04話.[ざわついていた]
「そこに座りなさい」
「おう」
指示された場所はソファではなく床だった。
それから、彼女はこっちの腕をつねりつつ「これはどういうこと?」と聞いてきた。
これはまたなんともピンポイントなところを撮られたものだと内でため息をつく。
会計を済ませて名字及び名前も知らない先輩とふたりだけでいたところを撮られるなんてな。
「先程のそれと関係あるの?」
「ああ、なんか木田先輩に興味があったみたいでさ」
「その割にはふたりきりだけど」
「それはあれだ、先輩が代わりに会計をしてくれていたんだよ」
嘘をつく必要がないから全部最初から説明した。
別に駄目だなんて言われていないし、由姫乃に嫌われるぐらいならあの人に嫌われてしまった方がいいから。
「……まあいいわ、信じてあげる」
「おう、気になるなら明日連れてくるからさ」
「いいわ、あなたはあまりあの人と行動しないで」
そりゃできることならそれが一番だ。
俺だってなるべく由姫乃の要求を受け入れたい。
ただなあ、あの人が簡単に言うことを聞いてくれるとは思えないんだよなあ。
「今日はどんな用事だったんだ?」
「ただ私の友達の好みを聞いてきただけだったわ」
「なるほど、その子に興味があるのか」
「ええ、そうみたい」
こういうこともあるから紛らわしいんだ。
だからって止めるわけにもいかないからどうしようもない。
「ほら、ここに頭を乗せなさい」
「お、してくれるのか、じゃあしてもらうかな」
ああ、明らかに違う柔らかさがすぐに主張してきた。
あと、彼女の匂いが強くなった気がする。
落ち着く、なんか母親に甘えたときみたいな感じがある。
まあいまの母に甘えるなんて恥ずかしすぎて無理だけどな。
そんなことをしようものなら一年は揶揄されてしまうから。
「俺、由姫乃の匂いが好きだ」
「自分ではよく分からないわ」
「母親みたいな感じだよ」
「ふふ、母性があるということかしら?」
「そうだ、一緒にいると落ち着くからな」
やっぱり違う男に取られたくねえな。
いつだってこうして側にいてほしい。
「ん? なによ?」
「いや、やっぱり女子である由姫乃にされる方が好きだなって思ってさ」
握った手を離して自由を返す。
でも、結局言うことができなかった。
ヘタレ野郎が、先輩と同じになるぞこれじゃあ。
「そりゃまあそうでしょうね、私がしてもらう側だと髪を持っておかなければならないわけだからね」
「それは由姫乃が気にしてくれ」
「いいのよ、あなたがいてくれるもの」
「せっかく綺麗なんだからちゃんとしてほしいもんだな」
っと、そろそろ帰らないといけないな。
由姫乃の家にいたとか言ったら絶対になにか言われる。
「まあ待ちなさい」
「ん? ――は!?」
「ふふ、それじゃあまた明日にね」
いや……こんなことは絶対に言えないぞ。
というか、今日寝られるかどうかも分からなかった。
「やあやあ」
「あ、おはようございます」
どうせこの先関わることになるんだし名字だけでもと言ってみたら「松葉だよーん」と教えてくれた。
「それで今日はどうしたんですか?」
「歩いていたらやたらとそわそわしているきみの背中を見つけてね、気になったから追ってきちゃった」
仮に額であったとしても口づけなんかされたら普通にそうなる。
木田先輩と同じぐらい由姫乃という人間も分からなくなってきそうなぐらいだ。
「長戸ちゃん関連のことかな?」
「まあ、そういうことになりますね」
「焦ったら駄目だよ~? 焦ってがつがつ行っちゃうと女の子から引かれちゃうからね」
こっちにそんな気はなかった。
ただ、向こうがそうなるような理由を作ってくれたことにいまはなんでなんだ……という思いしかない。
「あ、木田くんだっ、木田くーん!」
つか、普通にでけえ。
木田先輩よりも高くて、俺よりも少し低いくらいだ。
当然、由姫乃はそんな木田先輩よりも小さい。
特別低いというわけではないが、松葉先輩を見てからだと物凄く差を感じ、
「ぐぇ」
「約束、守ってくれていないじゃない」
ている場合じゃないな、いまあったことを説明しよう。
――じゃねえ、なんでここまで普通でいられるんだ彼女は。
あれは事故じゃない、彼女の意思で行われたことだぞと内は大暴れとまではいかなくても落ち着きがなくなり始める。
「つか由姫乃っ、昨日……」
「昨日がどうしたの? あ、膝枕が最高だったとか? ふふ、また今度してあげるわ」
「そうじゃなくて……」
「なに?」
ああ、そういうことか、なかったことにしたいんだな?
