第七章 祈祷かなえ
第四四話 暗然
「でもよぉ、だからって人を殺していい道理はねぇよな。きっとお前も分かってんだろうけどさ」
和装の男はそう言うと、私に一歩近づいた。
「……それ以上近づいたら、あんたも同じように殺してやるから」
私は本気だ。百人殺そうが千人殺そうが、一人殺してしまったら同じなのだから。
私は
私はこの
二十人近くいたかな。正確に数えようとした頃には腕も脚も頭もたくさん転がっていて、面倒になってしまったから曖昧だけど。
それにしても、久しぶりに声というものを出した。私には普段、会話する相手などいないのだから。
「家族と同じように、か?」
男の目からは感情を読み取ることができない。だが、私のことはみんな恐怖心か、良くても
「そう。みーんな、肉片の一つも残らないよう消してやったわよ。あははっ、楽しかったなあ」
私は男の前に背を向け、高らかに笑ってみせた。
でも、私は嘘をついていた。楽しくなんかない。あっという間に消してしまったから、むしろつまらなかったのだ。
私は祖父母、父、年の離れた姉、私の五人家族だった。母親は私を産むと死に、私は私で難病をもって生まれてきた。
どうして私だけこんなに体が弱いのだろう。なぜいつも苦しいのだろう。なんで自由に動き回ることができないのだろう。私はそう疑問に思って育った。
四歳になる頃には、その難病によって生死の
これが、私の記憶に残る初めての
それも、願いだけではない。命令だってたちまち叶うのだ。立ち去れと言えば相手はすごすごと引き下がる。さっきの警察官にそう言わなかったのは、殺したほうが面白いからだ。
のちに分かったことだが、父母には姉以降子どもができず、
――当たり前だ。生まれつき
それも、注入されていたのは
しかも、そんな苦労をして生んだ子どもがこれだ。自分で言うのもなんだが、素行に問題がある。まあ、家族は皆殺してしまったから、もはや残念がることもできないだろうが。
私が物思いにふけっているあいだ、男は微動だにしなかった。体は震えていないし、冷や汗もかいていない。それどころか、微笑ましく観察しているような節まである。
私はだんだん腹が立ってきた。男に背を向けたまま言う。
「なに笑ってんのよ!」
男は両手を軽く上げると、
「いやいや、悪かったな。なぁに、お前が楽しかったんならよかったなぁと思ってさ」
などと言ってのけた。
――こいつは何を言っているんだ?
普通は皆
「あんた、頭が湧いてんじゃないの?」
私は男のほうを向きながら言う。すると、なんと男は目を細めて私を見ていた。
「楽しいことが一つでもあるなら、人生捨てたもんじゃないだろ?」
――嫌だ、気持ち悪い
――私を見てる
――笑ってる……?
――嫌だ、嫌だ
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い
「……五秒以内に立ち去らなければ殺す」
私は挑発的にこう言うのが精一杯だった。
それでも男は動かない。緊張している様子もない。
「私は
私は目の前の男を五秒待たずに殺すと決めた。私の邪魔をするやつらは皆、自分の力で殺してきたのだ。今回だって大丈夫。
――――
私はうっすらと笑みを浮かべると、男を見ながらそう思った。別に見なきゃ発動しないものではない。私は単に、男がばらばらに砕ける様子を見たいのだ。
ほどなくして、男が
全身の血が飛散して、私の白い髪にまで飛んできた。汚い……帰ったら洗おう。
「あーあ、つまんない」
私は拠点に戻ることにした。できるだけ苦しんで死ぬよう思ったほうがよかっただろうか。
家はない。指名手配されるようになって、住んでいた家を抜け出してきた。自分の生家など、いつかは出ていこうと思っていたからちょうどよかった。最近は人気の少ない山の中腹で適当に暮らしている。
それでも誰か来たことはある。歓迎できない客――それがさっきの警察どもだった。そういう力をもつ人がいたのだろうが、私の居場所を正確につきとめられたのだ。全員銃まで構えていたから、私は一人残らず殺した。これは正当防衛だ。
一応尋ねるべきことはあらかじめ尋ねた。お前たちのうち、誰が私のいる場所を正確に当てたのか。
でも、その中にはいないようだった。雑魚に指示をするだけして高みの見物を決め込む、卑怯者だったのだ。呼んで来いと言った直後に全員解体してしまったから、結局私の思いは叶わなかった。
生まれて初めて失敗をした。
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