱走した異世界人の追跡と正体の解明、です」
青年が言葉を言い終わると途端に部屋の温度が数度下がった。
いや、そう錯覚する程の殺気が部屋を満たしたのだ。
だが、青年は顔色一つ変える事はない。
「はぁあ〜?何じゃ、そりゃ?」
「ハーディム、少し黙れ」
ハーディムとエイギルの2人の視線が、再び交差する。
「話はまだ終わっていないだろ」
「チッ」
話が終わったのを確認して、ウィリアムが話を再開する。
「国から脱走した少年の名前は、トウヤ・イチノセ。容姿の特徴は、黒髪黒目で瘦せ型、……情報としてはこの程度ですね。魔力の測定結果は、赤。固有スキルは『治癒の微光』と情報が上がっています」
名前を聞いた〝執行者〟の数人が苦笑を浮かべた。
「それが神託ですか?」
「はい。……いえ、隊長の己意な感情も若干含まれているのは否定しません」
質問をしたエイギルも開いた口が塞がらない、と言った状態だ。
「隊長、魔人は送還魔法でこの世界から消えた。……この意味、分かりますよね?」
「忘れたー」
問われた黒髪の少女は即答し、隣に立つウィルスレッドに視線を向けた。
「この世界には本来、送還魔法など存在しません。あれは世界から魔人を追放する為に我等の神が創られた魔法です。対象となった者を莫大な量の魔力を糧に世界の狭間に転送し、スキル、称号、魔力、記憶、肉体、精神の全てを消滅させ異世界に転生させる一種の消滅魔法だと記録されています」
「へー、そんな凄いんだ」
「つまり、どんなに名前や姿が似ていても、トウヤ・イチノセは隊長が知る勇者とは全くの別人ですよ」
ウィルスレッドが、黒髪の少女に断言する。
他の〝執行者〟も同じ考えのようだ。
「それはどうかな?凍夜は
「ぎゃははは!そのスキルの事は知ってるけど、どれだけ魔法を覚えても消えちまったらどうしようもないぜ?」
ハーディムの邪悪な笑みが深くなる。
「それとも、元仲間だから分かる勘って奴ですか?アスハ・アカツキ隊長」
目にかかっていた黒髪を搔き上げ、そこから現れた強い光を宿した黒目が真っ直ぐにハーディムを捉える。
その瞬間、ハーディムの首筋に冷や汗が流れ、笑みが僅かに引き攣った。
「どちらにせよ、これは神託。何かしらの行動を起こす必要がある」
「……まぁ、確かに」
「それではこの後、任務を与える者を決めます」
「んじゃ、俺が殺る」
その言葉に部屋にいた数名は目を見開き驚いたり、溜め息を吐いたりしていた。
「ハーディム、自分の立場を考えろ」
エーギルとハーディムが共に睨み合う。
「相手が何者か分からない以上、上位席のお前が動くのは得策ではない」
エイギルの言葉が正論な事を知っているハーディムは舌打ちをしたが、直ぐに表情が元に戻る。
「ぎひひひ、安心しろ。俺の玩具たちを使う」
残虐な笑みを深くし、エーギルを睨み付ける。
エーギルもそれなら問題無い、と反論はしなかった。
会議はまだまだ続いている。
しかし、『執行者』〝第一席〟
(あー、早く凍夜に会いたい!……でも、ただ会うだけじゃつまらないよね?)
思考する明日羽の顔には、狂気に染まりきった笑みが張り付いていた。
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