第4話:異世界転移?

 眩い陽光と暖かな微風によって目を覚ました雷志。またいつもの朝が始まろうとしている。だが、目を開けてすぐに飛び込んてきた光景が、彼を驚愕の渦へと引きずり込む。

 まったく知らない天井が視界一杯に広がっている。シャンデリアがぶら下がっている。まずこの時点で彼に自宅ではないと告げるのに十分な効果を発揮した。


(ど、どこやここ……⁉)


 布団を跳ねのけて雷志は忙しなく辺りを見回した。

 天井がまったく記憶になければ、周りも同様に記憶にないものばかりで構築されている。

 見るからに高そうな絵画が飾られていた――威厳に満ちた男が椅子に腰を掛けている。服装からして軍人なのだろうか、が旧日本軍のそれともまた大きく異なっている。

 いずれにせよ、絵画が飾られてあるという時点で雷志の趣味嗜好に大きく反している。

 アニメやゲームに登場する可愛い女性のキャラクター……いわゆる萌えキャラのポスターなどであれば、たくさん彼の部屋にはあった。その同じ数だけフィギュアもショーケースに保管している。

 それだけではない。今時であればどの家庭でもあろう、テレビやゲーム機といった文明の利器も、この部屋には置かれていない――「なんやこの無駄に高そうな壺は」、と。触れようとして、雷志はそっと手を引っ込めた。

 骨董品に興味が微塵にもない彼でも、万が一割ってしまった場合どのような結末を迎えるかがわからないほど、祓御雷志は愚かな男ではない。

 一先ず、周りの物に触れないように心掛ける。

 改めて、ここがどこなのか。まずはこの疑問を解消することから雷志は始めた。


(ここが俺の部屋でないんは確かや。せやけど、なんで俺はこんな場所におんねん。俺は……――)


 意識を過去へと遡らせて、はて。雷志は小首をひねった。

 自宅についてからの記憶が欠如している。玄関を開けて、食事の支度をしてくれている母へと向けて――「ただいま」、と。帰宅したことを告げてから、自分は何をしていたのかがまったく思い出せない。


(いやいやいやいや! この歳で若年性アルツハイマー型認知症とか笑えへんって!)


 その後も、幾度と雷志は記憶に意識を巡らせた。

 自身の出生に始まり、実にくだらない出来事まで、しっかりと記憶されているのに帰宅して以降の記憶だけがどうやっても出てこなかった。

 ここで雷志は即座に切り替えた。

 思い出せないのは、当然ながら気持ち悪い。不安も込みあがってくる。

 けれどもそのことだけにかまけているのは、あまりにも時間がもったいない。

 考えねばならないことはまだまだたくさんある。

 まずは目の前にある問題から片付けていこう、そうすればいずれ欠如した記憶に関しても何か思いだせるかもしれない。雷志は判断した。

 意識を内界から外界へ。改めて確と映る光景に、雷志は思考を巡らせる。

 不意に、こんこん、と。扉を叩く音が小さく奏でられた。誰かがやってきたらしい。身構えている雷志の前で、扉がゆっくりと開かれた。


「失礼します」

(メ、メイドさん……?)


 メイド喫茶で見るようなゴスロリ風ではなく、伝統的な由緒あるメイドの正装を彼女は纏っていた。

 腰まで届く三つ編みにした黒髪は美しい濡羽色に輝いている。年齢的にいえば、雷志と大差はないであろう。当人の目には自分よりもずっと上に見えていた。

 要するに、清楚感あふれる彼女に雷志は美しいと思っていた。

 故に見惚れてしまい、そんな風に考えてしまっていたものだから――「えらい綺麗な人やなぁ」、と。つい本音をメイドの前でもらしてしまう。

 雷志が内心でしまった、と思った時には既にメイドは反応レスポンスを示していた。頬をほんのりと赤らめて、目線を伏せがちにする。照れているのは一目瞭然で、雷志の心を大いにときめかせるには十分すぎる効力を発揮していた。


(こんなきれいな娘俺は知らんぞ……。しっかし、メイドかいな。ますますここはどこやねん)


 色々と思考が巡る中で、雷志はここぞと本命たる疑問を彼女へと投げた。

 せっかく人がいるのだから、コミュニケーションを図らない手はない。

 日本語が通じる相手かどうかは、多少なりの不安が雷志にはあった。

 コミュニケーションが図れていたとしても、別の不安が雷志の心中にはあった。


(この娘が俺を拉致した……って、んな訳ないって思いたいな)


 こちらの不安はどうか杞憂であってほしいと願うばかりである。 


「え、えっと……すいません。ここってどこですかね?


 いやなんや気が付いたら立派なベッドに寝とったんですけど、ま~ったく記憶がなくて……ははっ」

「……やはり、記憶を失われているのですね」

「はい?」

「……ライシ様! お気を確かに持ってください。これよりお話しすることは、おそらくあなたに絶望を与えてしまうこととなるでしょう。ですが、私が話すことはすべて真実です」

「え? えっ?」

「……私についてきてください」

「あ、ちょ、ちょお待ってぇや!」


 突如現れて意味深な言葉を口にしたメイドに手を引かれるがまま、雷志は今いる部屋を後にした。

 部屋を出てすぐに、改めて豪邸であることを理解する。

 赤いカーペットが廊下に敷かれていて、その廊下も大理石で仕上げられている。

 等間隔に飾られている装飾品もまた、一つ一つが数百万は軽く超えるであろう、と雰囲気からなんとなくながらも雷志は察することができた。


(地震とかきたら一発やで……こんなところに高価そうなもん置いとくなよ)


 家主に対して愚痴を心中にて吐きこぼしていた雷志。前で動きがあった。

 先導していたメイドが立ち止まっている。小さく頭を下げる彼女の背後から、雷志は前方を見やる――「なんやあのクソガキは」、と。つい悪態をつかせてしまう表情かおをした一人の少年が行く手を塞ぐように立っている。

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