第2章 勇者の旅立ち

第1話 異世界召喚

 


 無事に転移出来たみたいだな


 俺が転移した場所は、いくつもの白い柱が立つ広い部屋で、足下の大理石には教室で見たものと同じ魔法陣が描かれていた。


 召喚の間、と言う奴だな。


 次に周りを見れば、白いローブを着ていかにも私達が召喚しました、というような風貌の人間達が立っていた。おそらく宮廷魔導師か、それに次ぐ実力者達だろう。


 あの白いローブ、3年前に見た事があるような....。


「本当に異世界なのか?」

「嘘だろ....、こんなの嘘だ!」

「ぅぅ、家に帰りたい」


 異世界に転移した事を理解したクラスの連中が騒ぎ出した。


「マジ最悪」

「俺の能力弱過ぎ何ですけど….」


 誰もがこの異世界召喚に対して文句を言い、悲観的になっている。当然の反応と言えば、当然の反応だ。

 その時、1人の男子生徒がクラスメイト全体に向けて叫んだ。


「皆 聞いてくれ!」


 その一声でその場の全員の視線が男子生徒に集まる。


 相変わらずのカリスマ性だな。


 俺は素直に関心する。

 彼は、クラスのまとめ役で生徒会長の澤輝天明さわきてんめい。見た目は、茶髪の爽やか系イケメンだ。勉強も運動もいつも学年で上位に入っている。しかも人当たりが良い事から、女子から絶大な人気を誇っている。

 確か、ファンクラブ兼親衛隊と呼ばれる物があるとクラスメイトの話しで聞いた事がある。


「僕達の現状は、正直僕も良く分からない。皆、不安で恐いと思う。だからこそ、まずは彼等の話しを聞いて見ようと思うんだ」


 そう言って澤輝は、未だに此方に近づいてくる事はなく、俺たちを観察している魔導師たちを見る。


「大丈夫、皆は僕が護る!だから、僕を信じてくれ!」

「澤輝お前って奴は....」

「俺は天明を信じる」

「澤輝君が言うならしょうがないよね」

「「「「澤輝君、カッコ良いー!!」」」」

「現れたな、澤輝親衛隊....」

「う、羨まし過ぎる」

「モテ男爆発しろ!」


 澤輝の言葉に皆に明るい雰囲気が戻って来た。まるで、勇者に励まされた民衆が未来に希望を見つけた、物語の一部シーンを切り取って来たかのような光景だ。


 だが、後半は唯の男子生徒の嫉妬に聞こえたけどな。


 その時、召喚の間の1つしかない重そうな扉が開かれ、大勢の騎士と高貴な雰囲気を漂わせる少女が入って来た。

 騎士たちの鎧は、全員が統一され、フルフェイスなので顔までは分からない。腰には西洋剣を帯びている。動きを見るだけで、全員が手練れの騎士だと分かる。

 海堂達のような、紛いものとは格が違う。そして、統一された白を基調とした鎧を見て、この国が何処なのかやっと思い出した。


 よりによってこの国に召喚されたのか.....。


 俺は顔を顰めそうになるのを必死に抑え込む。



 そうこう考えている間に、地位が高い事が予測される少女が、澤輝を筆頭にしたクラスメイトの前までやって来た。少女を直ぐ護れるように、背後には騎士がズラリと並んでいる。その威圧感に、クラスの数人が息を飲む音が聞こえた。


「お初にお目にかかります。私は、シャルティア・エール・リム・エスティファムと申します。この国、エスティファム聖王国の第一王女でございます」


 シャルティアと名乗った少女の言葉を聞き、クラスメイトがざわつく。


 地球では聞いた事がないエスティファム聖王国と言う名前にか、背後の騎士の迫力にか、第一王女の美貌にか、又はその全てなのかもしれないが俺の知った事ではない。

 問題はこの国が、俺の予想通りエスティファム聖王国だったという事だ。


「もう既にお気付きの方もいらっしゃるかもしれませんが、この世界は皆様方のいた世界とは異なる異世界でございます」


 現実を突きつけられ泣き出す女子が数人いた。

 近くの者とそれぞれが勝手に話す所為で、この場が騒がしくなっていくのを背後の騎士たちの威圧のみで黙らせる。


「我が国の騎士が失礼しました。詳しい話しは、陛下が自ら行いますので、私について来て下さい」


 王女はお願いしているつもりなのかもしれないが、今の状態でのその言葉は命令にしか聞こえない。それを理解しているのか、澤輝は誰にも相談する事なくクラス全員に聞こえる声で言った。


