02話.[少し恥ずかしい]
「八幡君、一緒にお出かけしよう!」
「え、あ、いいですよ。どうせなら土曜がいいですね、日曜日は月曜日に学校があることもあって休みたいので」
「分かった、そうしようっ」
ハイテンションで少し怖くなってくるが仲良くすることを受け入れたのは俺だ、だから出かけるぐらいは大したことはない。
「あ、由姫乃も呼びます?」
「いや、今回は僕と君とだけでいい」
「分かりました」
なるべく金を使わないように済むように、なるべく複数の店舗に行ったりしませんようにと願っておいた。
で、土曜日、なんとも言えない気温に包まれつつ俺は駅前で待っていた。
正直、これからデートかよってツッコミたくなる。
「ごめん、少し遅れちゃったっ」
「いえ、別にいいですよ」
どこに行くのかと聞いたらゲームセンターということだった。
金を思いきり使うじゃないかといきなり少し暗い気持ちに。
「はい、メダルあげるよ」
「あ、金……」
「いいよ、さ、一緒にやろうよ」
後でジュースでも買ってやるか。
いまはとりあえず自由に遊んでおけばいい。
これで金もある程度は浮いたわけだし、テクニックさえあればこのコインをほぼ永久に増やすことができる。
「僕さ、長戸さんの笑顔が好きなんだ」
「ああ、まあ確かに笑ったときは気持ちがいいぐらいですよね」
「うん、あとは優しいところかな、口では冷たいことを言いながらもしっかり相手をしてくれるから」
どうなんだかねえ。
あれを聞いている自分としては無理しているところも若干はあるように思えたがまあ、余計なことは言わない。
「あんまりしつこくしない方がいいですよ、先輩が悪い人ではないことは由姫乃も分かっていますけどね」
「そうなんだよね。気になるから一緒にいたいけど、それはあくまで自分の感情だけを優先しちゃっているわけだからさ」
でも、俺も由姫乃か誰かを好きになったら迷惑をかけていると思いつつも似たような行動をするだろうから責められない。
「ま、相手の気持ちもちゃんと聞いてやらなきゃ駄目ですね」
「そうだねえ、だからとりあえず八幡君で練習かな」
「俺はあんまり金を使いたくないです」
「そっか、それは難しいねえ」
確かにそうだ。
この歳になって金を使わないで遊ぶのは中々大変だ。
公園なんかでは騒がしくすること自体が禁止になっているし、ボール遊びなんてできないし、鬼ごっこなんてして楽しむような歳でもないし。
「もし由姫乃を誘うならカラオケとかボウリングとか、一定の料金を払えば数時間は過ごせるようなところに行きますね」
「なるほど」
ウインドウショッピングとかが好きな人間ではなく、体を動かすことが好きな人間だからそういう系の方が合うのだ。
意外だったのは高校に入っても部活を続けなかったことか。
中学のときはあんなに張り切っていたから結構驚いた。
「僕は読書とか宇宙のことを調べているときが一番好きだよ」
「宇宙のなにがいいんですか?」
「そう言われても分からないなあ」
そうか、俺もなんでそれが好きなのかって聞かれたら具体的に答えることができなさそうだ。
「でも、ただ調べているだけでも幸せな気分になれるよ」
「先輩にとってはドラッグみたいなものですね」
「そ、そこまでやばくはないよ」
俺にとってはなんだろうか、地味に由姫乃といるときは楽しくはあるけど……ちゃんとした趣味っていうのがないな。
父で言えば街作りゲームがそれ、俺もそういうのがあったらなあとは思わなくもないが。
「八幡君はあれだね、仕方がなく来ているように見せかけて長戸さんと一緒にいたいところもあるよね」
「まあ、由姫乃は親友ですからね」
「なるほど、これは強敵って感じがするよ」
多分、そんなことにはならないと思う。
先輩の要求を受け入れるかどうかは分からないが、俺達の関係が前進することは恐らくないはずだから。
「俺が本気になったら由姫乃の気持ちなんか一切考えずに行動しますよ、それだけはいまでも分かっていることです」
「なるほど、君はそうやって動けるタイプなんだね」
テクニック(笑)なんてまるでなく、くれた少量のコインももう尽きそうになっていた。
先輩はそんな俺に財力を見せつけつつ「僕には真似できないなあ」と吐いていた。
「あ、やっぱりあんた達だったのね、あ、あなた達だったのね」
多少どころかかなり無理のある言い直し方だった。
先輩と同意見だ、いちいち変える必要なんかは絶対にない。
というか、これはまた珍しいこともあったもんだな。
由姫乃が単体でこんなところに来るなんておかしいとしか言いようがない。
