公子、ルヴィエ領を訪問する

 春休みになった。

 俺はナディアと一緒に、ルヴィエ侯爵領に向かっていた。


「寒いでしょ。王都はだいぶん暖かくなっていたけど、こっちはまだ冬みたいで」


 馬車から見えるのは、まばらな草木。遠くに見える山々は、まだ白い。

 平らな草原から、目の前に見える山に向かって、馬車は進んでいった。

 ルヴィエ侯爵家の本城は、山岳地帯の入り口に建てられていた。


 ここに来るのは初めてだ。

 学園の3学期、王国中を浄化してまわったが、ルヴィエ領に浄化が必要な場所はなかった。

 今日来たのは、ナディアとの婚約を認めてもらった礼をするため。

 ルヴィエ侯爵が、後継者候補だったナディアと俺の結婚を認めてくれる交換条件が、侯爵領の怪我人の治療だった。

 侯爵領は魔物の活動が激しい地域で、魔物と戦って負傷する者が多い。自己治癒できない大きな傷を負った者を再生できれば、領地経営が大きく好転するそうだ。



 ルヴィエ侯爵家の領主城に到着した。

 入り口の門から城までずらりと、ルヴィエ家の騎士たちが並んでいる。

 壮観だ。

 そして、その一部からすごく強い視線を受けている気がした。


「あれが……」

「クソっ…、顔か、やっぱり、顔なのか……!?」

「姫が、あんな優男に……」


 背後でヒソヒソするな。聞こえているぞ。

 値踏みするような視線にさらされるのは、久しぶりだなぁ。最近の俺は、会う人会う人に拝まれていたから。でも、侯爵領では、<システム>キラキラ効果よりもナディアの人気が勝っているらしい。

 ナディアはすごいな。天性のカリスマを持っていると思う。



 到着してすぐに、領主との面会に臨んだ。

 石造りの城の謁見室には、これまたルヴィエ侯爵家の家臣がずらりと並んでいた。

 侯爵家の城は質実剛健って感じだが、いちいち人が多い。


「ナディア、よくぞ婿殿を連れて戻ってきた。ベルクマン公子、よく来てくれた」


 ルヴィエ侯爵家の現当主は、ナディアの母親だ。

 ナディアによく似たこげ茶の髪とみどりの瞳。この人も賢そうな雰囲気だ。


「お初にお目にかかります。ベルクマン公爵の長子、セリムです」

「おぉ。見た目のイメージと違って、渋い声をしている。そこは、ベルクマン公爵に似たのか。だが……、そうか。我が娘も意外と乙女というか、こういうタイプが好みだったとは……」


 俺の顔をしみじみと見ながら、侯爵が嘆息した。


「ちょっとお母様、私は別に、見た目でセリムを選んだわけではありませんわ。手紙に書いたでしょう。彼の力はすごいのよ」


 ナディアがちょっと顔を赤くして抗議する。


「ああ、分かっている。だが、聞いただけで信じられるものではない。公子の噂は、正直、凄すぎて現実味がない。失礼だが、この場で力を見せてもらいたいのだ」


 片腕を失った騎士が進み出てきた。

 見た目にハッキリと損傷の分かる者を、待機させていたようだ。この場で彼を治療すれば、力の証明になる。

 俺は彼の傍に寄り、<再生治療>を使った。


《 大怪我の再生治療をしました 経験値が上がります 経験値が+1000されました 》

《 現在のレベル:84 現在の経験値:8100/8500 》


「すごい!」

「あっという間に……」

「奇跡だ」


 ルヴィエ家の家臣たちがざわついている。

 ナディアは「どうだ」とばかりに得意げだ。可愛い。


「見事だ。そして、私の騎士を治してくれたこと、感謝する。ちなみに、これは1日に何人くらい診られるんだ?」

「今と同じくらいの損傷なら、後2回で、ほぼ魔力が尽きます」

「そうか。こちらに滞在中、ずっと治療を続けてもらうことになっても、構わないか?」

「構いません。魔力以外に、消費するものはないので」


 むしろ、沢山の患者を連れてきてくれるほうが有り難いな。レベル上げになるし。


「ありがとう。公子が自由に行動できるように、我々も全力で協力する。長旅で疲れただろう。くつろいでいってくれ」



 翌日から、侯爵家の関係者を治療していった。


《 大怪我の再生治療をしました 経験値が上がります 経験値が+1000されました 》

《 大怪我の再生治療をしました 経験値が上がります 経験値が+1000されました 》

…………

……


「<森林浴>」


《 大怪我の再生治療をしました 経験値が上がります 経験値が+1000されました 》

《 現在のレベル:86 現在の経験値:7900/8700 》


 どんどん怪我人を治したので、レベルの上がりがはやい。

 たくさん診られるように<森林浴>を使いっぱなしにするほどだった。




 ルヴィエ侯爵家への滞在は、10日程度を予定していた。

 春休みの終わりに起こるはずの魔物の大発生で、俺はベルクマン領を守らなければならない。ナディアとの婚約の礼に来たが、長居はできなかった。一緒に来たレオは置いて帰る。最も被害が大きくなると予想される王国西部を、レオにカバーしてもらうためだ。

 滞在残り3日というところで、ルヴィエ侯爵に呼び出された。


「公子のお蔭で、領地の多くの者が再び力と自信を取り戻せたこと、領主として感謝する。公子が去られる前、最後に、どうしても治療に行ってもらいたいところがある。ドワーフの里だ」

「ドワーフ!」


 ドワーフは鍛冶を得意とし、鉱山に住む種族だ。決して山を下りないのは、誓約があるからだと言われている。

 この世界では、誓約を守ることで、特別な力を得る場合がある。ドワーフはそれで、鍛冶の能力を得た。ドワーフの作る武器は格別だ。領地にドワーフを抱えているのは、農地の少ないルヴィエ侯爵領にとって、貴重な収入源の1つだった。


「東の生まれの公子は、見たこともないであろうな。山から下りてこない種族だ。すまんが、こちらから出向くしかない」

「分かりました」


 ドワーフとの交易は、ルヴィエ侯爵家の大事な資金源。他領の者を直に接触させるなんて、まずないことだ。どんな種族なんだろう。

 俺はわくわくしながら侯爵の前を辞して、明日を待った。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る