第6話 敵でない者

 



 召喚から7日間が経過し、周辺の地理や現在の常識など出来る限りの情報を集めることが出来た。情報さえ集まればこの国にいる必要もないので、今日中に逃亡するつもりだ。

 つつがなく逃亡する為にも、俺は、毎日行われている訓練に参加している。




 今日は、主に模擬戦形式の訓練が中心で行われた。その中でも、勇者の素質を持った澤輝が、周りの奴らより頭一つ抜きん出ている。

 その他にも、黒色の魔力量を持つ海堂と青色の魔力量を持つ2人だ。名前は、風巻玲かぜまきれい深海庸平ふかみようへい

 2人は魔力に頼った、澤輝や海堂の戦い方と違って武術が優れている故の強さだ。


 ちょうど今、相手役をしていた同じ青色の魔力量のクラスメイトを負かした所だ。


 2人ともまだ未熟ではあるが、戦闘の才能なら澤輝や海堂以上かもしれない。

 他には、あの端の方で戦っている女子の団体は息があっている。


 あれ?あいつらって、まさか‥‥。


 おっと、今バラバラで挑んだ海堂の取り巻き含む男子4名が、見事に息の合った魔法を受け吹き飛んだ。


「ぅっ、何て息の合った攻撃なんだ!」

「流石は、澤輝親衛隊……!」

「俺たちが、手も足も出ないだと?」

「……燃え尽きたぜ……ガクッ」

「「「起きろやー!!」」」

「はっ!ラッキースケベの為にリベンジじゃー!!」

「「「おぉぉおおお!!!」」」


 男子は何の為に訓練やってんだよ。それに、ラッキースケベを公言した時点でただの変態だ。それに比べ、あの澤輝親衛隊の方は、実戦でも今の様に息を合わせて動けるなら、戦闘でも戦力になりそうだ。


「「「「近付くな変態共!!!」」」」

「「「「うぎゃー!!!!」」」」


 もうそのまま八つ裂きにしてくれ、澤輝親衛隊。


 俺も対戦相手の攻撃を適当に受けて負けた。

 勿論、痛がる演技も忘れていない。それに対する周囲の視線は、冷やかなものだ。


 その後、何度か模擬戦が繰り返され、午前の訓練が終了となった。

 早々にこの場から離れようとした時、海堂たちに声をかけられる。


「おい、ゴミ屑。ちょっと来いよ」


 その言葉を聞いて露骨に顔を顰めながらも、俺は海堂たちに着いて行く。


 ここで騒ぎを起こされたら、折角の計画が無為になってしまう可能性がある。


 建物の裏。地球で言う所の体育館裏の様な場所に連れて来られるなり、背中を蹴られ転ぶ演技をする。そして、敢えて分かり易く声を出しながら、次々と魔法が放たれる。


 発動までに不自然な過程が多く、ぎこちない。それ故に、魔法の構成、構築、発動、全ての段階が遅い。その程度の魔法では、欠伸をしながらでも避けられるが、必死に避けている演技をする。


「くっ」


 魔法を服に掠らせたり、体を地面に打ち付ける時は、痛そうな声を上げる。


「ぐぅ、いっつ‥‥」


 その様子を海堂たちは、ゲラゲラと笑って楽しんでいた。

 正直な所、僅かなダメージは、負った直後から『医神の波動アスクレーピオス』の効果で回復している。それに、魔力で体を強化しているので大した痛みはない。


「おいおい!どうした?その程度かよ」

「よっわー、ってか弱すぎ!」


 倒れている俺を取り巻きたちが煽る。

 その時、俺の前に1人の少年が引き摺られてやって来た。


「だ、だから、僕はやだよ……」


 情けない声を出す少年に視線を向ければ、直ぐに逸らされてしまった。


 少年の名前は、早乙女守留さおとめまもる。見た目は、自然に伸びた茶髪と黒目。顔立ちは男子の中では珍しく愛らしい、という言葉が似合う小柄な少年だが、残念な事にぽっちゃり体型で訓練の様子を見ていても才能があるとは言えなかった。そして、俺が海堂達に目を付けられる前に、海堂達から虐めを受けていたのが早乙女である。