「木田、私にもコインちょうだい」
「うん、どうぞ」
「ありがと、あと、ついでに来なさい」
「うん、分かった」
あらら、同行者を連れて行かれてしまったぞ。
それじゃあ意味がない、ついでに言えばコインがもう終わってしまったからどうしようもないというのが正直なところ。
「しゃあない、椅子に座って適当に休憩しているか」
勝手に帰るような人間ではないからこれが正しい。
まあ、その相手がこっちのことを忘れてどこかへ行ってしまったら無意味なものになってしまうのだが。
「崇」
「良かった、忘れられたかと思ったぞ」
「なわけないじゃない」
うん、やっぱり由姫乃と話せるのは疲れることもあるけど楽しいかな。
特に忘れないでいてくれるのが大きい。
「意外ね、木田といるなんて」
「まあな、どうせなら仲良くしようという話になったんだ」
「そうね、仲良くするのは悪くないわね」
彼女は横に座ると「私とは?」と聞いてきた。
「俺らは中学生の頃から一緒にいるんだぜ? もう十分仲がいいだろ」
「そうね、仲いいわよね」
「って、先輩は?」
「コインゲームに熱中しているわ、コインがどんどん増えていくのよ」
すごいな、喋りながらというのもあったが俺なんて投入していたらあっという間に返すことになってしまったわけだし。
「私、告白されたのよね」
「え、先輩から?」
「いえ、別の男の子からね」
すごいな、高校に進学してからもう五度目か。
先輩も大変だな、ライバルがあまりにも多すぎる。
中学時代なんか同性からも告白されていたような人間だ、異性同性問わずライバルになる可能性があると考えると……怖いね。
「断ったのか」
「そうね、保留にして期待させてしまうのも残酷じゃない」
「まあそうだな、その気がないなら断った方がいい」
俺はこのとき、少しだけ分かった気がした。
恐らくないとかじゃなくて、そうはならないように気をつけているんだということが分かったんだ。
彼女は魅力的な人間だ、そうでもなければ多数の人間から告白されることなんてないだろう。
でも、自分がその彼女を狙うとなった場合、障害が数多くあって確実に壁になるということが容易に想像できてしまう。
告白しては散っていく人間達を見て、じゃあ俺も頑張ろうとなれるわけがないんだ。
「崇――」
「八幡君、コインが沢山あるから消費するの手伝ってよ」
「あ、はい」
数歩歩いたところで足を止めてどうした? と聞いてみた。
彼女はなんとも言えない表情を浮かべつつ「なんでもない」と答えただけ。
「あ、もしかして邪魔をしたんですか?」
「え? はは、違うよ、ほら見てよこれ」
「うわっ、なんでこんなに増えているんですかっ」
コイン六箱分になっているとかおかしいだろ。
なにがそんなに違うんだ、少しだけ集中して見てみようか。
「なんか入れてるだけで凄く増えちゃうんだよ、そろそろ八幡君のことを考えて終わらせようとしたんだけどさあ」
「いやいいですよ、楽しみたいならゆっくりしてくれれば」
「そう? でもなあ、長戸さんと一緒にいたいというのもあるんだよね、正直に言って」
「それなら三人でやればいいですよ」
依然として休憩していた彼女の腕を掴んで連れてくる。
いつもこっちを使ってくれているんだ、たまには使ってやらないとなと動いていた。
「さあ、ふたりで終わらせるぞ」
「そうね」
「そうだね」
「木田は禁止」「先輩は見ていてください」
「えぇ……」
これ以上増えるとそれはもう楽しむじゃなくて作業的になってしまうから駄目だ。
何事も程々がいいというのは確かなようだった。
「もうコインゲームをやりたくねえ……」
いかな下手くそな俺とはいってもやればやる程消費できるばかりというわけではなく、多く持っていることで普段は目の当たりにできない当たりなどとぶつかる羽目になってそれはもう大変だった。
「そうかな? 楽しいと思うけど」
「いやそりゃ楽しいですけどあの枚数はちょっと」
冗談抜きで千枚以上はあったわけだし。
すぐに消えてしまうのは悲しいものの、まあ百枚ぐらいの範囲で楽しむのがいいんじゃないかと分かった一日だった。
「って、なにやってるんですか」
当たり前のように話しかけてきていたけど、俺は確かに日曜日は休みたいからと言ったはずなんだがなと苦笑い。
「え? 昨日も結構早く解散になっちゃったから八幡君の家にお邪魔させてもらっているだけだけど」
「なんで俺の家なんですか、由姫乃か他の友達の家に行ってくださいよ」
「いいじゃないか、昨日ので仲良くなったでしょ?」
昨日ので仲良くなっていたのか?
