公子、自動スキルの恐ろしさを知る

 最後の患者は若い女で、彼女の夫に連れられて、家に招かれた。

 はじめは、集会のメンバー皆で喫茶店を出たが、訪問した順に解散していったので、ここまで来たのは俺とアマンダ、ヨハンだけだった。


 まず、他の病人と同じように、<体力支援>をかける。


《 病人の体力を支援しました 経験値が上がります 経験値が+100されました 》

《 現在のレベル:20 現在の経験値:300/2100 》


「……嘘のように元気が出ました。ありがとうございます。あなた、お客様に何もおもてなししないのは悪いわ。動けそうだし、お茶でも淹れようかしら」


 病人の女はとこから出て立ち上がろうとした。しかし、


「ゴホッゴホッ……」

「無理をするな。体力は戻ったが、治ったわけではない」


 彼女の夫が、病人をベッドに押し返した。


 俺は、自分の<ステータス>を確認した。


《 MP: 5103 / 7887 治癒スキル熟練: 854 》


 まだ魔力に余裕がある。これなら、新しい<スキル>を試しても大丈夫だろう。


「提案があるんだが。病気を一気に治す方法がある。ただ、<体調が急速に変化し、体力を消耗>するらしいから、治療中苦しいかもしれない」


 そう言うと、夫婦は驚いた顔で俺を見た。


「そんなこともできるのかい? ゾフィのときは言ってなかったけど……」


 ヨハンが戸惑いがちに聞いてくる。


「たくさん<スキル>を使ったから覚えた。まだ誰にも試していないから、実験台が欲しい」


 夫婦は顔を見合わせた。

 いきなり知らない奴に押しかけられて、苦しいかもしれない治療を試すと言われたら、面食らうのが当然だな。早まった。もうちょっと信頼関係を築いてから提案すべきだった。


「悪い。急すぎた。明日も<体力支援>をかけに来る。気が向いたら言ってくれ」


 引き下がって家を出ようとすると、呼び止められた。


「治せるなら、早く治りたいです。夫に迷惑をかけていたくありません」

「ローラ、気にするな! ゆっくり治せばいいじゃないか」

「いいえ、平気よ。病気はもともと苦しいものですから、苦しさが増えても、大丈夫です」


 病人ががんとして主張するので、夫も折れた。


「では、やってみる」


《 治癒可能な病気です 免疫操作を使いますか? はい/いいえ 》


 <はい>を選ぶ。

 しばらくして、病人の呼吸が荒くなり、顔が赤くなった。


《 免疫反応によって体力が消耗、体内の一部が損傷しています 体力支援、簡易治療を併用します 患者から10メートル以上離れないでください 》


 アマンダが病人のひたいに手を当てた。


「すごい熱だね。冷やすよ」


 俺も触ってみた。人間の体温じゃないみたいに熱い。

 アマンダは勝手に人の家からタオルと水枕を見つけ出して、病人のために準備した。

 俺はアマンダに渡された濡れタオルと水枕を氷魔法でさらに冷やし、患者に当てた。


「おい、大丈夫なんだろうな」


 患者の夫が俺に詰め寄る。


「……治療は進んでいる」


 男は鋭く俺を睨みつけた。

 ベッドで眠る女性はとても苦しそうだ。


「クソッ……」


 今もどんどんMPが減っている。<治癒スキル>は完全に<システム>任せで、自分の魔力を消費されているのに、俺には何をやっているのかさっぱり分からない。そんな意味不明なものを病人に試したんだ。俺が責められるのは当然だ。

 俺は祈るようにして、病人の傍に居るしかなかった。



 夜になった。こっそり城を抜け出しているのが、城の者にバレただろう。だが、治療のためには、患者の傍から離れられない。

 アマンダもヨハンも残ってくれていた。皆黙ったままだ。病人の夫の男は、ずっと俺のことをにらんでいる。

 MPは絶えず減り続けていた。患者は今も苦しんでいて、頻繁に水枕を冷やしなおした。彼女が治るまで俺の魔力が持つのか心配になってきた。こんな辛い気持ちになるのは、悪魔に囚われていた時以来だ。

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