第五三話 観光案内

 開いたほうがかえって不安になることもある。


 この先には、いったいどんな部屋があるのだろう。私がゆっくりと開けてみると、真っ暗だった。


「これは……階段?」


 私の目の前には、小さな踊り場の先に下りの階段が見えた。相当地下深くまで続いているとみえる。電気はどこだろう。

「あったあった」

 ドアのすぐ傍に、ごく一般的なスイッチが二つ、取り付けられていた。上を押したら踊り場の電気がついて、下を押すと階段の天井のものがつくことが分かった。

 照らしてみると、なんとも無機質な通路だ。電気も蛍光灯だし、通路など、ほぼき出しのコンクリートだった。こんな場所がこの豪華な屋敷に存在していたなんて。陰と陽、そんな感じがする。


 まだ残り何段あるのか分からない地点にまた別の踊り場があって、そこに一つの扉がたたずんでいた。

 鉄製だろうか。真っ赤なドアに、シルバーの取っ手が付いている。ドアにはところどころ、げている箇所やへこんでいる箇所もあった。窓はない。というより、地下の空間と扉が一体化していて、この扉を開けた先がどれくらいの広さなのか、まったく見当もつかない。

 ドアが開かないか取っ手に触れたとき、私の上に影が落ちたことに気づいた。


「観光案内が必要かい?」 

 背後のかなり近いところから声がして、私はすぐさま振り返る。


「……索田さん」

 三段上まで索田さんが下りてきていた。いつも浮かべている笑顔がどこにもない。それどころか、瞳の奥底に、何か冷たいものが潜んでいるようだった。


「も、もう帰ったの?」

「ああ。都合が悪かったかな」

 一メートルもない距離まで詰め寄られ、私は視線を落とす。

「悪くないよ……お家の中を歩いてたら、ここが開いてたもので……つい」

「なるほど。それじゃ、和登くんが悪い子だったのか」

 三十センチ。歩み寄る索田さんは笑った。事の次第を聞いた後だからか、私には邪悪な笑みにしか見えない。索田さんから距離をとるため、赤いドアに張り付く。

「わ、和登君は悪くないよ!」

 ゼロ距離。シャラ、ガチャ、という音がして、私はあおむけに倒れそうになった。


「入るといいよ」

 音の正体は鍵だった。索田さんが戸を開いて私を招く。


「え……」

 私にはどうしたらいいか分からない。今は私と索田さんの二人きりなのだから、この中へ入るのは危険な気がする。しかしここで一目散に逃げて行ったら、今夜ここでどう過ごせばいいのだろう。

 ふと特殊技量アビリティのことが頭をよぎったが、その直後に、さっき和登君が言っていたことも脳裏をかすめていく。


   ――――力というのは人に向けて使うものではありません



 私は索田さんに続いて、部屋の中へ入ることにした。


 部屋は思ったより広かった。内側のドアがすべて開け放たれていたため、私は全貌をすぐに把握できた。

 白と青でまとめられていて、浴槽以外はなんでも揃っているという印象だ。キングサイズのベッドまであるし、棚の上にはアンモナイトみたいな石が飾ってある。ちょうど私がもらったアンモライトのアクセサリーによく似ていた。

「ようこそ、僕の部屋へ」

 索田さんは煙草に火をつけて、そっけなく言う。煙草、吸うんだ。


 白と青のパッケージをした煙草をローテーブルに放り投げた索田さんは、どかっと長い脚を投げ出して、横向きにソファへと座った。というより、横になった。靴を履いたままそういう姿勢をするのは外国の人だけだと思っていた。テーブルとソファの下には青いペルシャ絨毯じゅうたんのようなものが敷かれている。

 索田さんはきつく結っていた髪をほどいて、結い目だったところあたりを掻きむしった。シャツのボタンを第三まで外して、首を回している。


 さっきから、索田さんの言動すべてが私の知らないものだった。違和感がどんどん積もっていく。

「適当に座ってよ」

 そう言うと、索田さんはベッドの奥にあるコルクボードに目を留める。


 そこには写真がたくさん貼ってあった。和登君、不死川さん、眉間にくっきりとしわがある人、集合写真のようなもの、女性陣……それに私のものまである――白髪頭の、祈祷かなえの状態のものが。そういえば私は、自分のこの写真を屋敷のどこかで見たことがある。

 索田さんに視線を移すと、右目が輝きを増して金色になっていた。瞳の輝きかたじゃない。

「和登くん、そろそろゴールデンウイーク課題を終えようとしているね。偉いじゃないか」


 和登君は当然、ここにはいない。

「索田さんの特殊技量アビリティは、遠くにいる人の様子が分かるの?」

 私はここへ入ってきてから初めての言葉をつむいだ。そして慌てて付け加える。

「あ、えーと。特殊技量ちからのことはもう思い出したんだけど」


「教えてもらったんだろ、和登くんから。見ていたから分かる」

「見ていた?」

 索田さんは煙を吐き出して続ける。

「和登くんは放課後、失木しつきと会っていた。そして夕飯前後はずっと君と一緒にいた。ああ、そうそう。その時〝推しの不死川さん〟が入ってきたんじゃないかい?」

 索田さんは声を出して笑うと、さらに続けた。

「和登くんはその後、一生懸命洗い物をしていたよ。早く君と話したかったんだろうな。君なんかのどこがいいんだろうね」


 急にものすごい嫌悪が向けられ、私は背筋に冷たいものが下りるのを感じた。私はどうやら嫌われていたらしい。

 それに、索田さんの都合さえつけば、私や和登君を一生見張っていることもできると言いたいのだろうか。

「……ずっと見張ってたの?」

 索田さんはソファから起き上がって答える。


「いや、ここまで。僕も忙しいからね。儀式に酒宴に、索田家の何もかもが鬱陶しい」

 索田さんは一族のことをあまり良く思っていないらしい。胃のあたりがちくりとした。私も、前は家族のことをそう思っていたから気持ちは分かる。けれど索田さんは、私なんかよりもっと家族に対する蔑みをもっているように感じられる。


「僕の特殊技量アビリティは、写真をこので見ると、眼にその人の現在の状況が映し出されるっていうものさ」

 そう言って索田さんが自分の右目を指す。

「こんな弱い力のことなんてどうでもいいから、早く座りなよ。そんなところに突っ立っていられても目障めざわりだから」


「私のこと、相当嫌いみたいね」

 私は言い返しながらようやく座った。どこに座ろう、と少々考えはしたが、近くに化粧台があったのでそこの椅子に収まることにした。台には化粧品が大量に載っている。

「当たり前さ。女は皆、ひどく醜いじゃないか」


 索田さんが悪びれることもなく言うので、私は一瞬、当然の摂理だと思ってしまいそうになった。この世の女性はみんな、確かに索田さんよりは醜いだろう。

 当の索田さんは立ち上がって台所へ移動した。


「そういえば」

 索田さんが遠くから続ける。私はなるべく怖い顔で索田さんを見ようとしたが、ここからでは索田さんの姿を捉えることはできない。


「君はいつの間に、僕に魅了されないよう願ったんだい?」

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