07話.[そう言ってきた]

「ジュースをたくさん飲むならやっぱりここよね」


 と言うが、寒いのを我慢してまで来るようなところか? という疑問が尽きなかった。

 いやまあ、腹が減ったらなにかを注文して食べればいいわけだが……。


「映画、アクション映画も悪くなかったわね」

「ああ、それは同意見だな」


 恋愛映画を観ることよりも落ち着けるかもしれない。

 というか、高校生なのにハイテンションになってしまったぐらいで少し恥ずかしいぐらいだ。


「でも、異性と観るならやっぱり恋愛映画がいいわ」

「あー、まあ女子的にはそうかもな」

「うん、悪くはないんだけどね」


 俺は一応、恋愛映画でいいと言ったが彼女がアクション映画にしようと動いてくれたから従ったことになる。

 ただCMで見たぐらいでそこまで拘りはなかったから正直に言ってどっちでも良かったんだ、由姫乃といられればそれでな。


「それにアクション映画ってキスシーンとかあるじゃない? それが正直なんとなく見づらくてね……」

「あ、確かにあるな、なんで唐突に!? ってなるぐらい本当に急に挟んできてさ」


 正直に言って俺はずっとアクションシーンを見ていたい。

 ストーリーとかどうでもいいと言えるぐらいには好きだ。


「恋愛映画の方がほとんどないって面白いわ」

「仮にしても濃厚なやつじゃないからな」


 まあそこは日本人の俺達と海の向こうの人達とでは価値観が違うということなんだろうということで片付けておけばいい。


「……興味、ある?」

「キスに? んー」


 この前額にされたときは単なる驚きだけだったな。

 あれは一応性行為に該当するたみたいだし、俺はそこまで常に性欲を優先して動いているわけではないからなんとも言えない。


「興味はそりゃあるだろ、でも、別にしなくたって生きていけるわけだからな」


 もしキスしなければ死ぬならいま頃日本の総人口は半分以下になっているだろうしな。

 少子化だし、他者に興味を示さずにひとりで生きようとする人間が多いし。


「私はしてみたいわ」

「肉食系だな」

「野菜よりお肉が好きだもの」


 俺はキャベツの千切りだったりレタス単体だったりは好きだ、肉ばかりではなくそういうのもちゃんとあってほしい。

 だからそういう点で言えば父は優秀だなと思う。

 だって毎食きちんと野菜まで摂取できるようになっているわけだから。


「そろそろ帰りましょう」

「だな」


 会計はまとめて済ませて外へ。


「さみぃっ」

「そうねっ」


 早く家に帰って外よりはマシな環境に浸ろう。

 今日は父も遅いみたいだから飯も作らないとな。

 何気に出費も多いから楽をしてはいけないのだ。


「先輩や松葉先輩と出会ってから出費ばかりだ」

「まあ高校生で出かけるとなったら大抵はお金を使うでしょ」


 仮にそうだとしても一切気にせずにしていたような……。

 だから駄目なんだ、贅沢ばかりをしてはならない。


「食材は……あるな、大丈夫だ」

「スーパーに行かなくて済んで良かったわね」

「ああ、本当にな」


 ゆっくりする前に作ってしまおう。

 飯を食べるのは後からでもいいんだから先に作っておけば作らなきゃって考えに襲われなくて済む。


「でけたぞ」

「ちゃんと言いなさいよ、ま、少し休憩しましょ」

「おう、由姫乃はなにもしていないけどな」


 つか、この人はいつまでいるんだろうか?

 え、まさか食べてから帰るつもりなのか? 別に構わないけど両親に怒られたりしないのか? 

 こちらの方が気になってしまうから気をつけてほしい。


「私がこんなことを言うのもなんだけど、松葉が木田にとって少しでもいい存在になってくれればいいわね」

「確かに由姫乃が言うべきじゃないな」

「だ、だからそう言ったじゃない。まあ……好きになられるというのもそれはそれで気になるものよ」


 俺は好きになられたことがないから分かるとは言えなかった。

 遅れているのかもしれないし、いまはこれが普通なのかもしれないし、まあ恋愛経験がある奴ばかりではないだろうしと言い訳を重ねて。


「私は何度も相手を振ってきて、その度になんとも言えないもやもやを抱えてきたわけよ」

「自由なはずなのに振ると相手が被害者面するからな」


 俺がもし告白して由姫乃に振られたら涙を目の前でだばあと流して被害者面してやるつもりでいる。

 だから先輩ってやっぱり強かったんだよなあっていまさらそう思ったんだ。

 また、逆に笑顔でもそれはそれで無理やり出しているような感じが伝わってきて複雑というか、なにをしようと告白された側になにかを残してしまうのが恋愛というものなのかもしれないということも分かった。


