03話.[そうなりますよ]

「八幡君、聞いておくれよ……」

「分かりました」


 放課後、約束もあって教室で待っていたらダメージ大といった感じの先輩がやって来た。

 これまでなんだかんだ言いつつも付き合ってくれていたのに唐突な終了宣言だ。

 ダメージを受けないわけがないか。


「あ、ファミレスにでも行きます?」

「いや……ここでいい」

「そうですか」


 先輩は前の席に座ると突っ伏してしまった。

 こちらはなにも言わずにそんな先輩を見て、まあこういうこともあるよなあってなんとなくそう思っていた。

 いいことばかりじゃないんだ。

 何事もそう、いい部分もあれば悪い部分もあるということだから。


「振られたんだ」

「すみません、由姫乃本人から聞いていたので」

「それは君だと決めたからなの?」

「いえ、単純にそういう風に見られなかったからだそうです」


 とはいえ、先輩は十分そういう機会を貰っていた。

 由姫乃はちゃんと付き合っていた、そのうえでこの判断なのだから責められない――というか、振られたからって責めるというのは自分勝手だとしか言いようがない。

 先輩はそういうことをしないから特に言う必要もないが、逆ギレするような人間がいたらまず間違いなくぶっ飛ばしている。


「やっぱり付き合ってもらってもいい?」

「いいですよ、行きましょうか」


 弱々しいものでも笑みを浮かべられるのは強いな。

 優しくて好きだなんだと言っても離れるのは恐らく一瞬だ。

 多分そうなる、他の人間を見つけて離れていくだろう。

 そうしたら俺はいまの先輩とまではいかなくても、同じようにダメージを受けることになる、かもしれない。

 だからそうならないために適度な距離感でいるのが一番だが、それを見極めるのがまた大変なんだよなあと。


「終わりは唐突だね」

「ですね、由姫乃に特別な人間ができたら俺もそうなりますよ」

「はは、やっぱりそういう風に見ていたんだね」

「違いますよ、単純に友達が取られるみたいで嫌なんです」


 これまでそういう人間が出てこなかったからそういう人間が出てきたらそちらにばかり傾きそうで怖いんだ。

 多分どころか絶対と言っていい程、俺の存在なんて忘れられるだろうから想像するだけで普通に寂しい。


「今日長戸さんは?」

「もう帰りました、母になにかを頼まれていたみたいですね」

「そっか」


 疑いたくはないが一応見ておかないとな。

 怖いのは振られてからだから少し意識を割いておかないと。

 余計なことは言わずにただとしていればいい。


「俺で良ければ付き合いますよ、カラオケでもなんでも」

「はは、お金は僕に出せってことか」

「いえ、自分で払います」

「じゃあこの後に付き合ってもらおうかな、宇宙のことを調べることと同じぐらい歌うことも好きなんだ」

「はい」


 これも全ては由姫乃のためだ。

 あとはまあ、一応本当に友達だから。

 すぐには無理でも少しぐらいはって考える可愛い後輩心だ。

 で、その後は約束通りカラオケ店に行き聞き専に徹して、大体二十時頃に自宅に帰ってきた。


「おかえり」

「おう」


 連絡はしてあるから怒られることもない。

 それに父だって男なんだから振られた人間の気持ちだって分かるだろうし。


「しかしあれだな、崇が振られたかと思ったけどな」

「告白なんか誰にもしたことないぞ」

「良かったな、まだ由姫乃ちゃんとは友達でいられるわけだし」


 それがそうでもないような気がするんだ。

 このまま一緒にいたらもしかしたらアホな自分も出てくるかもしれないから。

 もしそうなったら間違いなく今日の先輩みたいに付き合ってもらうことになってしまうことだろう。

 だから、休日に遊びに誘ったりとかはしないようにした方がいいかもしれない。

 学校でもあまり話さないようにするとかそういう自衛が必要だ。

 ただ、適度にしておかないと相手に感づかれてしまうから難しいところで。


「由姫乃と仲良くするのはやめるわ」

「は? なんでだよ?」

「非モテだから一緒にいると好きになる可能性が高くてな。そうなったらほら、分かるだろ?」


 上には上がいるだろうが由姫乃の例しか知らないからそれで言う。

 由姫乃を好きになったらまず間違いなく苦しくなったうえに、告白することも叶わずに散りそうだからやめておくしかない。


「はははっ、確かに振られる可能性は高いな、一緒にいられても進展できる可能性なんて半分にも満たないわけだし」

「だろ」

「でも、悲しませるようなことはするなよ」


 分かっている、そんなことをしたら面倒くさいことになるからな。

 気づかれない程度にさり気なくを心がけて行動するんだ。

 先輩のそれが今日だけで終わるとは思えないからそれに付き合っていればいい。

 悪いが利用させてもらうことにしよう。

 つか、そうしないと普通に寂しいからな。




「ねえ、なんか距離を感じるんだけど」


 一週間後、俺はじとっとした目で見られていた。

 下手くそすぎだろ俺とツッコんでも遅い。

 彼女は再度「ねえ、なんか距離を感じるんだけど」と。


「もしかしてだけどさ、私のこと避けてない?」

「さっ、けてねえよ、ちゃんと挨拶とかだってするだろ?」

「それはそうね、でも、お昼ご飯を食べようと誘ってもいつも逃げるじゃない。いつもなら一緒に食べているところなのに」


 そんなことはないっ。

 彼女は友達が多くてそちらを優先することも多々あるからだ。

 そのせいでよくひとりで食べる羽目になっていたんだぞとツッコミたくなったが我慢。


「それに休日に遊ぼうと連絡しても用があるからとかで断ってくるじゃない、どうせ休日は暇人のくせに」

「お、俺にだって用事ぐらいあるわ」

「じゃあ言ってみて」


 ……単純に十一月が近づいて寒いからというのもある、単純に自分が決めたことを守るために動いているというのもある、単純に高校生とかと遊ぶと金を使うことになってしまうから気になるというのもあるんだ。


