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Nora
01話.[相手をするのは]
「というわけで、これでどうだ?」
今週の土曜日、どう過ごしたいのかを彼女に話した。
特に拘りはないが、できる限り早い方がいいから。
「却下」
「え、なんでだよ」
まあこう言われると思ったけどさ。
基本的に駄目としか言わないから困ってしまう。
「あんただけ楽できることになるじゃない」
「そもそもあいつの目的は
「駄目、その案は認められないわ」
一年ぐらい前から彼女のことを狙っている男がいる。
その人間が今回――だけではないがまた誘ってきた形になり、彼女は自分だけで行くのを嫌だと言うんだ。
おかしいよな、それで俺だけが楽できるって判断するのは。
誘われていなければ行かないのが普通だ。
誘われていないのに嬉々として行く人間がいたら見てみたいぐらいだ。
「帰るわよ、部活もしていないのに遅くまで残るとかアホらしいしね」
「あ、待てよ」
とにかく彼女は自由人だった。
自分が快適に過ごせるためなら相手だって全く気にせず振り回す――とまでではないが似たようなことをする人間だった。
巻き込まれるのは基本的に俺だけ。
休日だろうがなんだろうがなにかがあれば呼び出されるのが常。
「
「えぇ」
「分かった?」
言うことを聞いておかないと面倒くさいことになるから頷いておく。
彼女も満足したかのような表情を浮かべて頷いた。
「それじゃ」
「おう」
これはまた面倒くさいことになったなあと考えつつ歩いて。
「ただいま」
俺はこの先、長戸由姫乃に何度振り回されることになるのか。
それだけがいまは一番気になることだった。
「ちゃんと来たのね」
そりゃ約束を破ったりなんかしたらその何倍もの力で返ってくるから従うしかなかったんだ。
俺だって行かなくていいなら行かないさ。
休日なんだからゆっくり過ごしたかったしな。
「長戸さ……また君か」
「俺はなにも口出ししないので安心してください」
面倒くさい点は他にもある、それは相手が年上だということ。
面倒くさいことに巻き込まれたうえに敬語も使ってやらなければならないというクソコンボ、本当になにか礼ぐらいしてほしいぐらいだった。
とにかく本人がいればそれで良かったのか奴は由姫乃に声をかけて歩き始める。
で、行こうとした場所、行った場所は王道な感じというか、まあ男女がデートをするなら行くだろうなって感じの流れで。
「少し休憩にしましょう、それでいいわよね?」
「うん、僕はそれでいいよ」
ただ付いていくというだけでも疲れるなこれ。
あと、友達が他の男とデートしているところをなんでこんな間近で見ておかなければならないねんとツッコミたくなる。
「
「え、いいんですか? それじゃあ――」
「八幡くん、私との約束を忘れてしまったの?」
大人しく椅子に座る。
なんか猫を被るというか、少し口調を変えるところが気持ちが悪いとしか言いようがない。
誰かといるときはそうだ、名字及び君付けで呼んでくるから違和感しかなかった。
「さ、これで解散でいいわよね?」
「え、まだ早いよ、映画を見たぐらいしかしていないし」
「その後にお店も見たでしょう?」
「それでもだよ、まだ集まってから三時間ぐらいしか経過していないんだからさ」
三時間もいればいいと思うけどな。
昼から集まったからもう夕方だし、小学生とかであれば親に怒られないように帰宅しようとし始める時間だ。
俺がいなかったら間違いなくなにかをしようとしていたなこれ。
そういう点で言えば悪いことばかりでもなかったのかもしれない。
「今日はこれで解散ね」
「待ってっ」
「なによ?」
「写真を撮ってほしいんだ、きみと僕のふたりだけで」
ということはプリクラとかか? と考える。
単純にスマホで撮影するということもあるのかもしれないが……。
「それなら八幡くん、撮影よろしく」
「おう」
奴のスマホを受け取って時間をかけてもアホらしいからすぐに撮って終わらせる。
