06話.[本当に悪かった]
「由姫乃、さっきは本当に悪かった」
「もういいわよ」
珍しく電話がかかってきたと思ったらまたこれだった。
確かに驚いたけど、メッセージでも謝ってくれたんだしこれ以上は必要ない。
もし本当にどうしても嫌ならこっちから押しのけて帰っているし。
「どうせならもっと楽しい話をしなさいよ」
「え、そう言われてもな……」
まだ借りたままの服に触れる、着ているわけではないけども。
自信があるのかないのか、昔から彼はこんな感じだった。
小さいことで自信満々になったり、不安になったりと忙しい。
「ねえ崇、もし宏崇さんに見られていたらどうしてた?」
「そうしたら素直に怒られるのを受け入れていたよ、寧ろ父さんが来てくれた方が良かったな」
まああれは膝枕とかなんかよりも過激……大胆、だから流石の宏崇さんでも確かに怒るかもしれなかった。
でも、大切な息子が異性と仲良くしているというのはいいことだと思うから……あんまり怒られなかったんじゃないかと私は想像しているけど。
ただまあ、あんなことの後にすることなんて数通りしか想像できないからやっぱり親としては怒るかもしれないという感じで。
「というか、なにがしたかったの?」
「……由姫乃を取られたくないって考えていたらなんかああしていたんだ、すまん……」
……そもそも取られたくないって本人に言えてしまう時点であれだと思うけど。
どうせ分かっていないんだろうな。
「もしかしてキスとか?」
「……そりゃまあいつかはな」
「でも、木田の方が相応しいのよね?」
「くそ……」
照れ隠しだと思ってほしい。
普通そこは隠すべきところなのに変なところで真っ直ぐなんだから困ってしまう。
かと思えば少し邪魔をされただけであの態度だから面白い。
あんなのそうやって反応をしてしまったら自由に言われてしまうだけなのに、普段の彼ならそう分かっているはずなのになにをやっているのか。
「いまから行くから待ってろ」
「待ちなさい」
「……だったら煽るのはやめろ」
怖い怖い、またやられても嫌だからこれ以上はやめておこう。
いつまでも通話をしている場合じゃないから切ってお風呂に入ってこないとと切ろうとしたときだった。
……少しだけ意地悪がしたくなって黙ったまま移動することに。
「おい、移動しているのか?」
「いえ、部屋にいるけど」
洗面所に着いたら単純に寒いからさっさと脱いで浴室に突撃。
「おいおいおい、まさかいま……」
「うん? なにいやらしい妄想をしているのよ」
やばい、自分でしておきながらかなり恥ずかしくなってきてしまった、というか音で丸わかりだし。
ビニール袋に入れているだけだというのも不安になるから消して洗面所に出しておきたいけどできない。
……さっさと洗って部屋に戻ろう。
あくまで通話しながら、余裕があるふりをしながらだ。
「ふぅ」
私は彼とは違う、多少のことじゃ乱されない。
「ねえ見て」
「な……」
自分でしておきながら恥ずかしくなって慌てて切るなんてできるわけがない。
でも、先程と違って口数が減ってなにかが変わったことは確かだったからこうさせてもらったわけだ。
「なに? あなたの服を着ているだけよ?」
下着だってちゃんとつけているから問題ない。
あ、だけどそうか、映像じゃそんな細かいところまでは分からないから言葉に詰まってしまうのも無理はないかと勝手に納得していた。
「大丈夫よ、下だってちゃんと短いけど履いているわ」
「寒いだろそれじゃ」
「私の部屋が暖かいことは知っているでしょ」
良かった、気づかれることなく乗り切れた。
……これからはこういう関連のことで揶揄するのはやめようと決めたのだった。
「やあやあ」
もう来なくなると思っていたのにやはり分かりづらい人だというのが正直な感想だった。
「あ、この前はすみませんでした」
「いいよ~、私も悪かったしね~」
絶対に悪かったと思ってねえだろこれ……。
あと、とりあえずは謝っておくという作戦は悪くないな、相手の勢いを少しだけ止めることができる。
「お詫びがしたいから今週の土曜日にお出かけしましょ~」
「え、松葉先輩とふたりきりで……ですか?」
