第五八話 破壊活動
不死川を先頭に、厨房を抜け廊下を渡って地下への入り口に着く。
しかし、やはり鍵がかかっていて開かない。
和登がヘアピンをねじ曲げて鍵穴をどうにかできないかと画策していると、彼の隣で、不死川がガタガタと扉を揺すりはじめた。それなりに大きな音がして、静まりかえった廊下には十分に響いている。
これだけでも和登は冷や冷やしていたが、不死川はこの後さらに大胆な行動に出る。
「これ、おれら二人の全力を出せばたぶん開くぞ」
開くというのは、「壊せる」と意味しているのだと思われる。
和登が意味を計れずにいると、不死川は「木製だろ?」と言いながら扉に体当たりしようとした。
和登はいったんそれを止める。
思わず大声を上げそうになったが、声量を抑えて「鍵穴自体は金属製なんですよ」と忠告した。それも暗証番号でロックを解除する方式のものだ。
だが不死川はなんでだよ、と口をとがらせている。
「こっち側を壊せば関係ねぇだろ?」
和登は額に手をあて、そういうことか、と把握した。
不死川は立てつけられているほう――
ねじが緩んでいるならば、たしかに都合はいい。ただし蝶番も金属である。和登は把握こそしたが、あまり賢い策には思えなかった。
しかし時間がないことを考えると、一番効率がよかった。
問題は激しい音がするだろうということと、それに気づかれて索田が戻ってきたらどうするのかという点くらいだ。和登にはそれ以外の方策が思いつかないため、ここは同意することにする。
「分かりました」
「なるべく二発で壊すぞ。坊主が下の金具で、おれが真ん中な」
蝶番は三つあるが、上を破るより中央と下を破ったほうが、侵入時に楽だ。和登よりも不死川のほうが六センチ上背が高いので、和登は下を担当することになった。
「うーん、肘打ちすっか」
不死川が蝶番への攻撃方法を検討している。
和登が担当する下段は肘を打ち込める高さではないので、蹴りを入れることにした。靴を持って来ればよかったと和登は思う。
不死川が着物を肘に巻き終えて合図する。
「いくぞ。せーのっ」
二人が一斉に蝶番に体当たりすると、バキバキッ、と音がした。
和登の脚全体はじんじんと悲鳴をあげ、足の裏の感覚を失っていた。金属に自らぶつかればそうなることは分かりきっていた。
和登は思わず歯を食いしばる。涙が出そうなほど痛かったが、折れてはいないようだった。
「およ」
一方の不死川は目を見開いていた。肘をさすって扉を眺めている。
「ちょっと、何やってんですか!」
和登が小声で、しかし怒鳴る。
不死川の肘は蝶番ではなく木製の扉自体に命中し、扉に穴が開いていた。
「怪我の功名ってな」
不死川は親指を立てて和登にサインすると、穴の直径を広げていく。
バキバキ、ミシミシ、と激しい音を立てている。木材が不死川の手に頻繁に刺さっているが、本人は気にしていないようだ。
傍観者の和登は気が気ではなかった。
それも、自分の蝶番への体当たりは無意味だったのだ。声を潜める必要も、もうない気がしてきていた。
早い段階で大人の男が十分入れるほどの空間ができたので、まず両手が血だらけになった不死川が入る。着物やボトムスに木が刺さり、ところどころ糸がほつれた。
しかし和登は、自分より大柄な不死川が先に通ったことで、ちくちくする程度で難を逃れることができた。
二人はこうして地下の階段までたどり着いた。激しい音を立てながら。
「誰だ!」
二人が扉を通り抜けた直後、廊下の遠い地点から声が響いた。きっと応接間の扉を開けたところから問いかけている。
扉に体当たりを食らわした時点で大きな音が立ったのだ、気づかれても無理はない。
「まっずいなー、当主の坊主だ」
不死川が服のいたるところに刺さった木片を取り除きながら言う。まったくまずそうではない言いかたをするので、和登は気が抜けそうになる。
「とにかく、急ぎましょう」
廊下からまっすぐ歩いてきても、しばらくはこの扉の正面を見ることができないはずだが、不死川がばらばらにした木のくずが廊下に大量に散らばっている。
誰かが思い切り侵入したことくらい瞬時に分かってしまう程度には、ちゃんと形跡を残してしまっていた。
「おれ、ここで足止めするわ」
「へ?」
和登は間の抜けた返しをした。
「あの坊主が来ると、かなえの嬢ちゃんは助からねぇよ」
不死川は穴を通って廊下へ戻っていく。
「おれがここで適当な言い訳でもしとくからさ」
「いや、絶対なんの言い訳にもなりませんよ」
そう言いながらも、和登は一応地下階段の電気をつける。
「まあなんとかなるって。嬢ちゃんを助けてやりな。当分戻ってくんなよー」
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