第2話:夢幻の如き遊戯場

 まっすぐと続く長い廊下。等間隔に設けられた証明がほのかに道を照らしている。


「ホ、ホンマどこに連れてく気や⁉」


 この時には既に、雷志の心中では警戒心が最大にまで剥き出されていた。

 女の強引さと、体格さ膂力りょりょくでも男である点から勝っているはずの優位性アドバンテージがまるでこの女には通用しない。


(まるで万力やないか! どんだけ力強いねんこの女‼)


 ようやく、とんでもない女に目を付けられてしまったと雷志は後悔した。

 そして、とうとう――「着きましたよ」、と。女の歩みが止まった。女の手は未だ雷志を掴んでいて、離そうとしない。


(逃がす気はないっちゅーことか……えぇやろ。ここまできたらやけくそや。とことん付き合ったる!)


 雷志は覚悟を決めた。

 意を決して視線を女の背中から正面へと雷志は向ける――「なんやあの扉は……」、と。つい口から洩れてしまうぐらいの衝撃に雷志は襲われた。

 目の前には鋼鉄製の扉が待ち構えていた。見るからに重そうである。

 宝石や黄金で装飾されているデザインが、見た目の美しさとは裏腹にどこか不気味さも演出している。雷志の口から言わせると、実に趣味が悪い扉であった。


「こ、この扉はなんやの?」

「それは、見てからのお楽しみですよ」

「ははっ……さいですか」


(鬼が出るか蛇が出るか……)


 ごくり、と生唾を飲み込んで。若い女の手によってゆっくりと開かれていく扉に、雷志は凝視した。

 ぎぎぎ、と音を立てている具合から重量感を感じさせる。

 そして少しずつできあがっていく隙間より色鮮やかな光が漏れて――「な、なんやこれ⁉」、と。雷志は目を丸くした。

 驚愕によって染め上げられた彼の瞳に映し出される|光景(せかい)は、雷志に深い関心と感動を与えるには十分すぎた。


「ようこそお客様。この部屋こそが【夢幻の如き遊戯場】の真の姿……私の展示室です」

「はぁぁぁぁ……こりゃ驚いたわ」


 雷志が足を踏み入れている一室は、とてつもなく広く設けられている。二十畳以上はまず、間違いなくある。こんな広い空間を何に使っているかは、すぐ目の前にある物が答えである。

 人形だ。大きめのショーケースがいくつもあって、その中に人形が鎮座している。

 人形の完成度が高いのは今更にして、主役を引き立てるための世界観ジオラマも観る者の心を大いに楽しませてくれる。


(よくもまぁ、ここまで作りこんだもんやなぁ……)


 砂利などは本物で、木の一本にしても雷志の目には本物のとして映っている。これらが人工物であるとわかっているはずなのに、だ。

 これも彼女が自ら手掛けているとしたら――「驚き桃の木山椒の木ってな」、と。ついもらしてしまったくだらないギャグに、雷志は自嘲気味に小さく笑った。

 その隣では、若い女が突然吹き出した。口元を両手で抑えていて、雷志に怪訝な眼差しを向けさせる切っ掛けを生んだ。


(い、今のギャグが面白いやと⁉ どんだけ笑いのツボが弱いねんこの人……)


 今時いるんだな、程度に留めておいて、さて。

 思い出し笑いをする女を、雷志は放置する。

 あんなくだらないギャグのどこが面白かったのか、と自問する傍らでショーケースの中に飾られた作品を楽しむことに専念していた雷志の目に、新たな疑問が映りこむ。


「これは……」


 疑問の眼差しを向ける雷志。その先にいたのは二体の人形であった。

 今まで一体だけの作品ばかりであったのに対し、どういうわけかこの作品だけ二体……男性体の人形も一緒セットになって飾られている。

 雷志の疑問は、まだ続いていた。

 この疑問を解消するためには、製作者自ら尋ねないことには得られそうにもない。

 雷志は女へと尋ねた。その頃になると女も落ち着きを取り戻していた。

 だが、やはり時折笑い出しそうになっている。必死に堪えているような挙措に、雷志はこほん、と咳払いを一つする。


「すいません、ちょっとお尋ねしてもえぇやろか?」

「は、はい。どうされましたか?」

「この作品やねんけど、なんで男性体の人形が一緒になってるんや?」

「あぁ、それはですね。彼女達は自分の運命の人と巡り合えたからですよ」

「運命の人?」

「ここにいるすべての愛娘達は皆運命の人と出会えることを今か、今かと待っているんです」

「な、なるほど。せやけどそれやったら、なんで男性の体の人形……皆普通の衣装なん? それにこのポーズかて違和感バリバリやん」


 ポーズについて外部があれこれと言及するのはお門違いもよいところ。

 製作者の自由であるし、第三者はその自由を侵害してはならない。

 あまりにも度がすぎている、性別に関わらず差別するようなものでもない限り、若い女の自由は許される。

 二体の人形は、肩を寄せ合っていた。瞳が閉じられていて、まるで今にも心地良い寝息が聞こえてきそうな、そんな雰囲気が見事に演出されている。

 眺めていた雷志がふと――「運命の人……か。なんや、えぇなぁ」、と。呟く彼に女がにやついた顔を作った。

 当然ながら直視してしまった雷志の顔には対照的に嫌悪感が示されている。


(この人、めっちゃ綺麗やのになんやもったいないわ……)


 それはさておき。

 人形の衣装は、どのような意図が含まれているのだろう。

 雷志はここがまったくわからなかった。作品として展示してあるぐらいなのだから、何かしらの思惑があることだけは素人目ながらでもわかる。

 雷志が知りたいのは、理由コンセプトだ。わざわざ世界観を壊してまで現代風の仕立て上げた理由が、雷志は気になって仕方がなかった。


「この娘達の運命の人……それはお客様自身なんです」

「え? つまり、この店に来た人をモチーフにしてる……?」

「そのとおりです。【夢幻の如き遊戯場】は誰しもが来れる場所にありながら、でも簡単にはたどり着けない場所にある……。この店にやってこれた、という方は運命の糸によって手繰り寄せられてきた資格ある者、ということになりますね」

「な、なるほど。なんや、迷い家みたいやな……」


(随分と作り込んである設定やなぁ……。まぁ嫌いやないけど。この人、創作がめっちゃ好きなんやろうな)


 作品には題名の他に、一冊の小さな冊子があった。

 その一つを雷志は手に取って中を拝見している。短編小説……よりも更に短い物語。俗に言うショートショートと呼ばれるものが、そこには記載されていた。

 雷志の目から見て、これは物語というよりも設定の方が近しい。もしくは、キャラストーリーというべきか。


(一見すると、しっかり作りこまれれて違和感がない。それに続きが気になりそうなんが多かった……作家もしとったら凄いな)


「ん……?」


 ふと、雷志の目にある作品が留まった。

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