あくまでも柔らかい表情を崩さないままで「うわお、めっちゃ嫌そうな顔~」だなんて呑気に言っている先輩。
「由姫乃ちゃんが来ると普段通りでいられないことが分かったからしょうがないね、今回は我慢して私とふたりきりになってね」
嫌だぁっ、絶対に嫌だぁっ。
どうせまた悪く言われるだけに決まっているんだぁっ。
「あ、どうしてもと言うなら英士くん――」
「そうしましょうっ、木田先輩がいれば最高ですよっ」
「ぶぅ、男の子が来る方が喜ぶんだ」
なんとでも言えばいい、木田先輩がいればその日は大丈夫。
その後は普通に由姫乃と仲良くすれば完璧な休日の完成だ。
とにかくその話を由姫乃と木田先輩にしてみた結果、
「え、やだ」
「えぇ」
残念ながら先輩の方から猛反対されて困るという形に。
「松葉先輩は怖いから嫌だぁ!」
「ま、まあ、落ち着いてくださいよ」
「崇君も分かっているでしょっ? あの人の意味不明さはっ」
確かにそれは分かっている、なるべく関わりたくないというのも本当のところだ。
だが、もう決まってしまったものだから協力してもらうしかないんだ。
この人には悪いが協力してもらうしかない。
「長戸さんでいいでしょ?」
「駄目です、先輩が行けないとなると松葉先輩とふたりきりになるんです、先輩なら可愛い後輩のために――」
「嫌だ、そう言いながら最終的にふたりきりにされるのは僕なんだからあ!」
あっ、くそ、獲物が逃げたっ。
しかも先輩が逃げてからすぐににこにこ笑顔の松葉先輩が来るという最悪なコンボ……。
「あれだけ拒絶されると悲しいけどこれならしょうがないね、私とふたりきりで行動だね~」
「ど、どこに行きたいんですか?」
「きみの家、どうせ由姫乃ちゃんを毎日連れ込んでいるだろうしいいよね?」
毎日は連れ込んでいなくても最近は確かに多いから違うとも言えなかった。
……次は絶対に先輩をぶつけてやるからなっ。
それで、土曜日の午前七時頃に松葉先輩がやって来て固まる。
いや確かに約束はしていたけど早すぎるだろ……。
この先輩は本当に意味不明で叫んで逃げたくなる気持ちが分かってしまったぞ。
「おお、ここが崇くんのお家か~」
「はい、あ、ゲームでもやります?」
「ううん、とりあえず座らせてくれればそれでいいかな」
さて、このまま平和なままで終わるわけがないぞ。
今度こそ俺は余裕な態度のままで終わらせるんだ。
小さいことでイライラするな、ここにはその理由になるかもしれない由姫乃がいないんだから気にしなくていいんだ。
「はい、膝枕をしてあげる」
「え、いいです」
「まあまあ、大丈夫、由姫乃ちゃんには許可を貰っているから」
試しに聞いてみたら確かにそうみたいだった。
「それでも駄目ですよ」
「いいからっ、はいっ」
……柔らけえなおいっ。
差があるのは当然だが、やっぱり人によって違う。
「それにしても英士くんも酷いよね、人を化け物みたいな扱いをしてさ」
「でも、松葉先輩は怖いですよ、いつでも笑顔なのが逆効果と言いますか」
「えー、笑っている方が良くない? 女は愛嬌でしょ」
「いまでも追っているんじゃないですか?」
「あ、それはあるかも、だって英士くんが可愛いから」
可愛いと言われるのもまた微妙なところだろう。
それに身近にはやっぱり自分の好きな由姫乃がいるわけだし、そう簡単に変えることはできないだろうし。
「あ、そっか、男の子なのに可愛いと言われても嫌だよね、そうでなくても失恋中なのに」
「分かったならちゃんと考えて行動してあげてください」
「でもさ、その怖いと感じている相手に膝枕をしてもらいながらそんなことを言うの?」
無視だ無視、思いきり肩を押さえつけられているんだからしょうがないじゃないか。
俺だってできることなら二メートルぐらい距離を作っておきたいところだ。
由姫乃に嫌われても嫌だからな。
「英士くんはいまでも由姫乃ちゃんのことが好きなんでしょ? でも、きみのことを考えてアピールするつもりはないと」
「はい、そう言っていました」
「じゃあ本気で英士くんを狙って動こうかな」
いまのあの状態から仲良くできるだろうか?