あ、まあ先輩の本当のところを聞かせてもらったりもしたけども。
「おっと、最新のゲーム機じゃないか」
「あ、父が好きなんですよ、やります?」
「うーん、いや、八幡君と話したいからいいや」
話したいからいいやと言われても困る。
俺は日曜だけはしっかり休むために土曜に設定したんだ、それだというのに誰かが来てしまったら意味がないじゃないか。
「さて、八幡君の好きな食べ物ってなにかな?」
「好きな食べ物……ハンバーグとかですかね」
「おお、男の子って感じだね」
寿司のネタとかだったらイカが好きだ。
焼き魚とかだったら楽さや美味しさから鮭が好き。
嫌いな物は多いようで少ないようなという、曖昧な感じかもしれない。
「好きな女の子のタイプは?」
「あんまりうるさくない子ですかね」
「長戸さん?」
自分が好きなんだから何度も聞かなくてもいいだろそれ。
もし俺が好きだと言ったら少し強いライバルの登場だってことなんだぞ。
それにこれからはどうなるのかなんて誰にだって分からないわけなんだからやめた方がいい。
「好きですよ、由姫乃のことは」
「おお」
「でも、それ以上の好きになったら大変でしょうね」
「そこなんだよね、長戸さんは魅力的な子だから」
あの目つきの悪い感じに綺麗な長い黒髪が似合っているんだ。
実は冷たい目で見られたりするとなんかこう……悪くない気持ちになる――って、気持ち悪いな俺……。
「よし、カラオケに行こうっ」
「昨日金を使いたくないって言いましたよね?」
「じゃあここで歌っていい? いいよね?」
実際に歌い始めた先輩、なんだこれは……。
しょうがないから由姫乃を呼んでやるかと優しさを見せてやった。
俺が単純に彼女といたかったからというのもある。
「はぁ、何度も呼ばないでよ」
「悪い、自由な先輩が来ていてな」
「まあいいけど、上がらせてもらうわよ」
「おう、飲み物をすぐに準備するから」
よし、これで双方にとってメリットがあるよな?
あ、由姫乃にとっては……ないかもしれないけども。
「木田、そのまま歌っていなさいよ」
「任せてっ」
というか、これなら外で由姫乃と集まってくれた方がいい気がするんだが?
なんで先輩も俺の家に来るんだよ。
「ふぅ、ありがとうございました」
「ぱちぱちぱち」
「聴いてくれてありがとう」
先輩は意外にも彼女の隣にではなくもうひとつの方のソファに座った。
がっついていないとアピールしたいのだろうか?
「崇、お菓子食べたい」
「おう、ポテトチップスでいいか?」
「それでいいわ」
実際、ほぼ由姫乃のために買ってあるようなものだ。
何故なら家に来るのは彼女ぐらいだし、俺も父もあんまり食べたりはしないから。
あ、嬉々として選んで買いためているわけではなく、父が由姫乃のために買っているというのが一番の理由だった。
「そういえば長戸さん」
「ん?」
「先程、八幡君が好きだと言っていたよ」
「そうなの? それはまた意外ね」
なにがしたいのかもう分からん。
好きなのは好きだから訂正もしなかった。
慌てて否定するようなことでもないからな。
「おっと、帰ってこいと言われてしまったから帰るよ」
「気をつけなさい」
「うん、ありがとう、八幡君もありがとね」
「はあ、まあ気をつけてください」
変に空気を読んだわけではないと思いたい。
「崇」
「お? お、おい、なんか近くないか?」
「私のことが好きなの?」
「由姫乃ぐらいしか友達がいないし、親友だしな」
「ああ、友達としてはってことね」
彼女はあくまでも離れないままで「あなたらしいわ」と。
俺しかいないのにあの嘘の口調になってしまっている。
色々変えすぎて本当の自分の喋り方というやつを忘れてしまったのだろうか?
