公子、無断外泊する

 翌日、明け方になると、ローラの呼吸は安定し、水枕も必要なくなった。

 結局、一睡いっすいもできなかった。

 鎧戸よろいどの隙間からもれだした光に気付いて、家の主が窓を開ける。

 流れこんできた光は、病人のベッドから闇を拭い去った。


「……ローラ、起きたのか?」

「ええ、私……」


 彼女は起き上がり、ゆっくりとベッドから抜け出た。


「みなさん、看病してくださっていたんですね。ごめんなさい。お腹が空いたでしょう? 何か作らなきゃ」


 部屋を出ようとした彼女は、何もないところでつまずきかける。


「ローラ! 大丈夫か。まだ治ってないのか!?」


 男が怒鳴った。


「違うの。ずっと寝ていて、急に歩いたから。でも、気分はすごく良いの」

「それじゃあ……」


《 病気を完治させました 経験値が上がります 経験値が+1000されました 》

《 現在のレベル:20 現在の経験値:1300/2100 》


「完治したようだな」


 周りを見ると、皆、涙ぐんでいた。いや、アマンダだけは泣いてないな。眠気で不機嫌そうだ。


「これで治療は終わりだ。家に帰るぞ」


 無断外泊して、城がどうなっているか心配だ。俺は公爵家の箱入り息子だから。


「待ってくれ、兄さん。疑って悪かった。ローラを治療してくれて、ありがとう」


 男はその場で土下座して、何度も床に頭を打ち付けた。慌てて妻も一緒に礼をする。


「俺に礼が出来るか分からないが、いつか教会に頼もうと貯めていた金があるんだ。貰ってくれ」


 彼が引き出しから金を取り出そうとするのを、俺は止めた。


「要らない。金なら十分持っている」

「そ…そうか。そういや、兄さんの見た目は、貴族様みたいだしな。それじゃあ、何でも困ったことがあったら言ってくれ。俺に出来ることなら何でもする!」

「分かった。必要になったら頼む」


 それだけ言って、俺は家を出た。

 生まれて初めて無断外泊してしまった。急いで帰ろう。




 城に戻ると、玄関前に鬼がいた。鬼熊だ。


「貴様、一体今まで、どこで何をしていた!?」


 鬼熊親父は、既に剣を抜いていた。


「あ、えっと、人助けを……」


 ダメだ、徹夜したせいで頭が回らない。どうしよう。


「ふざけるな!!」


 父親が切りかかってきた。ちょっと待て。今の俺のMP……


《 MP: 413 / 7887 治癒スキル熟練: 1251 》


 まずい、魔力がほぼ無い。

 魔力を枯渇させても、身体が損傷することはない。ただ、その場で気絶する。

 魔力を使って戦闘している時にいきなり気絶したら殺されてしまうから、魔力は絶対に使い切らないように訓練されている。

 しかし、この状況で、怒りの父を魔力無しでどうやって防げというんだ。


 俺は必死で、父の剣を避けようとするが、父の剣技は俺より遥かに上だ。剣の師であるカティアに、もっと剣技を実戦で使うように言われていたが、言いつけを守っておけば良かった。全く対応できない。結界を使うしかない。

 結界で父の攻撃を受ける、受ける、受ける……

 すると意識が朦朧もうろうとしてきて、俺の視界は暗転した。


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