第四十話 一堂に会す
「よっ、坊主。そろそろいいかー?」
和登が厨房でティーセットを洗っていると、廊下から男の声がした。
「ええ、もう構いません」
和登は相手を見ることなく言う。
「あの嬢ちゃんと積もる話でもあったのか?」
厨房のテーブルに置かれた、手の付けられていないピスタチオのクッキーをつまんで不死川が問う。
「はい。おおかた終わったのでお気になさらず」
和登は不死川がクッキーを口に運ぶのを横目で見ると、目を伏せた。
「あの娘っ子、誰かに似てんだよなぁ……」
タオルで手を拭くと、不死川が計三枚のクッキーを食べ終えるまでは何も言わず見守っていた和登だったが、四枚目を食べようとする前に声をかけた。
「それで、索田さんになんのご用があって、こちらへいらしたんですか?」
「ああ」
不死川は四枚目のクッキーを口に放り投げて言う。
「あいつがちょい、悪いことしてねぇかと思ってな」
和登はうつむいた。握った拳には、じわりと汗がにじんだ。不死川に続きを促す。
「どういうことか、教えていただけますか」
不死川は口の中の菓子を十分に
「金髪の嬢ちゃんが長いこと行方不明になっててな。おれは
和登は顔を上げ、不死川を見据えて言う。
「先生が、ですか」
「情報を聞いてまわってると、どうも怪しいんだよな」
不死川が悪びれもせず言う。和登はわずかに唇を噛むと、不死川に打ち明ける。
「俺もそのことで、明日にでも不死川さんを訪ねようと思っていました」
和登がそう言うや否や、廊下から足音が聞こえた。
「あらぁ、わたしを呼んだのもそのお話かしらぁ?」
女性が廊下から姿を見せた。開いた胸元に銀色のビジューがあしらわれた濃紺のドレスを身にまとい、しとやかに厨房へと入ってくる。大ぶりのシルバーのロングチェーンで腰の部分をすっきりと締めていた。
「
「ごめんなさいねぇ。言うことを聞かない子がいたものだから、遅くなってしまったわぁ」
失木は両手を合わせて和登に謝る。
「いえ、俺らも今落ち合ったところですので」
和登はそう応えると、不死川に向き直った。
「こちらは失木佑子さんです。
次に和登は失木を見て言う。
「失木さん、こちらは不死川
「おっす、よろしくな」
不死川が失木に右手を差し出し、失木も快く応じた。
「うふふ、こちらこそ」
和登はひとまず息をついた。不死川と失木が挨拶に続く軽い雑談をしているあいだに、自分で練った段取りを脳内でまとめる。
「そんで、坊主。おれらは何すりゃいいんだ?」
「いえ、その前に、前提として……失木さん、少しいいですか」
「あらぁ、何かしら?」
失木が上機嫌に返事をする。
和登は失木を見た。和登は彼女のことが苦手だったが、協力者としてはこの上なく頼りになると考えていた。
「先生のことをどう思っていますか?」
失木はにっこり笑って答える。
「もちろん、とっても愛しているわ。彼ほどの男性は他にいないもの。彼は全然、その気じゃないみたいだけどねぇ」
言い終わると、失木は口をとがらせた。和登には失木がどれくらいシリアスなのか、あるいはふざけているのか、まったく掴むことができない。
「でも、それはおそらく先生の力が……」
「辰二郎さんの力が理由だとしても、そんなの気にならないわぁ。必要なときに、わたしを欲してくれればいいもの」
和登は考えた。自分は男なのに索田を崇拝しているが、それは恩があるからだ。しかし、世の女性もまた、和登と同じかそれ以上に索田を信奉している。索田の
これまでに、二人が留守にしているあいだに索田の私物がなくなっていたことが何度もあった。「優しい・博識・絵画から飛び出したかのように美麗」の三拍子に
「それだけの理由で、これまでも先生に協力してきたということですか」
「ええ、そうよぉ。少なくともわたしは、好きな人がしてほしいと思うことならしてあげたいの。それを人は言いなりって言うかもしれないけれど、わたしにも意思があってしていることなのよ」
和登には理解しがたかった。索田は失木だけを見ているわけではないのに、いや、失木のことなど一切見ていないのに、どうしてここまで尽くせるのか。
「……そういうものなんですか」
「そういうものよぉ」
失木はにこにこと笑って言い切った。
「ひょっとすると、嬢ちゃん」
一連を黙って聞いていた不死川が口を開く。手に五枚目のクッキーを持っている。
「あんたが物事を忘れさせる技量をもってる女か?」
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