「あ、ほらっ、友達が呼んでいるぞっ」

「ここには私達以外に誰もいないじゃない」


 確かにそうだ、なにを言っているのか。


「正直に言って」

「……由姫乃を好きになったら大変だからあんまり仲良くしないようにと動いていたんだ」


 こうなったら隠すのは不可能だ、吐いて笑われてしまった方が絶対にいい。


「大変って?」

「そりゃ大変だろ、しかも振られた人間を今回ははっきりこの目で見ることになったからな」


 ずっと片思いとかそりゃ辛いだろ。

 自分が好きでいる間にも違う男に優しくしていたりしたら嫉妬で狂いそうだ。

 普段は近い距離にいた分余計にそうなるはずで。


「ああ、告白されることが多いからということね、私のなんて少ない方だと思うけど」

「あとは友達も多いだろ」

「というか」


 彼女はにやりとやらしい笑みを浮かべて、


「もしかして私のことが好きなの? あ、いえ、私のことを好きになりそうなの?」


 と、聞いてきた、俺は同時にやはりそうだと確信。

 彼女には気持ちのいい笑みや可愛らしい笑みよりもこういう悪い感じがよく似合うということが分かった。

 ……単純に前者のそれを直視すると駄目になるからというのもあるのかもしれないが、後者のは本当に自然なんだよなあと。


「多分、普通にこれまでの距離感でいたら好きになっていたな」

「そうなのね」

「だから分かってくれ、非モテ野郎の気持ちというやつを」


 モテている人間に理解してくれと言うのはわがままかもしれないがな。

 ただ、せめてちゃんと言ってからにすればよかったと反省した。


「嫌よ、あなたといられないのは嫌」

「いや、挨拶とか世間話ぐらいだったりはするからさ」

「嫌、遊んだりできないと寂しくて死んでしまうわ」


 それはどこの世界線の由姫乃だよ。

 ぐっ、こう言ってくれているのに貫くのもなんだかあれだ。

 とはいえ、あっさり意見を変えて仲良くするというのも……。

 だって、こんなことを言っておきながらどうせすぐに離れていくだろ。

 寧ろ俺がその気になればなる程、その可能性が上がるんだ。


「やっぱり俺は――」

「駄目よっ」

「は、離せ離せ」

「あ……ごめん」


 まあ……とりあえず帰るか。

 それこそ部活もやっていないのに残っていても仕方がないし。


「私を避けるくせに木田とは一緒にいたとかおかしいでしょ」

「分かったから、もうやめるよ」

「次にしたら怒るから」

「分かった、もうしない」


 父に知られたら笑われるだろうからばれないようにしないと。

 あと、これじゃあまるで構ってほしくてしたみたいだぞ。

 断じてそういうつもりはなかった、勘違いされていなければいいが……。


「あ、そういえばもう出かけたのか?」

「ん? あ、出かけたわよ、普通に平和なまま終わったわ」

「そうか、良かったな」


 彼女は少し呆れたような表情を浮かべつつ「分かりきっていたことよ」と吐いた。

 無根拠になに言っているのか、やれやれ。


「今日はこのままあなたの家に行くわ」

「あんたはやめたのか?」

「細かいことはどうでもいい、早く」


 まだ父もいないだろうから大丈夫だと思いたい。

 だから今日に限って早く帰ってきているわけがないと考えながら帰ったわけだが、


「よう、あれ? あれえ?」


 残念ながら家にいたため由姫乃は部屋に連れ込むことに。

 あと街作りゲームをやりすぎだ、どれだけ好きなんだよ。


「宏崇さんのあの反応はなに?」

「ああ……由姫乃と仲良くするのはやめるって言ってあったからさ……。それなのに息子があっさり由姫乃を連れてきたんだ、あとは説明しなくても分かるだろ?」

「馬鹿、やめるとかおかしいから」

「ま、無理があるとすぐに分かったよ、寂しかったしな」


 情けない話だ、一週間まともに一緒にいられなかっただけで(自分のせい)こうなんだから。 

 本当に馬鹿だとしか言いようがない。


「膝貸して」

「おう」


 よし、これからは彼女の髪を持ち上げる専用の人間になろう。

 字面だけで見ると相当気持ち悪いが、床だからって汚れていないというわけではないからな。 

