第10話:実現へと続く一歩
魔法――魔力を対価とし奇跡を具象化する手段である、とエルトルージェは説明した。このぐらいの知識であれば教えてもらわずとも雷志は知っている。彼が求めているのは方法だ。扱えなければせっかくの恵まれた力も意味がない。
現在、そのレクチャーを受けるべく雷志はエルトルージェの修練場に案内された。修練場、とは言ったものの屋敷の中ではない。
今日も快晴が清々しい外――屋敷から西へ少し進んだ森の中。緑豊かで穏やかな空気に包まれているこの場所で、今より修業が行われようとしていた。
「そ、それでは本日はよろしくお願いいたします」
「おぉ、いっちょ頼むわ」
「まず魔法ですが、必要なのは詠唱です」
「おぉ、王道なやつやな」
「詠唱とは魔法を行使するのに必要な行為です――かつては無詠唱で魔法を操っていた大魔導士と呼ばれる方もおられたみたいですが、この話はまた次回にしましょう。まずは私がお手本を見せますね」
そう言うとエルトルージェは腰からナイフを取り出した。いきなり自分の指を切ってきたナイフを前に、雷志はたまらず身震いしてしまう。咄嗟に手を守る姿勢を取ったのは、致し方ないと言えよう。
そんな様子の雷志を他所に、エルトルージェが次の行動へと移った。
ナイフの切先、ではなく柄頭を一本の木へと静かに向ける。血のように赤々と輝く球状の小さな宝石が埋め込まれていた。
「では――“炎帝カーラーよ、今こそ汝の赤き加護をわが身に宿したまえ。我が心に熱く燃ゆるは正義の炎、悪しき者に紅蓮の裁きを与えたまえ”――ガンブレイズ!」
詠唱後、赤き宝石より炎が具象化された。
火炎放射器のように噴き出た炎が瞬く間に木を消し炭へと変えてしまう。
「す、すごい‼」
雷志はエルトルージェに盛大な拍手を送った。
生まれて初めて目にした魔法。創作で王道として現在でも幅広く愛されている概念を見せつけられて、どうして喜ばすにいられよう。年甲斐もなく心が熱く高揚して、自らもあの力が欲しいと渇望している。
(早く……早く俺も魔法が使いたい!)
「エ、エルトルージェ! 俺にも早よ教えてくれ!」
一息吐いて休息を取ろうとするエルトルージェに、雷志は気にすることなく詰め寄った。
「お、落ち着いてください
「あ、す、すまん……」
「クスッ――それでは、始めていきますね? ではまずはこちらをお持ちください」
「これは?」
エルトルージェから渡されたのは、一本の杖である。片手用だ、携帯するのに適していているが、如何せんフォルムに雷志は不満を憶えた。
シンプルイズベスト、という言葉ある、この杖のデザインはとても単純な構図で仕上げられている。
装飾なども施されていなくて、あたかも初心者用とでもいう雰囲気が、どうしても拭いきれずにいた。
(文句言うんはお門違いってのはわかるんやけど……どうせやったらもっとこう、カッコいいのがよかったわ)
当然、用意から指導までしてくれるエルトルージェにそのような不満はもらさない。
己が教えてもらう立場にあることを再認識した、ところで雷志は杖を手に一本の木と対峙する。
「……闇属性か。どんな感じなんやろうな」
「大切なのはイメージすることです。そのイメージを高めてくれるのが詠唱となります。詠唱は高度かつ難易度が高いものであればあるほどに強力な力を生むことが可能となります――でも」
「その分長ったらしくなって隙だらけになるってことやな」
長すぎず、短すぎず、それでいて強力な力を引き出せる詠唱。言葉にして起こしてみれば都合がいいにも程がある。
問題は他にもある。
「なぁエルトルージェ、闇属性の魔法っていうのは具体的にどんなのがあったんや? 一言に言うてもよぉわからへんのやけど」
「それは……申し訳ありません
「そっか……こら問題山積みやなぁ」
「ただ、噂程度ですが、かつて闇属性の魔法を操っていた敵を幻を見せたり呪い殺すことに長けていたとか……」
「呪殺ってことか――ん? それやったら……」
思い当たる節があった。
しばし沈思して――「なるほど、俺にある意味ぴったりな属性かもしれへんな」、と。雷志は自嘲気味に笑った。そんな彼をエルトルージェがおずおずと声を掛ける。
「あ、あの……
「ん? あぁすまんすまん。ちょっと昔のこと思い出してもてな。あ、
「は、はぁ……」
「となると、杖もこんなんよりもっとアレに近い方がいいかもしれへんな。後は詠唱か……自分のイメージ力を増幅させる、かつ相手にも伝わるほどってなると、アレがえぇかもしれへん。こればっかりは練習せななぁ――」
「あ、
エルトルージェを差し置いて、一人思索にふけてしまった雷志。彼女が声を掛ける前に、彼は足早に屋敷の方へと戻って行ってしまう。
脳裏でどんどんと構図が組み上がっていく。後は実物化させるのみ。完成してからこそ、本格的な修業が始まる。雷志は一人頬をにやけさせる。ようやく背後からエルトルージェが呼び止めていることに気が付いて、雷志は慌てて謝罪を述べた。
