公子、コーヒーの淹れ方が気に入らない

 翌日、人気のない街の路地を1人で歩いていると、黒ずくめの大人たちに囲まれた。

 昨日の今日だし、正体丸分かりなんだが……。


「教会関係者か」

「……大人しくついてきてもらおう」


 こいつらは、正体を隠しているつもりなんだよな。だったら、こちらの身分がバレても、言いふらせないな。


「氷壁!」

「……何、ベルクマン結界だと!?」


 ベルクマン結界は、ベルクマン公爵家の証だ。


「お前たち、誰の命令で動いているのかは知らないが、俺に何かして、そいつは責任をとれるのか?」

「隊長、まずいです。あの顔、見たことがあります」

「くそっ……」


 黒ずくめの奴らは無事に退散した。

 戦闘になったら、<求道者>の経験値を減らされないか心配だ。あっさり逃げてくれて助かった。


「ふう。教会の奴らは、治癒魔法使いを何がなんでも、自分たちのもとに置きたがるようだな」


 困ったものだ。


 気を取り直して、目的の子どもたちのところへ向かった。


《 子どもの怪我を治療しました 経験値が上がります 経験値が+100されました 》

《 現在のレベル:9 現在の経験値:730/1000 》


《 デイリークエスト<一日一善>を達成しました 》

《 <祈り><一日一善>がともに達成されました クエスト報酬で経験値が上がります 》

《 経験値が+500されました 》

《 新着メッセージがあります 》

《 新しいスキルを獲得しました 》

《 現在のレベル:10 現在の経験値:230/1100 》


 レベル10になった。新しく<スキル>を覚えたようだ。


《 メッセージ:未読1件 》

《  体力支援スキルを獲得しました New! 》

《   体力支援スキルは、病気などで弱った相手の体力を持ち直させることができます。病気の原因を取り除くことはできないので、注意してください 》


《 スキル 》

《  治癒 》

《   簡易治療…小さな切り傷やすり傷を治す 》

《   体力支援…闘病中の相手に体力の支援をする 》


 病人をサポートするスキルか。しかし、完治させることはできない。

 とりあえず、使って試してみたいな。

 アマンダに、誰か病人を知らないか尋ねてみよう。




「アマンダ、病気で寝込んでいる者を知らないか?」

「治せるのかい!?」


 アマンダの家を訪ねて聞くと、即座に問い返された。心当たりがあるようだ。


「治せない。だが、体力を持ち直させることができるらしい」

「何だいそれは。まあ、多少でも良くなるならいいのかね。ついてきな」



 連れて来られたのは、以前に魔道具を直した喫茶店だった。老人が集まって、カラオケというのをやるところだ。


「ヨハン爺、いるかい?」

「おや、アマンダ婆さん。それと、君はうちの魔道具を直してくれた子だったね」


 この喫茶店の店主の名前は、ヨハンというようだ。


「孫娘はいるね。上がらせてもらうよ」

「ちょっと、アマンダさん。ゾフィはここ数日特に調子が悪くて寝込んでいるんだ。そっとしておいてくれよ」


 慌てて店主が止めるが、アマンダは気にせず店の奥、店主の生活スペースに入っていった。


「ゾフィ、入るよ」


 奥の部屋のベッドで、1人の若い女性が寝込んでいた。


「あら、アマンダさん。見舞いに来てくれたの? ごめんなさいね、今日は身体を起こすのもしんどくて」


 青白い顔の、やつれた女だった。これは、体力の支援が要りそうだ。


《 体力の回復が可能です 支援しますか? はい/いいえ 》


 <スキル>を使うと、病人の顔色がみるみる良くなった。


「あら?」


 不思議そうにして、彼女は上体を起こした。


「どうしたのかしら、急に元気が……」

「治したのか?」


 様子を見ていたアマンダに聞かれる。


「治す? 治せるのかい!?」


 驚いたヨハンが話に入ってきた。


「いや、<体力支援>だ。一時的に持ち直した」

「そうか……」


 ヨハンをがっかりさせてしまった。だが、


「すごく気分が良くなったわ。ありがとう」


 病人には礼を言われた。


《 病人の体力を支援しました 経験値が上がります 経験値が+100されました 》

《 現在のレベル:10 現在の経験値:330/1100 》


「ありがとうね、兄さん。良かったら少し話せないか? コーヒーをおごるよ」



 ヨハンは店の入り口の看板をcloseにして、カウンターに俺とアマンダを座らせた。目の前にコーヒーを置かれる。


「……熱っ」


 舌を火傷しそうになった。コーヒーって、こんな煮立った湯でれるっけ? きっと平民流なんだろう。


「うちの孫娘、ゾフィって言うんだけど、ゲレルナ病なんだ」


 ゲレルナ病。感染症の一種だ。別名、弱者病。

 身体強化が使える者や、免疫力の高い者は、自前の抵抗力で治癒してしまう。ただ、感染して発症すると、数年かけて少しずつ衰弱し、死に至る。


「可哀そうな子なんだ。病気になって、嫁ぎ先を追い出され、こんな爺以外に頼る者がいない。兄さんの魔法で、少しでも孫が楽になるなら、治療を続けてほしい。診療代は、大して出せないが、店を売れば、少しは金になる」

「馬鹿言ってんじゃないよ!」


 間髪かんぱつ入れず、アマンダが反対した。


「この店がなくなったら、儂らの楽しみがなくなるじゃろっ」


 アマンダにとって、カラオケは重要だ。


「金は要らん。治療で経験が積めればいい」


 経験値も貰えるしな。


「……兄さん、ありがとう。恩に着る」


 こうして、ヨハンの店に毎日治療に行くことが決まった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る