「ねえ、話し方はどれが好き?」
「俺は一番喋りやすい話し方をしてくれているのがいいな」
「どれも話しやすいのよね」
目つきが少し厳しいところもあるけどあなた呼びでも似合っていないことはない、寧ろ長い髪と相まっていい感じになるのではないだろうかって想像しているぐらいだ。
ただ、いまのそれは不自然すぎるから気になってしまっているというところか。
無理している感じが本当にすごいんだよな。
「優しくて好きだよ」
「昔を知っているから違和感もないな」
わざわざ好きという言葉をチョイスしなくてもいいと思う。
「優しくて好きよ」
「なんかそれが自然だな」
「崇くんのことが好きよ」
おお、君付けというのも悪くない。
結局、無理をしている感じが伝わってこなければどれも魅力的なんだよなと、女子の可能性は無限大だなと。
「あなたは?」
「なんだかんだ付き合ってくれる由姫乃が好きだぞ」
「そう、それなら両思いね」
なんだこの茶番、でも付き合ってやらないと駄目だから仕方がないという見方もできるか。
「ふふ、少し恥ずかしいわ」
「由姫乃がしだしたことだからな」
「分かっているわよ、意地悪な男の子ね」
こっちに体重を預けてきて「ずっとこのままならいいわね」と言ってきたが、俺としてはなるべく抑えてほしいとしか言えない。
男ってのは単純で、ちと優しくされたらどんなに大変な道だろうが簡単に踏み入れようとしてしまうからだ。
彼女を特別な意味で好きになったりしたら大変だぞ、気をつけろと自分に言い聞かせておく。
「いまから甘えるわ」
「ま、別にいいけど」
これはなにかがあったのかもしれない。
昨日だっておかしかった、ゲームセンターとかには全く来ないのにいきなり現れたんだから。
「あそこに来る前になにかがあったのか?」
「うん……ちょっとね」
「そうか」
じゃあ昨日のあれが少しでも役に立てていればいいけどな。
なにもせずに家に帰ってゆっくりすると無駄に考えてしまうものだから少しぐらいはさ。
「だから本当は今日、呼んでもらえてありがたかったのよ」
「あくまでひとりじゃ先輩の相手をするのが大変だったからだけどな、そこはすまん」
「いいの、気分転換をできたからありがたいわ」
モテればいいことばかりってわけでもねえよな。
由姫乃を見ていると特にそう思う。
あるのかどうかは分からないが、勝手に妬まれたりすることもあるかもしれないし、生きるのが大変になっていると言っても過言ではないぐらいのレベルになりそうだ。
「じゃ、先輩とか俺とかに困ったら吐けよ」
「うん、抱えておくなんて無理だから」
「おう、どうせ俺の相手をしてくれるのなんて由姫乃か先輩ぐらいだけだからな」
ただまあ、先輩は訳が分からない状態だから微妙だけど。
それでも相談できるかもしれない相手が複数いるというのはいいことだろう。
俺だけ――というわけではないだろうが、うん、複数の方が絶対にいい。
「木田もいい人間なのよねえ」
「ああ分かる」
仲良くしたいと言っていたのはあくまで彼女に近づくためにだと思っていた自分、だが実際はそうじゃなかったことになる。
いや、そうやって思わせておきながらという考え方もできるが、悪い方にばかり考えたって仕方がない。
その話を持ちかけられる前から俺はあの人が嫌いではなかった。
勇気がある人間なんだなあぐらいの感想を抱いていただけだった。
「でも、そういう意味で好きにはなれないわ」
「それなら……」
「ええ、ちゃんと言う、顔色を伺っていないで言うわ」
まあもう一年は一緒に過ごしてきたわけだし、判断が早すぎるというわけでもないか。
あのときは驚いたけどな。
いつの間にか出会っていて、いつの間にか誘われることが増えていたんだから。
しかも俺も由姫乃も受験生だったんだぞ?
部活も終わって、いまくらいの季節に唐突にだったからさ。
「そういえば今度、女の子と一緒に出かけるのよ」
「お、それはいいな」
「でも、一度も話したことがない子なのよね」
え、それはいいのか?
こういうことが多いから聞く側としては不安になる。
そいつが滅茶苦茶悪い人間だったらどうするんだ。
そいつは良くても野郎とかの計画とかかもしれないのに。
「なに不安そうな顔をしているのよ」
「本当に大丈夫なのか? あ、俺も付いていってもいいぞ」
「いらないわよ、そういう子じゃないことだけは分かるわ」
そんなの分からないだろ。
よし、当日は尾行してやろうと決めた。
いきなり頼んでこなくなるというのもおかしいしな。
「由姫乃、俺はいつでも由姫乃の味方だからな」
「だからなにを勘違いしているのよ……」
「いいだろっ、これまでと変わらないということだっ」
あとはまあ、先輩のことを慰めてやろう。
別に断る理由が俺のことをそういう風に意識しているからとかそういうことではないわけだし、一応友達なわけだしな。
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