第四六話 ヤタガラスを守るもの

「おれの技量のことなんだがな」

 不死川はそう言うと、腕を組んでうーん、とうなる。ひとしきり考え込んだのち、空を見て話しはじめた。


「それが、よく分かんねぇんだよなぁ」

「はぁ?」

 私はあきれと蔑みを込めて相づちを打つ。

 自分の特殊技量アビリティがよく分からないとは何ごとだ。普通は親から遺伝するし、はっきりしなくても医者にかかれば明らかにしてもらえるはずだ。

「親がいないとでも言いたいの?」


 とはいえ、実際私は親から遺伝していない。それは人工的な方法で受精したからに違いないと思っている。

 あくまで持論だ。父は特殊技量ちからのことなど何も話してくれなかったし、医者に見せたって「例がない」とか言って何も結論を出してくれなかったから。

「親はいたぞ。親というより、一族中ほとんど同じ技量なんだよな」

「じゃあ何が言いたいわけ?」

 私はまたしてもいらいらしはじめた。自分の気性の荒さにはさすがに呆れている。


「おれの一族は、誰かを守るっていう使命があるんだ。守る対象が死ぬまで、おれたちは何があっても死なない。まあ、大体皇族とかだな。過去に一人、八咫烏やたのからすを守るのが使命だったやつもいるけど」

八咫烏ヤタガラスなんて、架空の生き物じゃない」

 私がどうでもよさげにつぶやくと、不死川は笑った。


「いや、いたんだよ。最近も見つかったらしいぞ、たしか」

「……信じられるわけない」

 八咫烏ヤタガラスは日本の神話に登場する三本脚のカラスだ。近年になって、脚が三つもあるカラスが発見されたとでも言いたいのか。

 不死川は気にもしていないかのように続ける。

「そんで、物心がつくとたいてい分かるんだよ。自分が誰を守ればいいのか。……でもおれだけは、自分の使命がずっと分かんねぇんだ」


「守るものの系統も分からないの?」

 そう尋ねた私は、自分が普通にコミュニケーションをとることができているのに気づいた。やればできるのかもしれない、そう心の中で思う反面、誰にも心を開くべきじゃない、と過去の私がささやきかける。

「さっぱり分かんねぇ。何か大きな存在だってことぐらいかな」

 不死川は無精ひげを触りながら答えた。


「あんたもしかして、さっき死んでも構わないと思ったの?」

 私は不死川に疑問を投げた。どのタイミングで死ぬのか分からないのに私に近づくなんて、無謀にもほどがある。しかしなんの脈絡みゃくらくもないことを突発的に尋ねるのは、あまりよくないのだろうか。


「あー、まあそうだな。長生きしたいとは思ってねぇからなぁ」



 虚空こくうを見つめる不死川に、私は覚えがあった。


 自分と同じ目をしているような気がする。


 見ていられなくなり、私は不死川から視線を外してうつむいた。


 小説では、普通コミュニケーションをする際に、お互いに言語交換をする。ある者が喋ると、別の者がそれに応答する。内容に返事をするか、関連する自分の話を添えるか、話が終わったと判断するなら別の話題を提供する、というのが一般的な応答だと思っている。

 長いあいだを空けて、私は声を絞り出した。

「……私もそう思ってる」


 不死川は私の言うことを不思議そうに眺めながら問う。

「嬢ちゃんは、自分でそう願えば一発だろ?」

 私は首を振るしかない。

「できない。私は自分を殺したいっていう願望だけは叶えられないみたいだから」


 何度も試した。

 でも、できなかった。


 よりによって、一番願っていることを叶えられないというのは皮肉なことだ。もしこれが叶うなら、世界で一番いい特殊技量ちからだと思うのに。



 餓死寸前になると、何か食べたいとしまう。


 溺れようにも、苦しくなると体を水面まで浮かせてしまう。


 自らを火であぶろうにも、恐怖や熱、痛みを感じて、火中から飛び出てしまう。

 

 邪悪な気持ちに完全に飲まれる直前には、まだ読んでいない物語があることを思い出す。



 結局私は、生命活動をやめたいと思ったときに、やめることができない。私の本能がそうさせてはくれないのだ。

「そっか。人間誰しも、できないことはあるってことだな」


 不死川は自分で言って自分で頷いていたが、私はちょっと違う意見だった。できないことは多いほうがいいのではないか。そう思うのだ。


 でもそれは、自分がなんでも叶えられるからだ。欲しいものも、見たいものも、したいことも、すべて思い通りになる。自分の死以外だったら。

 なりたい職業を、就職だって容易にできるだろう。職種に特化した特殊技量ちからがないのでその後は苦労するかもしれないが、もちろん私の特殊技量だったらその苦労を回避することもできる。

 でも私は面倒なことをしない。人間社会に入り込むくらいだったら、一生独りで本を読んでいたい。


 他人からすれば満たされた人生にでも映るだろうか。


「あとは嬢ちゃん側が発動失敗した可能性もあるな」

 不死川がそう言うので、私は思案から引きずり戻された。


「そんなわけないじゃない」

 不死川は私を見くびっているのだと思う。たしかに、火を扱う力のある人が、体調を崩したか何かで弱火しか出せなかったという、くだらない四コマ漫画を読んだことがあった。しかしそれは、体から何かを出すタイプの人のケースではないのか。

 頭痛をはじめ身体の不調はそこかしこにあるが、そんな単純な要因で失敗したことは一度もない。

「例えばだけどな、どんなに小せぇ声でも、とにかく発声しないと出せないとか」

「それはない。だって私、いつも大体心の中でもの」

「そんじゃ、〇〇したい、〇〇がほしいっていう断定のしかたをしなければ出せないとか?」


 不死川の言うことに、私は目を丸くした。たしかに……


   ――目の前の男の顔がもう少し整っていればいいのに



「……、って思ったときは叶ってない」

 自分が実験台にされたとも知らず、不死川は当たったと喜んでいる。しかし私は反論する。

「だけど私、さっきあんたを殺そうとしたときは、したいとかほしいとかっていうをしてなかったけど」

「ありゃ、そうか」

 私は不死川に死んで「ほしい」とは言っていない。服を着せ「たい」とも言っていない。着物のときは、与えたいとが。この世の中をぶっ壊してやると思うこともあるが、そういう語尾では叶わない。


 つまり、こういうことか。


 この世界を壊してや

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る