一応大丈夫か確認してから持ち主に返した。
「それじゃ」
「あ、送っていくよ」
「そう、好きにすればいいわ」
王道だけど映画だけで一時間半以上拘束されるからな、昼からと選んだこいつとしては失敗だったとしか言いようがない。
まあその後は無意味に店を見始めた由姫乃が意地悪だとしか言いようがないんだけどな。
流石の俺でももうちょっと合わせてやりゃいいのにとは思う。
一応俺も男だ、こいつの気持ちも分からなくはない。
気になる人間とは長く一緒にいたいと考えるものだしな。
「ここまででいいわ」
「そっか、次は八幡君がいないといいんだけど」
「それはあなた次第ね、面白かったらふたりきりで行くわよ」
「じゃあ頑張るから」
「ま、暴力とかを振るってこないなら付き合ってあげるわよ」
おいおい、それで巻き込まれるのは勘弁してほしいぞ。
そういうことを言うから何度も誘ってくるんだろうが。
由姫乃は男心ってやつがまだちょっと分かっていないな。
「崇、そこに座りなさい」
「おう」
それでも一応あれか、あいつを優先してやっていたか。
俺に話しかけてきたのは帰ろうとしたあのときだけだし。
「あんた馬鹿ね、途中で帰ろうとするなんて」
「帰っていいって言われたからさ」
相手の発言をそのまま受け取る人間だから仕方がない。
帰りたいのにそう言われて帰られないのはアホだからだ。
「はぁ、まあいいわ、今日は付き合ってくれてありがとう」
「おう、こういうことが次はないといいんですがね」
もういいみたいだから今度こそ帰ることにした。
やれやれ、そうやって付き合うから次もってことになるんだぞって何回も言いたくなったけど言うことはしなかった。
何気に受け入れているのは彼女だし、行くかどうかを決めるのも彼女なんだから
「ただいま」
「おかえりー」
っと、珍しく早く帰ってきているみたいだった。
「父さん」
「なんだ?」
「もし父さんのことを好きな女の人がいるとしてさ、その人が何度も誘ってきていたら父さんならどうする?」
「誰とも付き合っていたりしていないなら受け入れるかもな」
なるほど、じゃあ由姫乃にとってもそうだということか。
「その気がなくても受け入れるんだよな?」
「んー、ただ何度もってなると難しいところだな」
だよな、普通はそうだよな。
なんにも気持ちがなければ申し訳ないから断るよな。
由姫乃は今日のあれでもう二十回誘いを受け入れたことになるが、どういうつもりなのかが分かっていない。
なんで回数を把握しているんだよと聞かれても簡単、それは毎回付き合わされているからにすぎない。
「由姫乃ちゃんのことか?」
「ああ、野郎からの誘いを毎回受け入れていてさ」
「はは、それだと崇としては微妙だな」
「まあ、付き合わされるからな」
まあ、上手くやることだろう。
あいつも脅したりとかそういうことはしないだろうし、俺としてはあくまで普通に存在していればいいのだ。
大丈夫、これ以上面倒くさいことにはならないはずだった。
「ふぁぁ……」
眠い、夜ふかしをした俺が馬鹿だった。
昼休みなのをいいことに先程から寝ていたわけだが、由姫乃も同じようにして寝ているところがなんだか意外だった。
「八幡君」
「うわ」
「そう嫌そうな顔をしないでよ、ちょっといいかな?」
仕方がないから付き合ってやるか。
廊下に出たら飲み物をくれたから礼を言って受け取っておく。
「八幡君はさ、長戸さんのことどう思っているの?」
「友達、ですかね」
「そこに好きとかいう気持ち、ないの?」
仮にあっても届かないだろうから意味のない話だ。
由姫乃が受け入れてくれるとは思えないからなあ。
もし受け入れられたらあまりにも驚きすぎてぎっくり腰になるだろうということは容易に想像することができる。
「仮にあったら先輩が困るじゃないですか」
「まあほら、最終的に選ぶのは長戸さんだからさ、あの子のことを誰が好きになろうとそんなのは自由でしょ?」
二十回も誘っておきながらなにを言っているんだこの人は。
俺を毎回連れてくるから不安になっているということなんだろうか?