 これぐらいでいいでいいんだ。


「ねえ」

「ん?」

「今日はずっとこのままがいい」

「はは、それは辛いな、もう二本足がないとな」

「後半は私がしてあげるから」


 そんなことになったら彼女が帰った後に酷い目に遭うぞ。

 一週間どころか一ヶ月間ぐらいそれで揶揄されかねない、あとそれで脅されて手伝いとか沢山やらされるかも……。

 でもまあ、彼女が自分の意思でここにいてくれているんだから受け入れておくか。

 悲しませるなと父に言われたわけだし。


「頭を撫でてて」

「ほい」


 こっちを向いているわけではないからどういう表情を浮かべているのかが分からなかった。


「入るぞー」


 別に父がやって来たって彼女は変わらない、あくまでこちらに体重を預けたまま対応。


「由姫乃ちゃん、今度一緒にやらないか?」

「なにを?」

「街作りだ」

「崇を誘えばいいじゃない」

「崇は駄目だっ、こいつはなにも分かってないっ」


 分かっていないのは父だ。

 大して好きでもない人間に嫌々やられるよりはSNSでも利用して仲間を探してやった方が遥かに有意義な時間を過ごすことができる。

 そういうのは個々のセンスが問われるものだし、自分だけでは考えつかなかったお洒落な街作りだってできるようになるかもしれない。

 そういう意味でも悪くはないだろう。


「それより由姫乃ちゃん、普通は逆なんじゃないか?」

「でも、いい感じの硬さなのよ」

「崇としては女の子である由姫乃ちゃんにしてほしいと思うけど……」


 それ、俺も本当ならしてもらいたい。

 でも、直接言うのは正直微妙なところがあるからこうやって従うしかなくなるのが常というところだ。

 父が言うことでなにかが変わってくれればいいが、まあこれまでもずっとそうだったんだからそんな簡単には変わらないだろうなと諦観気味な自分がいたのだった。




「いいなあ」

「は、はい?」

「いいなあ、長戸さんと仲良くできて」


 仲良くしていないと言ったら嘘になるから違うとは言えなかった。

 当たり前かもしれないが未練たらたらだ、まだ全然捨てきれてはいない。


「贅沢だよね」

「まあそう言いたくなる気持ちは分からないでもないですけど……」

「その距離感でいられているんだからさっさと付き合ってしまえばいいのに」


 この距離感だからこそ難しいということもある。

 幼馴染が一歩踏み込むことに躊躇するように、距離が近いからって踏み込みやすいというわけではないのだ。

 まあ俺らは幼馴染ではないが、多分先を求めるといまのいい感じが崩れてしまう可能性の方が高いから。


「まあ許してくださいよ、こうして付き合っていますよね?」

「じゃあ崇君って呼ばせてもらうよ」

「ん? なんでそうなるのかは分からないですけどいいですよ」


 ただまあ、俺がこうして今日先輩と過ごしている間にも由姫乃が他の人間と過ごしているわけだから気になるがな。

 変な人間でなければいいがと、変な人間が考えている。


「よし、それじゃあ一緒に長戸さんを守ろうよ」

「はい、心配になりますからね」


 自分の魅力それを理解しているのかしていないのか分からないが、とにかくなにも起こらないなんて楽観しているから不安になる。

 この前もなにかがあったみたいだし、それを吐いてくれないのがいまは一番気になるところだった。


「安心してよ、君から奪おうとなんてしないから」

「疑っていませんよ、先輩はいい人ですからね」

「いい人か、いいのか悪いのか分からないね」


 確かにそうかも。

 いい人であろうとして、積極的になりたいのになれずにその相手を失うことになるなんてな。

 もちろん、いい人なら必ず失敗するというわけではないものの、今回の先輩は実際にそうなったわけだから。


「それでどうする? 長戸さんはまた知らない男の子と一緒にいたわけだけど」

「別にみんなが悪者ってわけじゃないですからね、なにかがあったら由姫乃の態度に出るでしょうからこっちは様子見ですね、あ、尾行とはなしで」

「分かった、そんなことをしたら嫌われかねないもんね」