屋敷に戻ってからの雷志は早速ある場所へと足を運んだ。
「|雷志(ライシ)様、どうしてここへ?」
「ん? あぁ、今からちょっと工作の時間やな」
魔法に関連する物は何も書物だけではない。
雷志の狙いは魔道具である。更に正確に言うなれば材料である。
一から自分だけの杖を作る、保管庫へと無断で入ったのはそのためだ。
ヴォルト家の人間しか入ってはならない、という規則を破ってしまっているから、エルトルージェが妙に落ち着きがない――「気にすんな、俺が許可すればそれでえぇやん」、と。雷志がにっと笑ってサムズアップした。
「さてと、なんか使えるもんはないかなぁっと」
整理整頓がきちんとなされている保管庫を物色し始めていく雷志。
気になった物があれば手に取ってはまじまじと眺めていく。エルトルージェはと言うと、彼からの質疑応答する役目に徹していた。
そんなやり取りをしてから数十分後――「なんや全然あかんわ」、と。雷志は顔に落胆の
「全然これといって目ぼしいもんがないやん」
「|雷志(ライシ)様はどのような物をお探しになられていたのですか?」
「ん~ざっくり言うとやな。相手に直接こう、効果が強く与えられそうな物っていうか……なんて言ったらえぇんやろ」
「は、はぁ……」
「すまんな説明が下手で。どう説明したら……ん?」
それは、部屋の片隅で輝いていた。
棚の上にちょこんと鎮座していたソレは、白く光る石である。
見事な球体上に磨き上げられている癖に、ずいぶんと扱いがぞんざいだ。埃にまみれていて、せっかくの輝きも半減してしまっている。
何気なく手に取った雷志は埃を払い落とした――「めっちゃきれいな石やな」、と。何気なく口にした一言に、雷志は驚く。
「な、なんやこの石……! 俺の声が反響しよったで!」
「それは振動石ですね。石に近付いて話すとその声を反響させる不思議な霊石です。この石を使うことで遠くにいる相手とやり取りをする道具です。もっとも、ランクとしては一番低くて、採取もしやすいんですけど」
「……これや」
「はい?」
「ありがとうやでエルトルージェ! おかげで俺の杖が出来上がりそうやわ!」
「ど、どういうことですか⁉」
「話は後や! んじゃあ後は本体となるパーツを探さなあかんな。なんやテンション上がってきたで!」
振動石を大事に懐へとしまうと、雷志は作業を再開させた。
最初こそ丁寧な手つきも、己の欲が満たされたことで次第に粗さが目立つようになる。壁や床にこすり付ける回数が緩やかながらも更新されていく――「あ、ぶつけてしもたけど。まぁえっか」、と。笑い飛ばして反省する素振りは一切ない。
どうでもいい。これが雷志の考えであった。
頂ける物はしっかりと頂いていく。後はどうせ出ていくのだから、この家の私物がどうなろうと知ったことではない。
物色している雷志の隣では、エルトルージェが先程から顔を青ざめさせていた。
「心配すんなってエルトルージェ。なんかあったら俺がどうにかしたるさかい」
「え、で、でも……!」
「まぁ、お前がビビッとんのもよぉわかるけどな――あ、やってもうた」
「ももも、もう少し丁寧に扱われた方が……!」
「……えぇかエルトルージェ。お前に一ついいことを教えておいてやるわ」
「……?」
「バレへんかったら、犯罪やないんやで?」
「いや絶対に駄目ですよそれ!」
「いいツッコミやな。芸人の才能あるかもしれへんで、エルトルージェ」
今にも泣きそうな顔でいるエルトルージェに、雷志は終始面白がっていた。
彼女が心配していることがわからないほど、雷志も愚鈍ではない。
大切に保管してあった物に傷付けたのだから、下される処分も重い。ましてや今回は不法侵入という余罪のおまけつきだ。倍々に課せられた罪から、厳重注意だけではまず済まされない。最悪、その場で死刑などということもありえよう。
だからと雷志は取り乱したりはしない。
(どうせバレへんやろう)
何故このような自信が彼にはあるのか。保管庫へ足を踏み入れた時から、ある事実に雷志は気付いていた。ここにあるものは一見すると大切に保管されている、がそれだけの話である。
ここの手入れは、まるで行き届いていない。
ヴォルト家以外の人間が立ち入ってはならない、このルールを自ら敷いておいて、誰も掃除すらしていない。つい最近解放された形跡すらないのは、埃にまみれていた振動石を見やれば一目瞭然である。
故に、例え傷一つついたぐらいでバレないだろう。そんな自信が雷志はあった。
それから更に数十分が経った。
「よしっ、ほな今からクリエイトするで!」
「あぁ……ほ、本当にどうしましょう……」
必要な物を手に入れたとあって、雷志の顔は嬉々としている。
一方でエルトルージェはこれまでに彼が傷付けた保管物に、何度も怯えた目を送っていた。
いつバレて処罰されるのかひやひやとしている彼女に、雷志は最後まで気付くことはなかった。
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