公子、困っている友達の話を聞く

 夏休みが近づいてきた。

 放課後、ルヴィエ派のサロンに向かう。

 中では、ナディアたちが集まって、深刻そうに話をしていた。


「セリム、いらっしゃい。……ちょっと、大変なことになっているわ」


 部屋の主であるナディアが俺を迎え入れて、席を勧めてくれた。

 テーブルには、可愛らしいチョコレートや焼き菓子が置かれていた。しかし、女の子の集まりにしては、今日は空気が重い。


「パメラの表情が暗かったから、気になって来た。何かあったか?」


 パメラ・サティ伯爵令嬢。ナディアといつも一緒にいる女子生徒だ。学園の対抗戦でチームを組んだ時、彼女とも仲間になった。


「ちょっと早いけど、夏季休暇を前倒しして、領地に戻ることになったの。母が、魔物にやられて、大怪我したって」


 パメラの実家、サティ伯爵領で、深刻な魔物被害が出た。

 それで、皆で集まって話していたようだ。


「うちは、父より私の方が強いの。だから、私が戻って、母のかたきを討つ」


 伯爵婦人を襲った魔物は、まだ退治できていなかった。討伐軍は命からがら撤退した。再び討伐に向かうときは、パメラが陣頭に立つつもりだ。


「でも、パメラ、あの叔母様が勝てなかった魔物よ。危険だわ。行くにしても、援軍を連れて行きなさい。ルヴィエ家から、いくらでも貸すわ。私も一緒に行く!」


 ナディアは、パメラが単独で討伐に出ることに反対していた。


 怪我をしたパメラの母親は、ルヴィエ侯爵の妹だった。

 ナディアとパメラは従姉妹にあたる。

 パメラが生まれる前、サティ伯爵家は、魔物の大発生で多くの一族を失い、危機に陥った。その時、ルヴィエ侯爵家から戦力となる婦人を迎え、立て直した。以来、サティ家は、ルヴィエ侯爵家の影響を強く受けるようになった。


「魔物は、私が討ち取らなきゃだめなの。ナディアのことも、ルヴィエ侯爵のことも大好きだけど。一族や家臣のために、サティ家の独立を手放すわけにはいかないから」


 伯爵以上の貴族の条件は、独力で領地を守れること。

 外様貴族が与えられる領地は、ほとんどが、辺境と呼ばれる魔物の領域に接している。魔物から領民を守り、領地を発展させていくのが貴族の勤め。それが出来ない領地には、王家から、新たな貴族家が派遣されてくる。

 サティ伯爵家が独立を保つには、自分たちだけで、何としても発生した魔物を倒さなければならない。


「ナディアを連れて行きにくいなら、俺はどうだ? 俺には治癒能力がある。伯爵婦人の回復にも、役立てるかもしれない」

「セリム……。でも、公爵家の力を借りたら、ルヴィエ家に角が立つじゃない」

「公爵家は関係ない。友だちを助けるために、お忍びで行く。平民のフリをするのは、得意なんだ」


 領地じゃアマンダのもとで、便利屋みたいなことをしてたからな。


「そうね。……セリムは今も、王都で平民の病気を治しているみたいだし、平民の真似は上手そうよね」


 ナディアはしっかり俺の行動を調査していたようだ。


「でも……」


 パメラは戸惑っている。


「パメラ、叔母様が大怪我をしたような魔物と戦うのよ。かなり危険だわ。貴方が死ぬようなことがあったら、それこそ、伯爵家は立ち行かなくなってしまう。セリムの考えは突拍子もないけど、彼の好意に甘えなさい。命がかかっているのよ」


 ナディアの説得に、パメラは頷いた。


「ありがとう、セリム。迷惑かけてごめんね。お手伝い、お願いします」


 パメラが俺に向かって頭を下げた。


「ああ。任せておけ!」


 前世の記憶によると、この事件で、領地に帰ったパメラは死ぬ。それを防げるだけの戦力を整えて、彼女を助けよう。




 ルヴィエ派のサロンを出て、鍛錬場に向かった。

 ベルクマン家の者たちと一緒に、レオが訓練していた。


「レオ、頼みがある」

「頼み? 大貴族の公子が、平民の俺に何を頼むんだ?」

「友だちの家に、魔物退治に行きたい。でも、相手の体面があるから、平民のフリをするんだ。それで、もともと平民のお前に来てほしい。リアリティが出るだろ」

「そういうことか。分かった。公子には世話になっている。どこへでも行こう」


 未来の勇者レオを連れて行く。これで、どんな魔物が出ても、勝率が高くなった。


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