公子、プレゼントを渡す

「さて、あんまり周囲の人に、セリムとの会話を聞かれるのは恥ずかしいわ」


 そう言ってナディアが指をパチンと弾くと、周囲の歓声が聞こえなくなった。


「遮音魔法をかけたわ。本題に入りましょうか」


 盗聴防止の妨害魔法をかけて、ここからは真面目な話だ。


「王国東部の<浄化>は完了した。次は、西に向かうつもりだ」


 シリアスな話だが、周りに見られているので、ニコニコと楽しそうな会話のふりをしながら話す。

 妨害魔法で口の動きも読めなくなるそうだ。なぜか俺たちの会話を聞きたがる熱心な女子が集まっていたから、気をつけないといけない。


「南の、サルミエント侯爵家は、セリムが浄化に行くのを断ったそうね。王国とは一触即発の状態」


 現在のサルミエント侯爵は、失脚した王都教会の大司教の兄だ。そして、息子のマルク・サルミエントは、魔人化して消滅させられた。

 王国はサルミエント家に責任をとらせたいが、サルミエントの領地は、教会を束ねる聖王国に隣接している。王国が強く出れば、サルミエント家は聖王国に寝返るだろう。

 世界中に信徒を持つ聖王国と戦争になれば、外交上の問題が大きくなり、泥沼になるかもしれない。


「王国としては、落としどころを探りたいけど、サルミエント家は強気でかたくな。そして、最悪なことに、もうすぐ王国内では、魔物の大発生が起こる」


 前世の俺が経験した事件は、ナディアにすでに話していた。

 1カ月ちょっと先の春休みの終わり頃に、辺境で魔物が大量発生し、人の領域に一斉に侵入してくる。この世界でしばしば起こる災害だ。魔物と悪魔で紛らわしいが、悪魔とは関係なく起こった自然災害である。

 実際、前世では、悪魔や魔人が出てくることもなく、各地の領主たちはこの魔物との戦いに勝利していた。

 今回も、他に何事もなければ対処できるだろう。

 だが、戦争になった後に魔物の大侵攻を受ければ、国が危ない。


「サルミエント家への武力制裁は待つように、母を通じて働きかけているわ」

「うちも、父に魔物の大発生の可能性を伝えて、国王を止めるように頼んでいる」


 戦争中に魔物の大発生が起こったら、ここぞとばかりに悪魔も攻めてくるだろう。

 しかし、戦争を起こさなくても、サルミエント家が存続していれば、魔物の発生後に何かしかけてくる危険は残る。


「教会があの状態だもの。関係のあったサルミエント家には、多くの魔人が潜んでいるでしょうね。電撃的にサルミエント領に侵入して、魔人だけを浄化してしまえればいいけれど」

「最速でサルミエント領の問題を解決できれば、それが一番だな。だが、俺たちは外様とざま貴族だ」


 王家がサルミエント家と戦争する分には大義名分が立つが、地方貴族が勝手に他領に攻め込めば、王家と敵対してしまう。

 戦争すれば王家主導となり、俺たちのコントロール不能な大問題が起きてしまうのだ。


 だが、悪魔は俺たちと違って、未来を知っているわけではない。敵は魔物の大発生の情報が届いてから動くことになるから、ワンテンポ遅れる。その間に、最速で魔物退治を終えてしまうつもりだ。


「そうね。まずは先に、春にある魔物の発生を乗り切りましょう。うちの領地が、一番危ないのよね」


 特に強い魔物が出るのが、王国の西、ルヴィエ家の領地あたりだ。


「そう。前世でレオが、王国直轄領の西、ルヴィエ家の領地に隣接するあたりで、大戦果を挙げていた。レオの規格外の強さがあって、被害が抑えられていた可能性がある。今回も、春休みにレオをそちらに向かわせるから、戦力に加えてくれ」

「ありがとう。セリムの、ベルクマン領は大丈夫なの?」

「……こっちも、けっこう大変。でも、何とかする」


 実は、前世の俺は、この魔物討伐戦で大活躍していた。俺の戦果が、領地の騎士や領民たちの命を守っていた。

 <求道者>の経験値が減るとか気にしている場合ではない。

 俺もやる。

 でも、<浄化>が使えなくなる恐れがあるから、レベル70以下にはなりたくない。今のうちに、戦闘で失う分の経験値を溜めておくつもりだ。



「……あら、遮音魔法を解除するわね。王太子のお出ましよ」


 再び、周囲の雑音が耳に入るようになった。

 カフェテリアに、ラファエラ王太子が入って来た。彼女は真っ直ぐに、俺たちの席の前まで来た。


「セリム公子、今日は女性からプレゼントを贈る日だそうだ。受け取ってくれ」


 王太子は俺に、贈り物を渡そうとする。婚約者がいる相手に贈るのは、マナー違反だ。


「王太子、セリムは私の婚約者です。贈り物はご遠慮ください」


 すぐにナディアが抗議した。


「王国は、2人の婚約を認めていない。セリム公子、私に恥をかかせる気か?」


 王太子に威圧される。プレッシャーがすごいけど、何とか首を横に振った。


「私はナディア一筋です。贈り物は受け取れません。代わりに、先日領地に戻っていた時のお土産を、王太子に受け取っていただきたいです。どうぞ、木彫りの人形です」


 王太子の手のひらに、小さな人形をちょこんと置いた。


「公爵領で作られている厄除け人形です。王都にも似たものがありますが、デザインが違って面白いでしょう。目がクリクリしているのが、我が領の特徴です」


 ラファエラ王太子は、人形を持って去っていった。

 無事に済んで良かった。


「セリム、私にお土産はないの?」

「もちろんある。ただ、大きいので、ルヴィエ家の邸宅に直接送っておいた。王太子に渡したものより、ずっと大きな木彫り人形だ。東方の土着の、鬼という霊的存在をかたどったものでな。玄関先に置くと、あらゆる不幸をはねのけてくれるらしいぞ」


 木彫り人形は、目がぎょろっとしていて、眉毛が太くて、見ているだけで楽しい。ニコニコしてしまう。


「……リーゼロッテ、次はセリムのプレゼントのセンスも磨いておいて」

「はい、ナディア様! 私、全力で公子のセンスの矯正に努めますわぁぁんっ!!」


 木彫り人形の素晴らしさが分からないとは、皆、まだまだだな。


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