なんか余計に酷くなっているしどうなるのか分からないぞ。
「私さ、怖がらせたいわけじゃないんだよ」
そりゃそうだろうよ、そんなことをする意味がないし。
多分そんなことをしたがるのは相当な物好きか幽霊だけだ。
「でも、どうすればいいのかが分からなくて」
「とにかく距離感に気をつけることですね」
お前が言うなって話だが。
「あと、仲良くしたいということをちゃんと伝えましょう、ただ近づいてにこにことしているだけでは困るでしょうから」
「なるほど」
もし由姫乃がただにこにことしているだけでなにも話さなかったら怖すぎて尿を漏らすかもしれない。
笑っていることが完全にいい方向へ繋がるというわけじゃないんだ。
「……なんか上手くいかなさそうだから付き合ってもらってもいい? 簡単に言えば英士くんと会いたいんだけど」
「分かりました、行きましょうか」
警戒されても嫌だからちゃんと松葉先輩のことも説明して来てもらうことに。
そして反応は微妙だったものの来てもらえることになった。
「や、やあ」
「こんにちは」
「松葉先輩は……あ、そこに座っていたんですね」
「うん」
さあ、ここからは松葉先輩自身が勇気を出すしかないぞ。
彼女はこちらを見てから木田先輩の方を見て「仲良くなりたいの」と言った。
珍しくいつもの笑顔を引っ込め、どこか緊張したような感じの顔でだから木田先輩としては驚いているだろうな。
「仲良くしたいってあくまで友達としてですか?」
「あ、とりあえずは……」
「いいですよ、ただ、しつこく追ってきたりしなければですけどね……」
やっぱりまだ追っていたのか。
そりゃにこにこ笑顔状態で追われたら怖い。
それならまだ怒られた方がマシな気がする。
「し、してないよっ、英士くんを見かける度に近づいているだけでさ」
「しているじゃないですか、走ってくるから怖いんですよ」
「わ、分かった、これからは歩いて追うから」
「追わないでください、呼びかけてくれれば自分から近づきますから」
悪いことばかりではないだろうが、近づくなら可愛いのに追うってなると一気に可愛くなくなるのはなんでだろうな。
ただ、俺だって由姫乃が違う男と歩いていたら追いたくなる。
そういう点で言えば俺は松葉先輩に偉そうには言えない人間だった。
「月曜日からまたよろしく」
「はい、待っていますね」
「うん、またね、あ、崇くんもありがとう」
「俺はなにもできていないですから」
なんなら俺は望んでいなかったとはいえしてもらった側だ。
……由姫乃のそれとも少し違う感じが新鮮だったな。
効果的かどうかは分からないが、木田先輩にしてやったらいいんじゃないだろうか。
「はぁ、今日は平和なまま終われて良かったよ」
「悪い人じゃないですよ」
「そうなんだけどさ、んー! はぁ、良かった」
こればかりは松葉先輩本人が頑張るしかない。
怖がらせないようにすればいまよりはマシになるだろう。
「上がってもいい?」
「どうぞ」
あ、俺にとっても良かったとしか言えないか。
今回は最後まである程度の余裕を保持したままいられたわけだし、今日の松葉先輩はどこか落ち着いていてあれなら一緒にいてもいいかなんて偉そうに考えられたぐらいだし。
「勉強をしているところに急に連絡がきたから驚いたよ」
「すみません、松葉先輩に頼まれたので」
「ふたりで行動してていいの? 長戸さんに怒られるんじゃ?」
「一応許可を取っていますし、先輩も知っていますよね? こうなった理由を」
先輩が断ってくれたせいでふたりきりで会うことになったんだから巻き込まれて当然だと思ってもらいたい。
松葉先輩はな、先輩にしか興味がないんだよ。
それなのに、仲良くすればいいのに、何故かたまに俺を経由しようとするから巻き込まれる側としては嫌なんだ。
「ごめん、勇気がなかったんだ」
「それなのによく来てくれましたね」
「あ、まあ、崇君は優しくしてくれているからね」
ちげえよ、俺が動いたわけじゃないぞ。
恋愛関連に関しては余計なことを言わないって決めているんだ、一度破ってしまったがそれ以外ではちゃんと守れている。
今回のは本人から頼まれたからただ連絡をしただけだ。
一応の仲ではあるから俺が誘った方が来る可能性も高かったしさ。
「それに松葉先輩がいい人だってことも分かっているんだよ」
「損していますよねあの人」
「分かりづらいしね」
分かりづらい人間といるのは大変だ。
振り回されることが確定しているというか、こっちがその気になったら離れていきそうな危うさがあるというか、もちろんいいことばかりじゃない。
「さ、助けてあげたんだからお礼をしてよ」
「また急ですね、なにが望みなんですか?」
「ご飯かな、お腹空いちゃって」
「はは、分かりました」
こういう部分は松葉先輩に似ているんじゃないだろうか。
まあ似合わないなんてことはないように思えた。
これまた余計なことは言わないでおいたが。
「起きなさい」
「ん……?」
別に大して違和感もなかった。
父は早めに起きているから彼女が中に入れていてもな。
「寒いわ、中に入るわね」
起きる前に彼女が入ってきて暖かくなる――ことはなく逆に冷たくなったぐらいだった。
何分ここで待っていたんだろうかと聞きたくなるぐらいのキンキンさだった。
「ふふ、あなたは暖かいわね」
そりゃこれまで三枚もかけて寝ていたわけだから当然。
「松葉とはどうだったの?」
「あくまで普通だった、最後に先輩と会わせて終わったかな」
「そうだったの? 結構本気なのね」
ああ、あれは間違いなく冗談は言っていなかった。
心の底から先輩と仲良くしたいという気持ちが伝わってきていたぐらいだし、だからこそ少し動いてやりたくなったのかもしれない……というところだろうか。
「膝枕はどうだったの?」
「柔らかかったな、由姫乃のやつとはまた違った」
「まあ人によって違いはあるでしょうね」
そういえば俺のはどんな感じなんだろうか?