「や、そう悪くは言いたくないけどさ、でも、ああいう顔をされたりするとちょっとね」

「あれ? でも、誘いは断らなかったんだろ? よく告白は躱してきたな」

「それとこれとは別じゃない、同情で付き合っても双方にとってメリットがないもの」


 そりゃそうだ。

 ありえない話だが、俺が告白されてもその気がなければ断るだろうしおかしくない。


「ご飯食べましょ、お腹が空いた」

「つか怒られないのか?」

「ん? ああ、大丈夫よ、あ、今度お金は払うから安心して」

「違う、そういう心配はしてねえんだ、まあいいならいいけど」


 送ることが確定しているからさっさと食べれてしまった方がいいのはこちらも同じだ、だから提案はありがたかったな。

 で、俺作の普通の飯を食べて家を出てきた。


「そういえば上着は?」

「あれはもう私が貰うわ、あなたには私の服をあげるから」

「いやいやいや、貰っても使えないだろ」

「そう? なら貰うだけ貰うわね」


 暴君かっ、貰うだけ貰うとか悪魔かよ。


「あ、じゃあ由姫乃を貰おうかな」


 冗談とかじゃなかった。

 やっぱりなにかを貰いたいなら相手からも差し出すべきだ。


「送ってくれてありがとう」

「おう、じゃあな」

「ええ、また明日」


 あれ、当たり前のようになかったことにされているんだが!?

 一応勇気を吐き出したんだが!? ……無反応は大変辛い。

 なるほど、振られた人間の気持ちってこんなものかとやっと俺は知らなくていいことを知ることになった。

 もちろん、全く嬉しくなかったのは言うまでもない。




「さみ~」

「おはよ」

「待っていたのか? 入ってこいよ風邪引くぞ」


 たまにこういうことをするからよく分からないのは松葉先輩だけじゃないことを現実が教えてくれる。

 最近の勢いなら朝食すら一緒に摂ろうとするところだろ、それなのに変な遠慮をしたのはやっぱり昨日の最後の発言が良くなかったということかと内は少し落ち着き無くなる。


「あ、昨日の返事だけど」

「お、おう」

「流石に服の対価として人間ひとりって釣り合ってなくない?」


 それ、冗談ではなかったからこそのやばさが光る。

 つまり俺は相手が由姫乃じゃなかったらいま頃、通報されていたんだろうことは容易に想像できる。


「だからやっぱり服だけを貰っておくわ」

「そ、そうか」

「ええ」


 暴君で良かったぁ、その発言のやばさに気づいてくれていなくて良かったぁ!

 松葉先輩になんか聞かれていたら絶対に穴を掘って埋まりたいぐらいのあれだっただろうから助かったっ。


「あ、今日は両親がいないから家に来なさいよ」

「あれ、忙しいのか?」

「ええ、今日は帰ってこられないみたい、ひとりだと寂しいからあなたが付き合いなさい」


 それなら行かせてもらうかな、また由姫乃作飯を食べたいし。

 別にいまさら夜に行って緊張、とかってなる関係じゃねえし。

 というわけで放課後まで特になにもなかったから着替えを取りに行ってから長戸家へとやって来た。


「あ、私もいますよ~」

「どうせなら木田先輩も誘いましょうよ」

「そうね、そうしましょ」


 元々ふたりきりに拘りなんかないからこれでいい、おまけにバランスもいいしな。

 あと、由姫乃と松葉先輩のふたりをひとりで相手をするのは大変だから。


「えっと、僕も本当にいいの?」

「いいわよ、松葉だっているわけだし」

「あ、じゃあ、ゆっくりさせてもらおうかな」


 今日改めて分かった、松葉先輩ってでけえ!

