6日目:今日と鏡の隙間

 目を覚ます。見慣れた天井、変わらぬ風景、カーテンの隙間から挿す陽光、響き渡るアラーム。そこまで認識した私はモヤがかかる頭を無理やり起こしてすぐに着替える。パパとママに何も言わないで玄関を飛び出した私が向かう先はもちろん学校では無い。


「始まりの場所……全部の始まりはあそこだった……!」


 目が覚めた時脳裏に張り付いた場所のイメージ。ただの変哲のない交差点。でも、私にとっては忘れられない場所。そう、最初に恭香が車に轢かれた場所だ。


 私は普段あまり運動で使わない体に鞭を打って全力疾走する。10分弱で目的の交差点が見える。不思議と誰とも会わなかったが、そんなことは気にならない。恭香が轢かれた場所に行ってみると何か黒い影のようなものが地面に張り付いている。


「何……これ……」


 手で触れてみるとズブズブと地面に腕が入っていく。私は、驚き咄嗟に手を抜く。


「ヒッ……!なにこれ……でも、この下にあるんだよね……?」


 私は意を決してその影へと入る。中へ入るとゆっくりと水の中を落ちるように下へと行き、地面のような場所に着く。真っ黒く何も無い。振り返ると誰かが立っていて、その下にもう1人誰かが横たわっていた。いや、横たわっているのは誰か、では無い。私の親友、恭香だ。


 そう認識した時、立っている人がもはや見慣れた笑みを浮かべて話しかけてくる。あぁ、私だ。もう1人の、私。


「そう、正解。ここまで来れたご褒美になんでも答えてあげるよ」


「なん……でも?じゃあ、あなたは誰?一体何者なの?」


 まずは1番疑問に思っていたことを聞く。


「私?そうだね、私はあなた。あなたは私だよ?」


「はぐらかさないで。全てを答えてくれるんでしょ?」


「ウフフごめんね?そんなに怒らないで?私はあなたの本能の部分。普段、ご飯食べたい眠たいアレしたいこれしたいをあなたに伝える存在」


「どういうこと?」


「私が本能であなたが理性。私の欲求をあなたが考えて行動を移してるの。私はあなたの半分なの」


 その説明を聞いて何が何だかわからなくなった。だから、思考を切り替えて次の質問をすることにした。


「じゃあここはどこなの。この真っ暗な空間は」


「ここはね、今日と鏡の隙間。私の後ろにあるのが"今日"。つまり現実世界のこと。そしてもう一つの"鏡"っていうのがあなたの後ろにある夢の世界。昨日まであなたが見続けたものの正体。その2つの間にある空間がここ」


 私は自分の後ろを見ると何か白いモヤみたいなのがあることに気づく。同じようなモヤが彼女の後ろにもある。そして、なぜか私は彼女の説明から今日と鏡二つの漢字を瞬時に理解する事ができた。


 そこまで理解したところである一つの考えが頭をよぎる。


「じゃ、じゃあ、あそこで私が体験したのは全部夢だったの!?」


「そう、私が見せていた夢」


 そこまで聞いた私は心の底から安堵する。良かった……恭香は死んでいない……


 私は安心したところで今聞いた発言に対して疑問が浮かぶ。


「あなたが見せていた夢……?あなたがアレを?なんのために」


「あなたの心を守るため」


 よくわからないと私が首を傾げると彼女は言葉を続ける。


「あなたは心に大きな負荷を負った。そのせいで心が、特に、理性の部分が壊れたの。その"鏡"の世界は心を表していたの。でもとある出来事によって砕け散った。それを修復するためにあなたには現実を受け入れてもらわなきゃいけなかったの」


 と、彼女はそこで一呼吸置いてから続ける。私はそこはかとなく嫌な予感がした。


「あなたは親友恭香が目の前で車に轢かれて死ぬところを目撃した。そのせいであなたの"鏡"が壊れたの」


 その言葉を聞いて私は動揺する。


「なんで!だってアレは全部夢って言ったじゃ無い!」


「車の事故は夢じゃ無いよ。だって私が殺してないんだもん。夢の世界じゃ殺すのは全部私」


「嘘よ!じゃあなんであなたは恭香を殺すのよ!私の本能であるはずのあなたが!なんで!」


 動揺に任せて叫ぶ。そんな私の様子を見た彼女は少し困った表情をする。


「ううん。あなたが、私が望んだ事だよ」


「そんな訳ない!」


 私の抗議に彼女は1つの真実を告げる。


「誰かに殺されるくらいなら自分が殺す。そう思ってない?その考えをあなたは否定できる?」


 その言葉を聞いた私は声を出す事ができなかった。あぁ、私がそう言うんだ。恭香は本当に……死んだんだ……もう帰らない。


 膝から崩れ落ちる私に彼女は再度語りかける。


「でもね、貴方の理性の鏡が壊れたと同時に本能の鏡だけが壊れた子がいるの」


 顔を上げるとそこには横たわってる親友の姿があった。


「貴方を突き飛ばした時、奇跡的に"鏡"が入り込んだみたい。要するに魂だけみたいな感じね。ここで貴方には2つの選択肢があるの」


 そう言って彼女はまた、いつもの不気味な笑みを浮かべ2つの道を提案してくる。


「1つ目は貴方がこの治った理性の鏡に入る。そうすれば今、本能だけで人形みたいに動くあなたの理性は元にもどって、この夢も終わる」


「もう、1つは……?」


 絶望にくれながら分かりきった道の質問をする。彼女はその質問の答えを私がわかっているのを理解して答えてくる。


「2つ目は貴方の鏡に恭香の理性の鏡が入る。そうすると秋 恭香という人格は再び外での生活をする事ができる。その場合器を失った元々の理性の鏡であるあなたは永遠とあの夢を見続けることになる。あぁ、心配しないで?恭香があぶれた場合はそのまま消えて無くなるよ。元々の体があなたの物だからあなただけそうなるの」


 2つの道。どちらを取っても今後私は地獄を見続ける事になる。永遠と友のいない世界を過ごすか、永遠と友が死に続ける世界を生きるか。その選択を迫られた私は……


 考えた。私はどれほど時間が経ったかわからないほど考えて考えて考えた後、1つの道を選択する。


「私は…………」

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