 隠すのが上手い人間でもあるから難しい。

 態度に出るのは本当に最後、追い詰められているときだけ、抱えきれなくなったときだけだから困る。


「おーっす」


 ん? 誰だ、元気そうでそうじゃない、少しやる気のなさそうな女の人がやって来たが。


「先輩のお知り合いですか?」

「いや、僕も知らないよ、崇君のお友達じゃないんだね」


 知らないぞこんな人。

 ひとつ分かっているのは最上級生だということだけ。


「やあ」

「ど、どうも」


 こういうマイペースさは見習いたいところではある。

 多分、なにかが起きても乱されることもなく相手をすることができると思うから。


「きみが八幡崇くん、そっちの子が木田英士くん、だね?」

「「はい」」

「おお、良かった良かった、間違っていたら失礼だからねー」


 改めて考えると先輩の名前って格好いいな。

 俺の名前はたたりって字と似ているような気がするからなんとなく微妙な気持ちになることもある。


「よし、いまからファミレスに行こ~」

「「え」」


 向かっている最中、何度聞いても躱されてしまって理由が分からなかった。

 ファミレス店内に入ってからも、ドリンクバーなどの注文を済ませてからもそう、この先輩は意味不明すぎた。


「私、八幡くんにも興味はあるけど木田くんに特に興味があるんだよね~」

「僕にですか?」

「うん、だって可愛いから」

「「可愛い……?」」


 名字及び名前も知らない先輩はどこかずれていた。

 俺的にはできる限り関わらない方向で過ごしたい。

 だって絶対に面倒くさいことになるだろ?

 幸い、木田先輩に興味があるみたいだから押し付けておけば問題もないし。


「後で付き合ってね」

「は、はあ」


 よしよし、あとは最後まで付き合って今日限りにすればいい。

 そうすれば平和な生活に戻れる、別になにかをされるとは決まっているわけじゃないけどさ。


「あ、近づいた理由を言っていなかったね」

「どうしてですか?」

「私、無害そうな男の子を探していたんだよ。で、ふたりに絞られたわけなんだけど、八幡くんは長戸ちゃんのことが気になっているようだから木田くんにって感じかな」


 無害そうな男子なら他にも沢山いると思うが。

 まあ先輩が無害だというのは本当のことだ、見る目はあるのかもしれない。

 でもよ、由姫乃のことを気にしているのは寧ろ先輩の方だと思うとかそういうことは言わない方がいいのだろうか?


「あ、でも、長戸ちゃんのことが気になっている八幡くんを私色で染めちゃっても面白いかもしれないねえ」

「冗談はやめましょう」

「ははは。そうだね、そんなことはしないよ、関係の長さを考えるとできるとも思えないし」


 色々知っているんだな。

 由姫乃と仲良くすることでいい相談相手になってくれたりとかしないだろうか?

 いや、しないか……。


「だから木田くん、私と仲良くしてね」

「あ、それはいいですけど」

「八幡くんも仲良くしてね」

「あ、はい」


 って、結局こっちもなのかよ……。

 なんとか押し付けることができないだろうか?

 ……ナチュラルにクソな思考をしているのは分かっているが、なるべく急激な変化が起きないようにしたいからな。

 まあいい、このことを由姫乃にも話しておこう。

 聞いてみたら自由にしてくれて構わないということだったから余計な情報だとしてもな。

 ふたりはふたりだけで行動するみたいだったから別れて由姫乃に連絡をする。


「あんたいまから来れる?」

「は? って、どこに?」

「私の家、待っているから」


 ここから自宅に帰ることよりはすぐに向かえるから行くことにした。

 少しの不安もあったし寧ろちょうどいい。

 彼女から誘ってくれたことでしつこく聞いて嫌われる、だなんてことにもならなくなったわけだからな。


「来たぞ」

「ええ、待っていたわ」


 彼女はあくまでも普通な感じだった。

 だから特に不安にならずに済んだのだった。

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