それなら俺も忘れてやることにしよう、それが一番だ。
というか、気にしていたら睡眠とか食欲とかに間違いなく影響するだろうからそうするしかないと言うのが正しい。
「あ、今日の放課後は予定を空けておいてね」
「分かった」
放課後にはどうせなにもないから丁度良かった。
しかも他の男とじゃなくて俺を選んでくれているんだからいいことしかない。
別にそういうつもりじゃなくてもだ。
そういうのもあって朝から少しテンションが上がっていた。
それでもその放課後に疲れることにならないようある程度に抑えて過ごしていた。
「崇君助けてくれっ」
「えっ?」
唐突にやって来た先輩が俺の後ろに隠れる。
それからすぐに松葉先輩もやって来てあまり軽くはないであろう先輩を持ち上げ始めて。
「なにをしているのよ」
「あ、長戸ちゃん!」
ただこの先輩、やっぱり笑顔が似合う気がする。
やる気がないわけではないな、マイペースさが相手にどう影響するのか分からないのがなんとも言えないところだが。
「あんたなんなの? 木田の彼女?」
「うーん、彼女というかお姉さん的な存在かなあ」
「とにかく持ち上げるのはやめてあげなさい、涙目になっているから」
彼女に言われた通り先輩は木田先輩を床に下ろしたものの、なんか完全に木田先輩の方は駄目になってしまっていた。
……こっちにしがみついてくるのはやめていただきたい。
間違いなく面倒くさいことに繋がるからな。
「ごめんってば、謝るから許してよ」
「……怖いです」
「大丈夫、ほらおいで~」
そうでなくても失恋中なのに可哀相になってきたな、仕方がないから少しは動いてやるか。
友達だから、少々酷だけど由姫乃を守るために協力している関係だから――だから多少はその相手のためにもやらないといけないんだと片付けて。
「待ってください、とりあえずいまはやめてあげてください」
「んー、分かった、八幡くんに任せるね」
「はい、放課後になったら返しますから」
「あーい、それじゃあまたね~」
よし、これでいつも通りの木田先輩に戻ってくれるはずだ。
「ありがとう……情けない先輩でごめんよ」
「大丈夫ですよ、由姫乃」
「そうね、少し教室から出ましょう」
なにをしたのか気になるが聞きたくない自分がいる。
いまでも巻き込まれたくないという気持ちは一応あるからだ。
そりゃ誰だって面倒くさいことになると分かっていたら自衛するだろって話。
「はい、飲み物をあげるわ」
「え、いいの?」
「まあね、崇のせいで酷い目に遭っているみたいだし」
待て、俺のせいじゃないだろっ。
興味を示した的なことを言っていたがそれは先輩にだぞっ、なんでそういうことになっているんだっ。
「今回の件で崇君は悪くないよ」
「そうなの? 発端が崇だと思っていたわ」
「なんか興味を示したらしくてね。確かに崇君にもそうだったんだけど長戸さんのことが気になっているからということで僕メインになったというか、あ! もちろんそんな甘いことはないからね? もう追われて気分があれだよ……」
悪意は恐らく……ないはずなんだ。
でも、急に現れて、急に興味があるとか言われて追われたら確かにそのようになるだろうなとは想像できる。
困惑することしかないだろう。
だけど強く言うことができないから助長させるだけというか……。
「なにひとりでぺらぺら喋っているのよ」
「ははは……はぁ」
「放課後、私と崇も付き合うから話し合いをしましょう」
「いいのっ? 崇君も……いいの?」
「あ、まあ」
えぇ、まさかそのために空けておいてくれと言っていたわけではないよな?
