公子、敵と対面する

 停まった馬車から外に出ると、マルク・サルミエントが立っていた。


「……王太子の婚約者に、俺が選ばれたことが引き金か」


 マルクはサルミエント侯爵の三男で、侯爵位を継げる可能性がほぼ無く、王太子の婿になることを望んでいた。

 それを、以前から嫌っていた俺に横取りされた。


 今の俺の魔力残量で、マルクとその周りの十数人を相手取るのは、不可能だっただろう。

 だが、マルクの魔力は、人間にしては多くなりすぎていた。<神眼>を使うまでもなかった。


 マルクは、前世の俺と同じような精神状態になって、悪魔につけ込まれたのだろう。


「別れの挨拶に、顔を見ておこうと思いました。セリム公子には、聖王国へ行ってもらいます。治癒術士は、教会にいるべきですから」


 魔人化する前と変わらない口調で、マルクが話しかけてきた。前世の俺は魔人になってすぐに暴れ出したが、闇魔力を使わなければ、しばらく人間に偽装していることもできる。

 もしかすると、以前から教会にはそんな魔人が潜んでいたのかもしれない。


「俺を教会に監禁しても、言う通りに治癒能力を使うとは限らないぞ?」

「そこは大丈夫です。教育しなおしますので」

「教育? 闇魔法で洗脳でもするのか?」

「魔法での洗脳は、あまり長く持たないんですよ。闇属性の本質は、停滞と不活性。貴方の記憶と意志の一部を不活性化して、教会の教義を教え込みます。そうすれば、貴方は立派な信徒となってくれるでしょう」

「そう、うまくいくと思うか?」

「セリム公子はお強いです。認めないといけない。だから、貴方の魔力が回復して暴れられると困るんです。その前に、都合の悪い意識を潰しておきましょう」


 マルクの手から闇の魔力が放たれ、俺にまとわりつく。

 しかし、それはすぐに<浄化>された。


「全員、闇属性を帯びていて、助かったよ。<聖鎖結界>!」


 マルクと周囲の十数名を<聖鎖結界>で拘束した。


「ぐわぁぁぁあっ!!!!」


 魔人となったマルクと普通に戦っていたら、俺は全力でも勝てなかっただろう。

 聖属性は、悪魔に対して絶対的な性能を持っている。特に<聖鎖結界>はMPの消費も少なく、<森林浴>で補給する分で、ずっと維持していられた。


「……こんなに、あっさりと……」


 驚くカティアは怪我の傷が痛々しく、息が切れていて苦しそうだ。


「拘束するので限界だけどな。あまり魔力は戻っていないんだ」

「では、魔力切れになる前に、すぐに奴らにとどめを刺しましょうか?」

「……いや。結界の維持だけなら続けられる。カティア、レオはどの辺まで来ている?」


 カティアが感知魔法で周辺を探る。


「……そうかからず、ここまで来られそうです」

「なら待とう」


 <聖鎖結界>の維持だけなら今のMPでできるが、魔人の<浄化>には、魔力が足りなかった。カティアもボロボロの状態で、下手な攻撃は危険だ。レオを待った方がいい。


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