 しかし、虐めの対象が俺に代わった今でも、海堂達の良い様に使われているのを度々目にする。


「あぁあ!?てめぇ、俺に逆らうのか?」


 襟を掴まれ、自分より身長の高い海堂から睨み付けられて早乙女はガタガタと震えている。


「だ、だって……僕、一乃瀬君を、虐めたくないよ」


 泣くくらいならいっその事俺を殴った法が楽だろうに……バカな奴だ。

 俺がそう思った時、不意に衝撃を感じた。


「ぐぅふっ……!」


 状況を確認すると、さっきまで海堂に襟を掴まれて震えていた早乙女が、俺の上に覆い被さる様に倒れ込んでいたのだ。


「ギャハハハ!!おもしれぇー!自分で足が縺れて転びやがった!!」

「良くやったぞ、メス豚!」


 メス豚とは、早乙女の体型と愛らしい顔から来ているのだろう。


 だが、そんな事はどうでも良い。


「ぁあ!一乃瀬君ごめん!直ぐに避け…っ」


 再度衝撃が走る。


 後ろにいた海堂の取り巻きの1人が、早乙女の背中を踏み付けていた。

 身体強化や自動回復も強い衝撃には、大して意味がないようだ。


 まさかこんな状況で、スキルの弱点に気付くとは思わなかった。


「メス豚とゴミ屑、お前ら2人お似合いだぜ?」

「ホモかよ!マジうける!」

「ぅぅ、ごめん、ごめんね……」


 自力で退かす事も出来るが、如何するかな。それに、早乙女は何で謝っているんだ。


「……どけよメス豚、邪魔だ」


 海堂が早乙女を蹴って無理矢理退かせる。

 蹴られた早乙女は、視界の端の方で蹲っている。


「メス豚と遊ぶの何か時間の無駄だ。弱いゴミ屑に、今日は俺の爆裂魔法を特別に見せてやるよ」


 その言葉に、100年前は魔法オタクと自称した事がある程に魔法好きだった俺は、海堂が其処まで自信を持っている魔法に興味が湧いた。


「行くぜ!爆裂魔法〝爆裂球エクスプロード・ボール〟」


「それが爆裂魔法?」


 あまりにも期待外れな魔法に、思わず声が出てしまった。

 魔力操作は基礎すら危うく、火と風の魔法を中途半端に混合させた事で球体の魔力がさっきから安定していない。それでは、威力もバラバラだし、実戦では到底使える様には見えない。


「こいつは昨日図書館で見つけた、火と風の魔法を合わせた混合魔法だ!本には、爆裂魔法って書いてあってだな…」


 海堂は字が読めるとは言え、本を読む人間だった事には驚いた。そして、爆裂魔法を発明したのは、100年前の俺だ。

 100年前、色々な魔法を試している内に俺が独学で完成させた魔法の1つが『爆裂魔法』だ。


 だが、魔力操作と爆発の規模の調節が難しく俺以外はあまり使う事がなかった魔法だ。


 因みに、魔法の強さが階梯に分かれているのは属性魔法のみなので、混合魔法に階梯はない。それ以外の魔法は、下位、中位、上位なんて呼び方をする。それに、取得者が少ない固有スキルの魔法には、階級の様な区別さえない場合もある。


 俺がそんな思考に陥っている間に、海堂の爆裂魔法に対する熱弁が終わった様だ。


「つまり、てめぇみたいな弱いゴミ屑には一生出来やしないって事だ!」


 海堂が俺に向かって〝爆裂球エクスプロード・ボール〟を放つ。完成度は低いし、魔力が無駄に込められて不安定だが、命中すれば痛そうだ。


 逃亡前にあんまり大怪我したくないし、しょうがない。


 俺が、防御の魔法を発動する直前で、〝爆裂球エクスプロード・ボール〟を3メートルはあるだろう槍が貫き、俺と海堂たちの間に突き刺さった。


 海堂の魔法は完全に消滅する。

 眼前の結果に呆然とする海堂だったが、直ぐに槍が飛んで来た方向を睨む。


 誰が近付いて来てる事には気付いていたが、俺も海堂たちに遅れて槍が飛んで来た方向を見た。

 そこに立つのは、海堂よりも体が大きく、正に巨漢と呼ぶに相応しい青年ーー深海庸平と深海に比べるととても小さく見えるが、女子の中では身長が高めでいつも凛としている美少女ーー風巻玲がいた。


 その意外な人物たちの登場に、海堂たちは戸惑っている様だ。


「貴方達は、一体何をしているの?」


 風巻のまるで鈴を鳴らした様な綺麗な声が、海堂たちに問うた。


「いや、そのー」

「ただの遊びだって、ハハハ」

「お前らには関係ないだろぉ!」


 海堂たちの戸惑いが焦りに変わった。それは、雫が放つ冷たい敵意と深海が放つ無言の圧力の所為だろう。


「関係ない?私は地球にいた時から、一乃瀬への虐めを止める様に何度も言っていたわよ」


 深海の太い右手が前に出る。


「……〝戦の武皇アー・レクス〟」


 呟く様に言った低い声に従い、槍が深海の右手に転移する。


「えっ!」

「槍がっ」


 やはりこのスキル、100年前俺が倒した獣王が使っていた固有スキルだ。

 深海は、クラスでも珍しい固有スキルを複数取得した者の1人だ。固有スキルは『戦の武皇アー・レクス』と『武具召喚アーマーコール』の2つだ。

武具召喚アーマーコール』はアイテムボックスに入っている武具を瞬時に装備出来る。

戦の武皇アー・レクス』の効果は、全ての武具を使う上で補正がかかる。そして、離れた所にある自分の武器を自分の手に転移させる事が出来る。


 だが、『戦の武皇アー・レクス』には恐るべき効果が他にもあった筈だ。

 おそらく、熟練度などの兼ね合いで深海はその事に気付いていない。


 それにしても、これだけ相性の良い固有スキルを複数取得出来るなんて深海はとんでも無く運が良い。


「……殺るか?」


 深海が重そうな槍を軽々と振り回し、海堂たちに向けて構える。


「そうね。私も、丁度もう一戦したかったの」


 そう言いながら、白く細い腕で抜いた細剣に黒い模様が浮かび上がる。

 確か、風巻の固有スキルは『呪毒』。武器に毒を付与して、負傷させた者を様々な効果を持つ毒で攻撃が出来る。


 えげつない能力だ。


 因みにこの2人の魔力量は青色と言ったが、ほぼ黒色と言っても良い光を放っていたらしい。その魔力量に加え、戦闘に特化した固有スキルと戦闘の才能を持つ2人に、海堂ならまだしも、他の取り巻きじゃ話しにならない。


「お、おい海堂」

「ヤベェって、ここは……」

「チッ、おい行くぞ」


 俺を睨みながら海堂と取り巻きは城の中に向かった。早乙女も取り巻きに無理矢理立たされて連れて行かれた。

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