「皆、行こう」


 澤輝の声に従いクラスメイトが移動を開始した。

 召喚の間から俺たち全員がでた後、魔導師たちが扉に魔法をかけているのを観察する。

 基本属性である、火、水、風、土の4属性の魔力を用いての封印か。そして、極め付けは、光の魔法による結界を施す様だ。当然の事だが随分と厳重だな。


「おい、歩け」


 いつまでも止まったままの俺に、騎士が進む様に促す。

 扉の封印方法が気になって、クラスメイトとの距離が開きすぎてしまったようだ。


「……すいません」


 封印方法は分かった。今はそれで良い。

 俺がそんな事を考えているとは知らずに、騎士は俺を急がせる。

 クラスメイトとの距離は、それ程離れていなかった為、直ぐに追い付く事が出来た。元々、俺が最後尾だったので、誰も俺が離れて戻って来た事に気付いている様子はない。


 しかし、俺がいなかった間にクラスメイトの数人の雰囲気が明らかに変わっていた。

 おそらく地球にいた時から、異世界召喚モノなどのライトノベル小説やアニメが好きだった者たちだろう。そういう本を読んでいる人の殆どが、自分もこんな風になりたいと思った事があるだろう。だからか、まるで自分が選ばれた存在のように感じ、その優越感からなのか先ほどよりも今の現状を楽しんでいるように見える。


 本当に馬鹿な連中だ。

 幻想と妄想は地球に置いてこいっての。


 ここは確かにファンタジー世界だが、実際に人が死ぬ。斬られれば痛いし、強敵と対峙すれば恐怖で体が震える。

 ゲームのようなコンティニューなど存在しない。

 本物の世界だ。それに気付けるかどうかで、クラスメイトの運命が決まるかもしれない。


 俺にはどうでも良い事だな。


 俺が考え事をしている間に、王の間の前に到着していたようで、今、ゆっくりと扉が開いていくのが見える。そして、シャルティアを筆頭に赤い絨毯がひかれた王の間を進んで行く。

 王の間の両端には大勢の騎士たちが並んでいて、全員が強い意志を宿した目で俺たちを見ている。そして、王の間の奥。尊大に座っていた初老の男が、こちらを見る。見た目は、シャルティアと同じ黄金色の髪に深い碧目、服を重ねて着ている所為で良く分からないが中肉中背の男性だろう。


 威厳と言うのか、眼力と言うのは、流石と言うべきか周りの騎士たちとは質が違う。

 例えるなら、相手を見定めるような感じだろうか。騎士たちの場合は、どちらかと言うと俺たちが可笑しな真似をしない様に威圧している様に感じる。

 確かに、召喚されるまでどんな奴が現れるか分からないから、警戒して当然だ。

 そう言えば、100年前に召喚された時は王が直接向かいに来ていた。


 今思えば、蛮勇と言うか何と言うか、周りの騎士たちを困らせてばかりの人だったな。


 あの時は、俺を裏切る何て思わなかった。


「……っ」


 無意識の内に握っていた拳に力が入り、白くなっていた。


 王の間を歩いていると、王の隣に佇んでいたお付きの男性が口を開いた。


「シャルティア殿下以外は、その場に跪け」

「何だと?」

「はぁ?意味わかんね」

「ってか、あのおっさん誰だよ」

「ちょーームカつく」


 その後も文句を言うばかりで、誰も跪こうとしないクラスメイトたちを見ていた老人の額に、青筋が浮かんでいるのが見えた。


「黙れぇえ!!」

「「「「「!!!!」」」」」


 男性の一喝で王の間が静まりかえる。


「貴様ら、自分の立場と言うものを理解していない様だな」


 老人が、右手を上げる。


 その動作1つで王の間にいた騎士全員の手が装備している剣にのび、濃密な殺気が部屋中に満ちる。


 これはマズイな。

 この部屋の騎士たちは、あの男が指示をだせば本当に俺たちを殺す気だ。


 魔法が使えない状態じゃ、流石の俺もこの数の騎士を相手にして生き延びられるかは分からない。


 そんなピンチを救ったのは、王家の2人だった。


「聖騎士たちよ、止めろ」


 男性を超える威厳のある声が、静まり返った王の間に響くと同時に部屋に満ちていた殺気も霧散した。


「陛下、宰相、勇者方々は異世界の住人。どうか、度重なる無礼をお許し下さい」


「勇者たちの無礼を許そう。だが、勇者たちよ。無礼を何度も許せる程、儂は温厚な性格はしていない」


 王の目が、今やクラスの代表である澤輝を見据える。


 まずは、お前が示せ。と言う事だろう。

 空気を読んだ澤輝は王に向かって跪く。それを見たクラスメイト達も澤輝を真似て跪く。


 勿論、俺も跪く。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る