第7話 立ち塞がる者



 海堂たちの姿が見えなくなるのを確認して俺の元にやって来る2人。

 無言で深海が、地面に腰を下ろしたままの俺に手を差し出した。俺は、その手を取り立ち上がる。


「悪い、助かった」


 お前達のおかげで無駄な魔力を使わずに済んだ。

 俺が礼を言うと、深海は首を横に振り、風巻は溜め息を吐いた。


 ここでもう一度2人を良く見る。


 風巻玲の見た目は、艶のある黒髪黒目。艶のある黒髪をポニーテールにしている。そして、まるでモデルの様な女性的な体型をしており、雪の様に白い肌、薄桃色の唇、どれを取ってもクラスNo. 1の美少女だ。それに、実家は剣道の道場を開いており、剣の扱いにも長けている。部活動として参加する剣道では、何度も表彰台に登った経歴のある猛者らしい。

 性格は、誰に対して分け隔たりなく接し、いつも凛としている。噂では、クラスの男性陣の殆どが告白し撃沈したとか、ないとか……。

 確か、元カレは澤輝らしい。


 深海庸平の見た目は、一言で言えば巨漢だ。190cmにもなる長身に広い肩幅と厚い胸板、国から支給された服の上からでも分かる程に、鍛え上げられた筋骨隆々の肉体。そして、母方の祖母がロシア人だった為か、黒髪は灰色がかっていて、鋭い瞳と相まって獣の様な印象を受ける。

 深海は柔道部で、3年連続全国大会出場、中学も含めれば6年連続出場し、3度も全国1位になっている。確か、柔道意外にも空手やボクシングなどの格闘技もやっているとクラスの噂で前に聞いた事がある。

 性格は、無口。人前では、余り喋る事はない。今でこそ喋る様になったが、昔は筆談で会話をする程酷かった。

 因みに、俺とは小学校からの幼馴染だ。

 とは言っても、俺は中学3年生の夏に異世界に召喚されて、5年間を異世界で過ごしたので、戻って来た当初は名前もうろ覚えになっていた。


「前より酷くなっているけど大丈夫なの?」


 風巻が俺を気遣って声をかけてくれた。

 こんな所をクラスの男子に見つかれば、第2、第3の海堂を生み出しかねない。


「あぁ、固有スキルのおかげで傷は直ぐ治る」

「そういう事を言っているのではないんだけど。そうだ、私たちが一度海堂たちを半殺しにしてくる?」


 あっ、この目はマジな奴ですわ。


 かつての元仲間たちが宿屋で出たゴキ○リを剣と魔法を使って、オーバーキルしようとした時の目と全く同じだ。


「俺の事は気にしないでくれ」


 俺の言葉に2人は表情を顰める。


「……またそれか」


 そういえば、深海の会話するのは随分久しぶりな気がする。


「……地球にいた時、凍夜は俺を救ってくれた。……だから、恩返しを…したい」


 隣で風巻が驚いている。

 深海がこんなに長く喋る事は滅多にない。それより、まだあんな昔の事を気にしていたのか。本当に律儀な奴だ。


「前にも言ったが、あんな昔の事は気にするな。だから、今までと同じ様にしてくれ」

「俺は、凍夜が、変わってしまったのに……気付けなかった。いや、気付いていたのに…何もしなかった……」


 何も出来なかった、ではなく、しなかった、か.....深海らしい言葉だ。深海の顔は、自分への怒りや後悔、俺に対しての謝罪の気持ちで染まっていた。

 どうやら、深海は地球にいた頃の事を気にしているのだろうが、それこそ見当違いも良いところだ。

 地球では、異世界から戻った俺が異端にならない様に、何かしら補正を受けていた可能性があると俺は思っている。

 そうでなければ、親が一目で分かる俺の変化をあんな簡単に流すはずが無い。そして、異世界に来てその補正がなくなったってことか。


「……」


 深海は無口だが、感情が顔に出る。


 周囲の人間は、深海の事を「考えている事が分からない」と話す。


 だが、俺からすれば、深海以上に分かり易い人間に地球では、出会った事がない。だから、昔は仲が良かったんだろう。


「うーん、私には2人の会話が良く分からないのだけど.....」

「兎に角、俺の事は放って置いてくれ」

「ちょっと、待って...!」


 俺はそれだけ言い残し、足早に城の中の自室に向かった。そして、まずシャワーを浴び、部屋にある荷物をアイテムボックスの中に放り込み、街で買ったサンドイッチの様な物を食べたり、魔力操作の練習などをして予定の時間を待った。