まあふたりきりを避けているように見えるのは確かだから不安になってしまうのは無理もないかもしれないが。
「それよりもだよ、君のことが知りたくてさ」
「あの……異性が無理だからって同性に走ろうとするのはやめておいた方がいいと思います」
「違うよ、君とはこれからも関わることが多そうだからさ、どうせなら仲良くなれた方がいいなって思って」
「あ、なるほど、確かに機会は多くなりそうですね」
仮に由姫乃が好きになった場合とかにも役立つから無駄ではないか。
相談に乗ってやれたりとかもするかもしれないからな。
あと、無駄に敵視されるぐらいだったら受け入れる方がいい気がする。
別に俺は先輩のことが嫌いとかそういうことはないし。
「分かりました」
「うん、ありがとう」
というわけで仲良くすることになった。
もちろん、どういう風になるのかは分からないから無責任に協力したりはしない、由姫乃にも余計なことは言わない。
それとこれとは別だ、相談されたら動くというだけだ。
「あ、僕は木田
「あ、俺は八幡崇です、よろしくお願いします」
今更自己紹介かよとツッコミたくなったが、俺達はこれぐらいの方が自然って感じだから違和感もなかった。
「あれ、あなたも来ていたのね」
「長戸さん、その喋り方を変えるのは必要ないと思うんだけど」
それな、ちょっと丁寧にしたところで普段は荒いところを見せているんだから全く意味のないことだ。
相手が他校生だとか普段滅多に会えない人間であればそのいい人間の皮をかぶったような態度も有効的かもしれないが、相手はずっと近くにいるんだから。
なんでそんなことをしているんだろうなって考えて、ふたつのことにたどり着いた。
もしかしたら気に入られようとしているのかもしれないし、全く興味がないからこそ素を見せないようにしているかもしれないということ。
本当のところは分からないけどな、俺は由姫乃じゃないんだし。
「いいじゃない、喋り方ぐらい好きにさせなさいよ」
「そうだね、長戸さんの自由だからね」
「それより八幡くんに用があるの、少し外してくれるとありがたいのだけれど」
「分かった、それじゃあまた放課後に」
「ええ、そのときに相手をしてあげるわ」
んー、髪は長く綺麗に整えられているから違和感というのは少ないが、やっぱり無理している感じがあるから俺としては通常時の方がいいなとしか言えなかった。
「はぁ……」
「今日はどうしたんだ? 突っ伏しているなんて由姫乃にしては珍しいことをしているけど」
「ちょっとね……」
なんか疲れているみたいだ、日曜日になにかがあったのかもしれない。
「膝貸して、ちょっと寝るわ」
「おう、まあいいけど」
廊下だと見られるから適当に全く人が来ない階段の踊り場まで行ってそこですることにした。
「髪、床につくぞ」
「別にいいわよ」
いいのかよ、綺麗にしてあるのに。
なんか俺が気になるから持ち上げておくことにした。
彼女はこちらを一瞬見てきたものの、すぐに目を閉じてなにかを言ってくることはなかった。
正直に言おう、これは俺がしてもらいたいよ、と。
なんで男の俺が膝貸してんねんってツッコミたくなったが、うるさくすると怒られるからやめておく。
「……酷なことをしているのかな」
「あ、先輩の誘いを受け入れていることか?」
「うん、なんか断りづらくて……」
あの人は基本的にはいい人だから気持ちは分からなくもないし、断ったら誰だろうと残念そうな顔をするだろうから余計にそう思う。
中には笑みを浮かべて「そっか」程度で済ます人間もいるかもしれないが、それもまた断った側には突き刺さっていることを誘った側は知っておいた方がいい。
「その気がないならそう何度も誘いを受け入れたりするべきじゃないかもしれないな。それかもしくは、誘いを受け入れるにしてもそういうつもりはないとかってはっきり言っておくとかさ」
「そう……だよね」
「その喋り方でいればいいだろ」
「む、無理よ、なんか恥ずかしいじゃない」
いや、彼女のことを気に入っている先輩からすれば素でいてくれればいてくれるほど嬉しいはずだがなと。
「私、小学生の頃はよく誘いを断っていたの、理由はなんでか分かる?」
「うーん、人といるのが嫌だったからか?」
「ううん、人といるのは普通に好きだった。でも、なんか嫌だったの。同情で誘ってきてくれているんじゃないかって無駄にマイナス思考でいて、本当は一緒に遊びたいのに素直になれずにひとりぼっちだった」
へえ、そんな由姫乃は想像できないな。
俺が彼女と出会ったのは中学一年生の春。
そのときには入学したばかりだったというのに複数の人間と一緒にいたから誰かといるのが当たり前な人間なんだなっていうのが第一印象だったわけだが。
