第六一話 囚われの女
中から小柄で
髪をバンダナで上げて顔にパックを貼り付けているが、眉間あたりにしわが寄ってヨレてしまっている。眉間からも声色からも、ものすごく不機嫌そうにみえる。
「
和登が即座に謝るが、村雨の顔を見てぎょっとしていたのを里佳は見ていた。
そんな里佳は身じろぎもせず固まってしまっており、今は目だけをきょろきょろ動かしている。まるで機械仕掛けの人形か何かのようだ。
「だから、なんなのって聞いてるのよ。あたしは」
村雨は腰に手をあてて
「それなんですが、ちょっと匿ってもらえませんか?」
和登は村雨よりはるかに大きいのに、小さくなって言った。先日話を勝手に切り上げてここを出たため、和登は後ろめたい気持ちで接している。
一方の村雨には人のことをじっくり見つめる癖があるため、無言の圧力を感じる人は多い――ちょうど今の里佳がそうだ。村雨は穴が開くほどに里佳を観察しているので、里佳は今や視線さえも動かせなくなっていた。
「事情があるのね」
村雨は腕を組んで言った。里佳は「村雨並みに小さくなった和登」以上に小さくなる。
「いいわ、入りなさい」
村雨がドアを開け放したまま部屋の奥へ引っ込んでいく。
和登は目を丸くしていた里佳に入るよう促すと、自分も室内に踏み込んで扉を施錠した。
村雨の部屋は縦に長かった。
どれもものすごく高価です、と言わんばかりの調度品が、全体のほとんどを占めている。部屋は主に金色とピンクでできていた。
里佳は入り口から入ったところにある鏡を見て腰を抜かしそうになった。いつの間にか、前髪がほとんど真っ白になっていたのだ。目の上で切りそろえてあるから自分では気がつかなかった。
村雨が怖くて声はあげなかったが、思わず触れてみた。
「それで、この子なんなのよ」
村雨は最深部のソファに座り、パックを
「櫛江里佳さんといいます。わけあって、身を隠す必要があるんです」
またしても固まっていた里佳を、和登がフォローする。
「は、はじめまして! よろしくお願いします!」
里佳は努めて元気よく挨拶した。思いきりお辞儀をすることも忘れずに。
「あら、そう。あたしは村雨雪よ。ゆっくりしていきなさい」
里佳は顔をあげて村雨を見る。第一印象と違う人なのかもしれないと思った。
顔立ちは幼い。色白で、卵型の輪郭をしていた。人形のようにぱっちり開いた目を長いまつ毛が際立たせている。パックを取った今はノーメイクなのだろうが、とても派手な顔立ちだ。
からし色のドレスはくるぶし丈で、ペイズリーの
「すてきなお洋服ですね」
里佳は自分でも気づかないうちに口をきいていた。
「そう、ありがと。でもここに元々あった衣装を着ているだけよ。今日の気分は中世の町娘風なの」
村雨はバンダナを外し、前髪についたくせを直しながら言う。
「すごく似合ってると思います。町娘風、いいと思います」
里佳は両手で拳をつくって熱弁した。本当に似合っていると思ったのだ。それに、里佳の好きな服装でもあった。
「あらそう? それじゃ、また着ようかしら」
村雨は終始すましているため感情が読み取れないが、里佳は絶対に悪い人ではないと思った。里佳たちの事情も聞いてこない。いよいよ里佳には、なぜ村雨が地下で暮らしているのか分からなくなった。
和登は女性の服のことなどスカートとズボンの二つが存在することしか知らないため、話には入っていかなかった。
それでも里佳がうれしそうにしているのは分かるので、ここを選んでよかったと思っている。しかし、いつまで地下で過ごしていたらよいのか分からない。和登だけ靴を履いていないので、それもあって落ち着かなかった。
「村雨さん、ここに男物の靴ってありますか?」
和登がそう問うと、村雨は唇に桜色の口紅を塗りながら答える。
「あるわよ」
唇に載せた紅を均等にならすと、村雨は立ち上がった。
「といっても、他の人のところにだけど。サイズを教えてくれないかしら」
「二七です」
和登が答えると、「もらってくるから待ってなさい」と言って村雨は出ていった。
「すごくいい人そうだね、村雨さん」
二人きりになった部屋で、里佳が言う。
「ええ。言いかたはきついですが、落ち着いた人です」
そして後日売られる人だ。和登は自分が屋敷を追い出されたことで生じた計画の狂いをどうしたらいいかと焦りはじめていた。
和登が村雨の座っていたソファの向かい側におさまった。椅子ではなくカーペットが敷いてあるところに腰を下ろした。
里佳はどうしようか悩んでいたが、結局化粧台の椅子にぽつんと座ることにした。「一人分の椅子です」と主張されているものでなければ、たいてい落ち着いて座ることができないのだ。
「私たち、いつまでここにお邪魔するの?」
里佳がもっともな疑問をもつ。
和登もどうしたものかと考えていたところだったので、考えていることをそのまま口に出した。
「階段以外に脱出経路がないか、後で探してみようと思ってます」
「通れないの? 階段」
里佳がなおも尋ねる。
「地下に続く扉を俺と不死川さんで壊してしまったので、騒動になっているんですよ……おそらく」
「それじゃ、不死川さんはどこにいるの?」
「時間を稼ぐと言って別れて以来、合流できていません」
和登は立てた膝に肘をつき、指をこめかみにあてて思案する。
あれからどれくらい時間が経っただろうか。
索田凛太郎が訪問してきたとき、反対側にいる不死川の背後に夕日がかろうじて残っていたのを和登は見ている。三十分もしないうちに沈みそうな夕日だった。この時期の日の入り時刻は十八時半過ぎだ。
和登らは東側で長いことほふく前進していたので(これに一番時間がかかったと和登は認識している)、太陽の下がいつ地平線に隠れたのかは分からない。
それでも凛太郎が屋敷に入ってから三十分しか経っていないということは絶対にないから、少なくとも日は完全に沈んでいるだろう。
「すでに夜ですから、階段以外から外へ出ても身を隠しながら移動できそうです」
「もう夜?」
「早くて十九時前、遅くて二十時前くらいでしょう」
和登はおおざっぱなことしか言えなかった。学校の理科の授業では、天文分野が生物分野の次に退屈だったと記憶している。
入り口の扉が音を立てたので、和登は反射で振り向いた。
最悪の想定もしていたが、村雨が戻ってきただけだった。
「これでよければ履きなさい」
村雨が和登に箱ごと渡す。和登が開封すると、某ブランドのバッシュが新品のまま入っていた。
「ありがとうございます」
和登が礼を言い、靴を履きはじめる。里佳は黒ずくめの和登の足元だけが真っ白に強調されたのが面白くて、つい笑ってしまった。
「似合わないわよね」
村雨が援護射撃をする。
「他はいろいろあったけれど、あなたのサイズはそれしかなかったのよ」
村雨は色々見繕おうとはしてくれていたらしい。里佳はますます根のいい人だと思った。
和登が空箱を手に持っていると、村雨は「そこの端に置いておけばいいわ」とだけ言って、またソファに落ち着いた。
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