まったく……、そういうことをするから無駄に犠牲者が増えるんだぞ由姫乃っ。
優しくされたら男ってのは簡単に揺れてしまうものだというのにそれが全く分かっていない。
なんで告白されることが増えているのか、その理由を理解してほしいものだがな。
先輩はどこか安心したような表情を浮かべつつ戻っていった。
「そういうところだぞ」
「え?」
「そうやって優しくするから由姫乃のことを好きになる人間が増えるんだ」
俺は違う、俺はちゃんと言える。
この前はヘタれたが、いつもなにも言えないわけじゃない。
しかし彼女は、
「ふふ、それならあなたに優しくすれば好きになってくれるの?」
と、あくまで楽しそうに言うだけだった。
「松葉です、よろしく~」
「私は長戸由姫乃、よろしく」
松葉先輩は常に柔らかい表情を浮かべている。
いま気になることは、由姫乃が怒ることなく先輩のマイペースさに付き合えるかということだった。
というか、平和のまま終わってくれないと困る。
何故なら、……出かける約束がなくなってしまっている状態なんだからな。
「木田先輩、もっと堂々といてくださいよ」
「ふ、ふたりがいてくれても怖いよ……」
主に話し合ってくれるのは由姫乃のようだ。
俺達ふたりは黙っていることが仕事――と言うよりも、それしかできないというのが正直なところだった。
「あんたは木田に興味があるのよね?」
「そうだよ~、木田くんは可愛いからね」
「かわ……いいかどうかは分からないけど、それにしてもアプローチの仕方はもう少し考えてあげなさいよ」
そこだ、そこを考え直せば木田先輩が逃げることもなくなる。
そうすれば松葉先輩にとってもいいことに繋がるだろうが、現状はそれができていないから逆効果にしかなっていないという感じか。
「そうなんだよね~。本人に警戒されちゃっていたら意味がないって分かっているんだけどさ、木田くんを見つける度についつい追っちゃうんだよ」
「追わなくていいのよ、普通に話しかけて仲良くすればいいの」
「普通って?」
「え? 普通は……普通よ、木田くんって話しかければ……」
「なるほど、木田くんっ!」
彼女が追加で声の大きさにも気をつけるようにと言っていた。
背後から急に大声で話しかけられたらびくりとするからもっともだ。
正面から話しかけられていてもそうなっているわけだし。
「よし、木田くんのことは私に任せてよっ――と言いたいところだけど、一対一だとこうなるから八幡くんに付き合ってもらおうかな」
「まあいいですよ」
流石にこのまま松葉先輩に任せるわけにもいかないからしょうがない。
それに由姫乃にはまた今度付き合ってもらうつもりでいるから焦る必要はないだろう。
「そっかっ、長戸ちゃんもいいかな?」
「ま、崇がいいって言っているんだからいいんじゃない」
「よし、決まりね、今日はこれでかいさーん!」
とりあえず由姫乃を家まで送ってから合流。
と、言うよりも、木田先輩が俺に引っ付いたままだったから逃げることが不可能だった。
「まあまあ、そこまで警戒しないでよ~、ほらおいで~?」
「木田先輩」
「わ、分かりました……」
友達の家の猫を預かったような気分だった。
人間でも最初はそういうものだよな、相手がぐいぐいきすぎるとこういう風になるんだということがよく分かった。
「はい、手を繋ごー」
「え、あ、はい……」
「大丈夫、食べたりしないから」
松葉先輩が猫で木田先輩が鼠みたいな感じだろうか?
大丈夫、種が違っても仲良くすることはできるさ。
「木田くんは長戸ちゃんのことが好きだったんだよね?」
「はい、好きでした」
「でも、八幡くんのせいでそれも上手くいかなかったと」
「違います、それは僕が情けなかったからです、彼は振られた理由の中には一切入っていませんからね」
先程までとは全く違う雰囲気。
こういうところをもっと前から由姫乃が見ることができていたとしたら、一方的に振られるようなことにはなっていなかったかもしれないということが想像できた。
強いな、堂々と言えるところが特に。
こういう存在が何人も現れたら由姫乃が離れていってしまうかもしれないという不安が出てきてしまうぐらいには強かった。
「そういうところだよ」
「え?」
「そういう真っ直ぐなところが気になった理由だよ」
彼は柔らかい表情を浮かべて「そうだったんですか」と。
興味があるとだけ言われても困惑するだけだ、けれどいまははっきり言ってくれたわけなんだからそりゃそういう顔にもなるよなって。
「対する八幡くんは距離が近いのをいいことに油断している人だからね、まったく駄目だね」
「そうですね、いまのままなら駄目だと俺も思っています」
いまのままじゃ絶対に取られて終わる。
嫌なんだ、由姫乃の近くにいる男は俺でいい。
だって向こうだって多分、それを求めてくれているんだから!
だったらそう、ちゃんと向き合ってやらないとな!