ってあれか、誘いを断っていただけで友達は元々多かったんだろうなこれは。
俺は少し勘違いをしていたのかもしれない。
「それだと少し極端じゃないか? 今度は完全に受け入れているってことだけど」
「なんか気持ちが良かったのよ、私が受け入れるだけで嬉しそうな顔をしてくれていることが」
「はは、まあ嫌そうな顔をされるよりかはな」
「うん。でも、今度は断れなくなっちゃった……」
難儀なやつだな、責められるようなことではないが。
受け入れておきながら当日に行かなかったとか、行ったものの途中で帰宅したとかそういう風にしていないのであれば問題もないだろう。
問題があるとすれば受け入れすぎてキャパオーバーしないかということか。
いまのところは特にそれ関連で問題を起こしているような人間ではないが、これからも何事もなく終えられるというわけではないだろうから見ておいてやらないといけない。
「困ったら遠慮なく言えよ」
「うん」
「よし、あともう少しだから寝ておけ」
「そうね」
髪を持ち上げているのもそこそこ大変だからさっさと予鈴が鳴ってほしかった。
幸い、割とすぐに鳴ってくれて腕が筋肉痛になることもなかったのだった。
「崇、ちょっと来てくれっ」
「あーい」
ふぅ、やけにハイテンションだがなんだろうか。
嫌な予感もしている、大抵いいことはなにもない。
「見てくれっ、いい街だろっ?」
「は? もしかしてこれが見せたかったのか?」
「当たり前だっ、この丁寧に作った街を誰かに見てもらいたいって思うのはおかしいことか?」
いや……それはそのゲームを好んでいる人間に見せればいいんじゃないだろうか……。
いまはSNSとかで簡単に仲間を見つけられる時代だ。
息子に嬉々として見せて冷たい顔で「はあ」と言われるよりもマシだと思うが。
「つか、釣りとかに行けよ」
「そんな趣味はないっ、あとな、休みなら家でゆっくりするべきなんだよ」
それには確かに同意する。
休みなら家でゆっくりしているのがいい。
他人といることはいいことばかりではないから。
特に由姫乃と出かけると大抵は疲れることになるし。
「これはユーザー毎にデータを保存できるんだ、由姫乃ちゃんでも誘って街を作ったらどうだ?」
いや、そんなみんなが街づくりに興味があるみたいな前提で話をされても困る。
「分かった分かった、勇気が出ないなら俺が誘ってやるから」
「え、いや、ちょ」
基本的に誘われて行く側の人間だからそんなことしないんだよ。
それに大して用もないのにメッセージなんか送ったら構ってちゃんみたいで恥ずかしいだろ。
「お、来てくれるってよ」
「って、息子のスマホを勝手に弄るな」
「まあまあ、由姫乃ちゃんとゆっくり過ごしてくれ」
なんかそういうことになった。
夏とも冬とも言えないそんな曖昧な季節でも俺らは集まってなにかをすると。
「お、来たみたいだな、俺は部屋に引きこもっているからゆっくりな」
「おーう」
出てみたら適当なところで髪を結っている彼女がいた。
いきなり誘ったことを謝罪をし、とりあえずは飲み物とかを渡しておくことにして。
「あ、もしかして寝ていたのか?」
「そうね、休みの日は基本寝て過ごすわね」
「悪いな、そんなときに誘ってしまって」
父が勝手に送ったものだったけどわざわざそんなことは言わないでおいた。
俺の端末及びアカウントからメッセージがきている以上言い訳をしようがないから。
「まあいいわ、木田からじゃなくて安心できたし」
そ、そう言ってやるな、一応常識のある人だぞ。
あと直接顔を見た状態で誘うような人だからあまり驚く必要はない。
それは由姫乃も分かっているはずだが……。
「あれ、
「由姫乃が来ると分かって引きこもったぞ」
「いいのに、なにか勘違いしているところがあるわよね」
それ、俺が彼女のことを好いているけど勇気が出なくて誘えない、的な風に認識をしているみたいだ。
俺がその気になれば一切気にせずに普通に誘うぞ、好きな人間が近くにいるとなれば積極的に動いてな。
「まあ、崇のことは嫌いではないけど」
「俺も由姫乃のこと嫌いじゃないぞ」
「じゃあ付き合う?」
「おう――ってなるかよ、よく考えて発言しろ」
彼女はつまらないといったような表情を浮かべて「冗談に決まっているじゃない」と。
俺としてはこの混ざり混ざった喋り方が少し微妙だった。
どっちか片方だけにしておくべきだ。
「よし、今日は俺が足を貸してもらおうか」
「嫌よ、なんかべたべた触れそうじゃない」
「俺のイメージ……、冗談に決まっているじゃない」
「き、気持ちが悪いわね……」
酷え……冗談に決まっているのに。
冗談が通じない相手の相手をするのは大変だった。
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