由姫乃は硬いと言っていたが人によって意見が変わりそうだ。
うーん、そんなのを枕代わりにしたら逆に寝られなさそうだけどな。
「最近寒いわよね」
「ああ、まだまだ続くって考えると少し気分が滅入るよ」
「別に早く過ぎてくれたりはしないものね、お風呂とか温かいご飯を食べたりすると満足感は高いけど……あまり得意ではないわね」
冬の嫌な点は布団から出るときに勇気がいるのと、風呂から出るときに勇気がいるのと、というところか。
確かに彼女の言うように温かい飯を食べると元気になれる、ようなそうではないような……。
「あと、ついつい買い食いをしてお金がなくなってしまうのよ」
「おでんとか好きだもんな」
「そうよ、コンビニで気軽に買えてしまうのが悪いっ」
他にも肉まんとかコロッケか――って、コロッケ好きすぎるだろ俺よ。
まあ……あの出来たてサクサクさが悪いっ。
「昔と違ってあまり動きたくなくなったのも痛いところね」
「いいだろ、休みぐらいはごろごろしていりゃ」
「大抵日曜日になると誰かさんに呼ばれるんだけど」
「今日のは由姫乃が勝手に来ただけだけどな」
つかその寒い中、よく朝早くから来たもんだな。
家だって特別近いというわけじゃないのにな。
「ま、ゆっくりしていってくれ、俺は二度寝すっから」
「ええ――ってなるわけないでしょうが、もう起きなさい」
「大体、いま何時だよ?」
「もう十一時ね」
全然朝早くねえじゃねえかっ。
あくまで普通の時間という感じ。
何時からいたんだ本当に由姫乃は。
「腹減った、なにか作って食うかな」
「それなら私に任せなさい、オムライスを作ってあげる」
「おう、頼むわ」
俺はその間に風呂掃除を終わらせてしまおう。
父は日曜日が完全に休みで、そのときだけは家事なんかも休もうとするから俺がやるしかなかった。
今日も今日とて街を作っているんだろうなと想像しつつごしごし磨いていく。
人工が増えすぎてかくかくになっていたんだけどそれでも満足なんだろう。
「お、エプロン似合っているな」
「昔から使用しているものだから」
「ん? ということは最初から作りに来てくれていたのか?」
「そうね、まさか十一時近くまで寝られるとは思わなかったけどね」
彼女は少し呆れたような表情を浮かべつつ「そのせいでひんやりとした部屋でひんやりする羽目になったんだから」なんて言ってくれたが、別に頼んでないんだから自宅にこもって暖まっていればなんて思ったが言うのはやめた、可愛げがないしな。
「父さん、どうなんだ?」
「ま、まさか崇から聞いてくれるなんて思わなかったぞっ、ほら見てくれっ、この前よりも進んだんだ!」
あー、でも確かにセンスはある気がする。
と言うより、拘っていることは素人の俺にも分かるレベルか。
休みなんだから寝ておけばいいのにとは思わなくもないが、休みにしかできないゲームをして癒やされてほしいという考えもあるから難しかった。
「はい、宏崇さんもどうぞ」
「おお、ありがとなっ」
「いいから食べなさい、崇も」
「おう、さんきゅー」
おお、卵が半熟で美味しいな。
やろうと思っても中々難しいし、やり方を見てみても実際に上手くいくかどうかは分からないのにすごい、レベルが高いぞこれ。
「すごいな」
「普通よ普通、それに宏崇さんの方が上手じゃない」
「まあ一応生きている年数が違うし、やってきている年数が違うから下手くそだったら困るよ」
大丈夫、父もレベルが高いから。
母なんて夕方頃まで出てこないからマシだ。
街作りでもやってくれていた方が俺的には良かった。
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