 ヒールとか履いたら絶対に俺を超すやつだこれ。

 そりゃにこにこ笑われながら見下されたら怖いわ、逃げたくなるわ。


「もういい時間だしご飯を作ろうか」

「そうですね」


 学校から帰ってくるだけでもう真っ暗だから冬は不思議だ。

 しかも寒い、放課後に限って風が強い、ただ空は澄んでいて綺麗に星が見えるのはいいんだよなあと。


「でも、長戸さんの家だから僕らはお手伝い程度かな」

「崇が知っているから大丈夫よ、ふたりで作りなさい」

「俺はいいぞそれで、木田先輩もいいですよね?」

「うん、長戸さんがこう言っているわけだし」


 ま、結局こういうときに作る飯というのは無難なものになる。

 元々誘うつもりだったのかどうかは知らないものの、カレールーがあったから気にせずにカレーを作った。


「うぇ、辛口は辛え……」

「辛口だからね~」

「はぁ、俺は甘口派なんですよ……」

「それは否定しないよ~、人それぞれだからね~」


 分かった、松葉先輩の嫌なところはこういうところにあると。

 年上感を出してくるのが嫌なんだ、まるでこちらが小学生にでもなったかのような気持ちになってくる。


「はい、洗い物は私がするから順番に入っちゃって」

「それなら私が入らせてもらってもいい? 大丈夫、速攻で出てくるからさあ」


 計っててと言われ、フリーアプリを使って計っていたらまさかの三分で出てきた松葉先輩。


「ちゃんと洗いました?」

「洗ったよっ、ほら、匂い嗅いでみてっ」

「うーん、あ、これは由姫乃が使っているのと同じですね」

「でしょ? だから大丈夫」


 ほらあと言わんばかりの顔の松葉先輩に謝罪をしておく。

 あとは縮こまっておいた、何故ならいまの俺が最高に気持ち悪かったから。


「崇君、長戸さんのことを好きなのはいいんだけど、そういうのを把握しているというのもちょっと怖いところだよね」

「……言わないでくださいよ、自分だってやばいって思っているんですから」


 それを愛用しているって分かっていたからつい出てしまったんだ、別に由姫乃の匂いを頻繁に嗅いでいるわけじゃないぞっ。


「いいから早くどっちかはお風呂に入ってきなさい」

「じゃあ木田先輩どうぞ」

「うん、入らせてもらおうかな」


 食事と入浴を済ませれば大体の人間は落ち着くはずだ。

 つまり現時点での松葉先輩は弱体化しているようなもの、逃げようとする必要すらない。


「はいはい、どうぞどうぞ~」

「はい? そういうのは木田先輩にやってあげてくださいよ」

「……それは恥ずかしいじゃん」

「なにいまさら乙女ぶっているんですか」

「お、乙女だからっ、だからこそできないこともあるよ……」


 ……くそ、いまさら可愛さを出すなよこの人……。

 なにかしてやりたくなってしまう。

 恋愛関連に関しては口出ししない、なにも余計なことをしないと決めているのに。


「今日せっかく一緒にいられるんですから頑張ってください」

「えぇ……」

「朝まで一緒にいられるんですよ? なんにもしなかったらもったいないですよ」


 そうでなくても松葉先輩は三年生で時間がないんだからちゃんとした方がいい。

 好きなら努力をするべきだ。


「そういえば由姫乃ちゃん、寝る場所って……」

「常識的に考えて松葉は私の部屋でふたりは客間ね」

「そ、そうだよね、それなら良かった」

「は? あんたもしかして木田と寝るつもりだったの?」

「な、ないないないっ、そんなことをしたら心臓が持たないよ」


 あと、先輩はあくまで普通に仲良くするだろうから複雑さを味わう時間になりそうだしな。

 そこは無理せず男女で別れた方がいい。


「あいつ、長いわね」

「だね~、もう三十分だよ? あ、由姫乃ちゃんの家のお風呂だから自由にやっているんじゃ――」

「していません、いま出てきたんですよっ」

「あはは……ごめんごめん……」


 由姫乃が入れって言ってくれたからささっと洗ってリビングに戻ってきたら、まだぶつぶつと吐いている先輩が。


「まったくっ、松葉先輩はすぐにそんなことを言うからっ」

「ごめんってば……許して?」

「……もう変なことを言わないなら」

「うん、言わないから」


 よし、とりあえずは大丈夫そうだ。

 由姫乃も入浴を済ませて、後は自由時間になった。

 二十時半だからそこまで気にしなくてもいいぐらい余裕がある。


「崇君、松葉先輩と少しコンビニに行ってくるよ」

「分かりました、気をつけてください」

「ありがとう」


 客間にはもうちゃんと布団も敷かれているから寝ることができる、というか寝転ぶぐらいが唯一できることと言ってもいい。


「崇、入るわよ」

「おう」


 なんか温泉にでも来ている気分だった。

 普段滅多に自分が誰かの家に泊まるということをしないから余計に、あと部屋の寝具がベッドからそう強く感じるんだと思う。


「松葉と木田はどうなるのかしらね」

「さあな、でも、松葉先輩は頑張っているからな」

「そうね……あ、それが言いたかったんじゃないのよ」


 じゃあなんだと聞いてみたら彼女は俺の目の前までやって来て床に座った。

 それから彼女らしくない不安そうな表情をこちらに晒して目を逸したりこちらを見たりを繰り返して。


「あれを見て、頑張らなければならないと思ったのよ」


 と、こっちの手に触れつつそう言ってきた。

 俺としてはついにきたかって感じがすごかった。

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