第8話 覚悟と覚悟


 それでも、深海は立ち上がった。そして、風巻も平然とした姿で砂埃を斬り裂いて姿を見せる。


 だが、2人の震える手足を見て強がっている事が丸わかりだ。

 武術に精通している故に、加減された事が理解出来てしまう。俺と自分達の歴然とした実力差に気付いてしまったが故に、体が本能的に怯えている。


「実力差は歴然だぞ?」


 俺の忠告に、深海と風巻は揺るがない視線のみで答える。

 油断なく、冷静に武器を構えて俺を見据える2人からは、先程とは別人と思える程の覚悟が伝わって来た。

 俺にとっては、早乙女を加えた3人が相手であろうと負ける様な相手ではない。


 だが、半端な力で戦う事は、2人の覚悟を侮辱する事になる。それは、嘗ての俺の思いを踏み躙った元仲間達と同じ行いだ。それだけは、出来ない。

 

 混ざり合った様々な想いと記憶を整理する為に、3人から距離を取る。そして、全力で戦う為に、偽装を解いた。


「〝実力偽装〟〝魔力偽装〟解除」


 その言葉と同時に、俺から解き放たれた魔力が物理的な圧力となり3人を襲う。


「何っ」

「ひぃ!?」

「何て魔力なの!?もしかして、澤輝以上……」

「俺が、澤輝以上か。本当に、そう思うか?」


 比べられる対象が、眼中にすらなかった男であった事に無意識に笑みを浮かべてしまった。

 現在、主な行動範囲が城内である事や召喚されて日数自体少ない故にしょうがない事ではある。


「どういう…意味だ?」

「俺は、紛い物の勇者とは次元が違う」


 押さえ込んでいた魔力が、〝濃霧ミスト〟の内部で暴れ狂う。それだけで、3人の息は荒くなり、本能的な恐怖から彼等の闘争心を削って行く。


 お前達の覚悟は、所詮そんなものか……。


「どうした。俺を止めるんじゃないのか?」

「そうだ」


 俺の言葉に反応し、3人はそれぞれの武器を構え直す。特に、深海は荒れ狂う魔力の嵐の中で、俺に向かって足を踏み出した。それは、本能的な恐怖を深海の精神力が捻じ伏せた証拠に他ならない。


「構えは上々だ。戦意はギリギリ及第点、そして、良い覚悟だ」


 これくらいの魔力の圧に耐えられないなら、魔王と戦う何て夢のまた夢だ。そして、いつ逃げ出すかと思っていた早乙女も、ガタガタと震えながら剣を構えている。

 正直、見直した。だからこそ、3人の覚悟に答えるには、俺も全力で相手をするしかない。


「お前等の覚悟に敬意を表し、俺も全力で戦おう」

「「「!!」」」


 3人の顔には大粒の汗が流れ、顔色も緊張の為かだんだんと悪くなっている。それでも構えを緩める様子はない。

 俺の3人に向けて突き出した右手に、魔力が集まり剣の姿に変わって行く。そして、嘗て世界最強と謳われ、魔人と呼ばれるまでに至った勇者の聖剣が、再び世界に顕現した。



□□□□□



 

 100年前に行われた人間連合軍による、神導の勇者討伐作戦。それは、各国の精鋭たちが集まり、力に溺れ魔へと堕落した勇者を正義の元に裁く戦い、と語られている。

 戦いは、勇者を退けた人間連合軍が勝利した。


 だが、生き残った者達は、戦士や魔導師としての道を歩む事、あるいは極める事を諦めた。


 その理由は単純。


 身体と心に刻み付けられた恐怖と絶望だ。


 戦闘に参加した者たちは、個人対国だからといって油断していた訳ではない。覚悟がなかった訳でもない。

 寧ろ、死すら覚悟して戦った。


 しかし、勇者が与えた恐怖と絶望は、その覚悟すら易々と超えた。

 人の領域を超越した魔法、自分とは次元が違う存在が放つ圧倒的覇気。全てを消し去る聖剣。

 自分がどんなに努力しても、決して超えられない壁に絶望し、その全てが彼らの理解を超え、心に恐怖として刻み付けられた。そして、戦士や魔導師を辞めた者たちは口を揃えてこう言った。


『自分たちが今まで信じて築いた全てが、1つの魔法、剣の一振りの前に打ち砕かれた。‥‥‥俺 (私)は、この程度の力を誇って、一体何がしたかったんだ』


 と。そして、他にもこう言う声も多く聞かれた。


『あの聖剣は化け物だ!』


 と。


 第3者が聞けば、何を言っているのか理解出来ない。聖剣が強力な武器な事は、多くの人々がお伽噺や実話を通して知っている事だ。


 しかし、だからといって見てもいない事を信じられる程、人間は甘くはない。『剣が化け物?剣が生きている訳でもあるまいに』と、良い笑い話しになるだけだっだ。

 つまり《神導の勇者》が振るった聖剣の恐ろしさを知っていたのは、その戦闘に参加し、生き残った者達だけなのだ。


 何故なら、勇者はその力を嫌い、否定し、滅多に抜く事が無かったからだ。故に、《神導の勇者》の記録の殆どにその聖剣は登場しない。


 だが、今 100年の時を超え、聖王国の聖王都ティファナに、その聖剣が顕現した。






「底無き欲望宿りし聖剣よ 我が手に顕現せよ!万物を喰らい尽くせ【聖剣・暴食王ベルゼネス】!!」


 顕現した剣は、万物を喰らい尽くす、漆黒の刀身を持つ聖剣。


 俺はこの聖剣が嫌いだった。

 これは、己の欲望の為に全てを喰らう力。嘗て、勇者だった俺は、奪うのではなく護る為の力を望んでいた。


 しかし、今の俺は勇者じゃない。護るべき人も背負う責任もない。だからこそ、俺はこの聖剣ちからを否定しない。


「聖剣!?澤輝と同じ…」

「澤輝の剣は、聖剣じゃない」


 澤輝のスキルは聖剣じゃない。

 何故なら、聖剣はスキルではないからだ。

 幾つか説はあるが、歴史の中で全く同じ聖剣が存在しない事から、聖剣とは勇者の域へと達した人間の魂が具現化した姿だと言われている。


 事実、俺のステータスには聖剣は表示されていない。


「え?」

「……どういう事だ?」


 俺は、深海の問いに答えず、【暴食王ベルゼネス】を振るう。

 たったそれだけの動作によって、嵐の様に暴れ狂っていた周囲の魔力が消えた。


 いや、厳密には喰い尽くされた。

 

「あれ、魔力が……」 


 状況を理解出来ていない早乙女と風巻は、汗が肌を伝い地面に落ち、呼吸が荒くなっている深海に気付く。


「……凍夜…それは一体何だ?」

「言った筈だ。聖剣、だと」

「馬鹿な事を言うな!それが、そんな物が、剣な筈がない!」


 明らかに、普段の深海からは想像出来ない程に焦っている。


 そうか。お前も、感じたんだな。


「お前に教える必要はない」


 そろそろ時間がない。


「一瞬で終わらせる」

「来る!」

「「……っ!」」


 3人の構えに戦意が宿る。


「何をしても、無駄だ」







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