 昼の鐘が鳴り、城の中を歩き廻っているクラスメイト達や騎士の多くが食堂や自室に戻り食事を取り始める。

 この時間帯は、見張りも少ないし、何より海堂達の様な面倒な連中に会わなくてすむ。


 俺たち召喚された異世界人は、特に聖王国から行動の制限は受けてはいない。城の外に出ようが、王都から出て魔物と戦おうが基本は自己責任だと言われている。


 だが、聖王国の国力がどれ程あり、魔物狩りを得意としていたと過程しても、聖王国周辺に生息する魔物は、召喚されたばかりの戦闘初心者では勝つのが難しい敵だ。

 更に近隣に国はなく、歩いて1番近い小国でも4日以上はかかることも初日に説明を受けている。


 図書館で下調べをしたが、情報が改竄されていない限り嘘ではなさそうだ。

 その為、俺は王都の外に向かって歩いている。


 だが、一定の距離を空けて3つの魔力が付いて来てしまっていた。城を出た直後から付けて来ているが、下手くそな尾行である。


 いや、あの3人が尾行に慣れていたら……。


 俺は3人が、日常的に他人を尾行している姿を想像して寒気がした。

 1人は兎も角、残りの2人は警察に連絡して然るべしだな。



 顔を少し上げれば、聖都ティファナを囲む様に作られている城壁が目に入る。

 あの城壁は、高い壁というだけでなく、様々な魔法が付与されている。まさに、国と国民を護る盾だ。


 ……そろそろ城壁が近くなって来たな。


 そこで、俺は脇道に進み先を変える。ここは、事前に下調べしていた道だ。この道の奥は、滅多に人が通らず、少しの戦闘くらいなら行える広さがある。


 下調べ通り、広い敷地を壁で囲んだ場所で止まり、背後を振り返った。


「人を尾行するとは、良い趣味してるな」

「「「!!」」」


 路地の奥でで待ち構えていた俺を見て、3人は驚く。

 あの程度の尾行で、気付かれていないと思う方がどうかしている。


「それで、俺に何の様だ?風巻、深海、それと早乙女」


 物陰から、デコボコトリオである風巻と深海、早乙女が姿を見せる。


「いや、僕達は、その……」

「帰れ」


 これ以上は、時間の無駄だ。


「これ以上俺に関われば、容赦はしない」

「そ、そんな」

「……断る」

「私も、ここで退く訳にはいかない」


 こいつら.....。


「……ここで、凍夜を見失ったら…2度と、届かない気がする」


 届かない、か……。案外外れてないかもな。


 俺はもうクラスメイトとも、戦争とも関わるつもりはない。世界がどうなろうと、どれだけ他人が傷付こうと俺には関係ない事なのだから。


「はぁー、しょうがない。第三階梯魔法〝静音サイレント〟、第四階梯魔法〝濃霧ミスト〟」


 俺はまずこの場から音が漏れない様にし、水の第四階梯魔法〝濃霧ミスト〟で外側からの視界を封じた。

 今ここは、俺達を中心に球体型の濃霧を発生させた事で、簡易的ではあるが3人の視界を塞がずに戦う事の出来る環境を創り上げた。

 これは、召喚されて数日の異世界人では不可能な芸当だ。

 風巻と深海はその事に気付いている。


「2つの魔法を同時に発動!?」

「えっ、第四階梯!?」

「…!?」


 クラスメイトの中でも、五本の指に入る程の実力者である2人の反応を見て早乙女もこの場の異常に気付く。


「俺は、国を出る。そして、2度とお前達とは関わるつもりはない」

「駄目だ。凍夜……」


 必死に言葉を探す深海の姿は、今の状況と深海らしくなさ過ぎて滑稽に見える。


「遅過ぎるぞ。深海」


 事前に発動していた〝身体強化〟と風属性魔法を合わせて、深海へと迫る。

 〝身体強化〟で何倍にも上昇した身体能力と風属性魔法による加速によって、武術の達人である深海が反応するより速く彼の服の襟を掴み軽々と地面に叩き付けた。


「がはっ」

「お前も遅い」


 風巻が、咄嗟に剣を抜こうとするより速く、細剣の柄を抑え込む。剣を抜く事が出来ず、驚愕する風巻を魔法で弾き飛ばす。


 深海と風巻には、大してダメージを残さない様に攻撃をした。


 だが、それだけでも互いの力量差を突き付けるには十分な結果となった筈だ。

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