第七話  オリエンタル

「おいしい……」


 オリエンタルな香りが里佳の鼻を通り抜けた。味は特徴的だが飲みやすい。様子を見ていた索田がくすくす笑って言う。

「毒が入っているとでも思った?」


「そ、そんなつもりじゃ」

 里佳は慌てて訂正を試みるが、実際に不審だとは思っていた。他人にれられたものを飲むのに不慣れでもある。里佳がどぎまぎしながら索田を見ると、里佳の返事を聞くともなしに二口目を飲んでいる。ただのコミュニケーションだったようだ。


「ほら、和登くん。おいしいってさ。これはなんという茶葉なんだい?」

 索田が和登にバトンを渡す。和登はすぐに答えた。

「アッサムよりコクが控えめのキーマンです。渋味が好きかどうか分からなかったので、ないものにしました」

「だそうだよ」

 索田は里佳に笑いかける。里佳にはアッサムだとかキーマンだとかは詳しく分からないが、和登が里佳のことを考えて選んでくれたものだということは伝わった。警戒していた里佳は、素直に親切を受け取ることができない自分を恥ずかしく思った。



「ところで。里佳ちゃん」

 一通り紅茶を飲んだあと、索田は切り出した。

「この屋敷の周囲が危険だということは知っていたのかな」

「いいえ。危険なんですか?」

 索田は両手を前で組むと、それを腹あたりに置いて言う。 

「ここは人里離れた僕の土地。ふもとへ下りるには車でもそれなりの時間がかかるし、整備されていない道には野生動物もいる。とにかく、歩いて上り下りするには危険が伴うのだが、君は……徒歩で来たのだろう?」


 里佳は目を丸くした。そんなにも危険な道を自分がどうやって移動したのかまるで分からない。自転車は使わないし、運転免許など持っていない。

「ええと……よく覚えていないんですが、大学の講義室でものすごく怖い体験をしたのは覚えています」

「ほう、どんな?」

 索田は興味をもったようだった。組んでいた手を膝の間まで下げると、索田が里佳を見る目は上目遣いになる。自分の顔をのぞき込む索田を見て、里佳は自分の心臓の音がどんどん大きくなるのを聞いた。それでも素直に、感じたままを話す。


「なんか、急に闇に引き込まれそうになったというか。うまく説明ができないんですけど、腕どころか身体全体をぐっと引っこ抜かれるような感覚になって……。私、怖かったけどそれにあらがったんです。それで、いったんは収まったんですが、またそれが起きて。耐えられないと思っているうちに気を失っていました」


「……あまりにも不思議な現象すぎて、にわかには信じられないな」

 索田は手をほどいて体を背もたれに委ねた。和登はしばらくただ静かに聞いているようだったが、間ができた機に「片づけます」と言うと、ティーセットを持って撤収していった。

「私も何がなんだか、まったく分かりません。無意識にここへ歩いてきたにしても、足は疲れていないようだし」

「そもそも、ここへはたどり着けずに遭難していただろうね」

 里佳が不安でいっぱいだというのに、索田は真顔で恐ろしいことを言ってのけた。しかし里佳の表情が曇るのを見ると、微笑を向けてこう言う。


「大丈夫、君の問題はこの僕が解決してみせるよ」

「え、どういう……」

「何か悩みがあってここへ来たのではないかな。あるいはここに迷い込んだこと自体が悩みか。いずれにしても」

 索田は立ち上がると片手を胸にあて、もう片方を里佳へ差し出す。


「僕は探偵をしているんだよ、里佳ちゃん。ようこそ我が探偵事務所へ。いじらしく悩むあなたの問題を、僕が解決してみせましょう」



「探偵……?」

 里佳は目を見開いていた。探偵という職業自体は知っていたが、某漫画やさまざまな小説に描かれているさまを認知しているだけで、身近にはいなかったし他に探偵について聞いたこともなかった。索田は言う。

「そう、探偵。請け負うほとんどが人探しとか失せもの探しだけどね。それが売りだし」


「ええと、私、失せものは特にないんですが」

 と言いながら、里佳は自分の手元にバッグやタブレットなどがないことに気づく。パーカーのポケットに入れておいたスマートフォンもない。大学に置き去りにしたのはほぼ間違いないだろうと思い、索田に尋ねることにする。

「私のカバンとか、スマホとかも探せますか?」

 索田はくすくす笑った。

「それは大学にでも置き忘れたのだろう。そんなしょうもないこと引き受けないよ。僕への依頼料はなかなかに高額なのだから」

「そんな元も子もない……私お金ないですし。そもそも、本当に探偵なんですか」

 里佳は落胆した。解決してみせると言ったから聞いてみたのに、索田がこの調子では話にならない。「でも」と索田は言う。


「君のことならいくつか当てられるよ。それで探偵をしていることは信じてくれるかい?」

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