「あら、認めるんだ?」
「はい、木田先輩がこんなに真っ直ぐに生きているんですからね、多少は後輩である自分も真似しないとって思いまして」
「ほうほう、いいねっ、木田くんはいい子だからねっ」
「そうですね、木田先輩はいい人ですよ」
帰ろう、俺の役目は終わった。
ただそこでひとつ問題が。
このまま帰るか由姫乃の家に寄る……いや、必要ないな。
「盗み聞きは良くないだろ」
「いいじゃない」
いや、良くないだろ……。
俺だって口にはしたが実行することはしなかったんだから。
「ああやって好きって言い切れるのは木田のいいところね」
「だな」
先輩としては複雑だろうが。
好きだったのに告白することすら叶わなかった。
でも、こういうときに限って本人に聞かれているというね。
俺が先輩の立場で後からそれを知ったら寝込むぞ絶対に。
「あなたは?」
「あんたって言ったりあなたって言ったり忙しいな」
「話を逸らさないで」
今日から変えるんだ。
明日からにすると明日の自分がその明日の自分に任せかねないから今日の自分が頑張らないとないけない。
「由姫乃を振り向かせてみせるよ」
「ふふ、そうなのね」
「ああ、だから相手をしてくれよ? それこそ避けられたりなんかしたら俺は寂しさから寝込む自信しかないからな」
頑張ろうとしている分、これまでとは変わってくる。
その状態で冷たくなんかされてみろ、簡単に諦めて、関わることすら今度こそしなくなるかもしれない。
メンタルが強いわけじゃないからだ。
そこは由姫乃も理解しているだろうからあまり心配もしていないが……。
「あら、それはあなた次第よ」
「はは、そうだな」
近くにいてもらいたいなら近くにいてもらえるように頑張らなければならない。
なんにも頑張らずに得られることなんてないんだからちゃんとだ。
「ん」
「え? あ、なるほど」
彼女の手は身長と似たような感じで小さかった。
でも、なんか頼りがいある感じがして安心できたのだった。
「というわけなんだよね~」
これだけは何故だか変わらなかった。
俺は毎日、どうなったかを報告されるようになっていた。
終わったはずなのに、もうふたりだけで十分だったはずなのにどうしてかこうなっている。
「良かったですね、警戒されなくなっただけでも違いますから」
まあそれでも大人な俺はちゃんと相手をしてあげていた。
違うか、相手をしないとしつこく追ってくるからだ。
まだ悪い癖というのが直ってないらしい。
すぐには変われるわけではないことは最近の自分を見ていれば分かるから責めるようなことはできないが。
「忘れてないよね?」
「は、はい?」
「八幡くんとも仲良くしたいって言ったよね?」
「あー、そういえば言っていましたね」
こういうタイプを好きになっても大変そうだ。
凄く近くにいたと思ったらいつの間にか他の男子のところにいるんだから、そのくせ、なにもなかったかのように戻ってくるんだから男側としてはたまったもんじゃないだろうな。
「というわけで、長戸ちゃんも一緒でいいからお出かけしよう」
「じゃあ木田先輩も誘いますね」
「うんっ、四人で行こ~」
上手いな、由姫乃がいれば来るって分かっているんだ。
くそ、単純な男だな俺も、由姫乃がいればそりゃ行くからな。
つか俺は由姫乃のことが好きすぎるだろ……。
その由姫乃は今日も男女問わず会話をして楽しそうにしているというのになにをやっているのかという話……。
「私は木田くんと手を繋いで歩くから八幡くんもね」
「それは分かりませんよ、由姫乃が許可してくれなかったら話にならないですし」
「あれえ? 男の子なのにそこでヘタれちゃうの?」
は? なに煽ってくれているんだこの人っ。
俺だってやるときはやる、それにいまはもう動くと決めているんだから余裕に決まっているじゃないかと、既に余裕のなさを表に出しすぎてしまっていた。
「分かりましたよっ、許可すら取らずにやってみせますよっ」
「うん、約束ね」
松葉先輩は破ったら罰があるからと残して出ていった。
手を繋ぐぐらいできる、必要以上にびくびくする必要はない。
「由姫乃」
「珍しいわね、自分から話しかけてくるな――」
「デートしようぜ」
細かいことは説明せずに真っ直ぐと。
漫画みたいにベタでいい、行ったらふたりきりじゃなかったという方が彼女的には楽になるだろう。
別にこういうのが嬉しいと感じるというわけではないだろうし、あくまで普通の感じ、自分らしく存在していればいいのだ。
固まってしまった彼女の顔の前で手を振ると戻ってきてくれて一安心。
ただまあ、教室内というか彼女の周りにいた人間的にはそうではなかったらしく、ざわついていたがな。
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